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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第四章  吠 人(ほえびと) 篇   第五節 「狩りこそ我が悦び」
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第三百四十八話  固 守 (こしゅ)

 カナンの見せる華麗な槍さばきに息をのむエデンだったが、突如として名を呼ばれたことで、一気に現実に引き戻される。


「エデンさんっ!!」


「……え?」


 慌てて傍らを見やったエデンの目に映ったのは、異種の群れを圧倒するカナンたちとは反対側の方向を見据えるシオンの姿だった。

 彼女は矢筒から一本の矢を抜き取り、素早くそれを弦に番える。


「あ——あれは……」


 その狙いの先に視線を送ったエデンが捉えたのは、大地を蹴って迫りくる一匹の異異種だった。

 カナンたちの討ち取ったどの個体よりも大きな体躯を有するそれを前にし、エデンは言葉を失って立ち尽くす。


 シオンの射た矢は走り寄るそれを寸分の狂いもなく捉えたかに見えたが、異種は走りながら素早く身をかわす。

 続く二射目も左右に身を振る異種を捉えることはできない。


「シ、シオン……!!」


 その背に向かって呼び掛けるエデンだったが、彼女は集中を乱すことなく三射目を射んと弦を引き絞っていた。


 改めて腰の剣の柄に手を伸ばそうとしたところで、エデンは後方から放たれたカナンの声を聞く。

 

「今行く!! 持ちこたえてくれ——!!」


 背後を振り向けば、新たな異種の接近に気付いた彼女が自身らのほうに向かって駆け出すところが目に入る。

 アルヴィンとルスラーンが残った異種の相手を二人で担い、ジェスールは手にした両刃の斧を渾身の力をもって投擲する。

 ジェスールの放った斧はうなりを上げて飛ぶが、異種はシオンの放った三本目の矢ともども難なくかわされてしまう。

 全速力で駆けるカナンだったが、エデンには彼女の手にした槍がその外皮を貫くよりも、異種が自身とシオンに肉薄するほうがわずかばかり早いように感じられた。


 間近に迫る異種を前にしてなお、シオンは努めて冷静に矢筒に手を伸ばす。

 引き付ければ引き付けるほど狙いが正確になるであろうことはわかっていたが、エデンにはシオンがそれ以上異種の面前に身をさらし続けるところを見ていることはできなかった。


「シオン!!」


 恐怖に震いおののく身体を叱咤し、鞘から剣を抜き放ちながら一歩を踏み出す。

 四射目を引き絞るシオンを背にかばうようにして、エデンは迫る異種に向かって剣の刃先を突き出した。


「エ、エデンさん!?」


 切先の定まらぬ刃を突き出すエデンを目にし、シオンは動揺の声を漏らしていた。


 迫りくるそれを剣のひと振りでどうにかできるなどとは思っていない。

 体重の乗った異種の突進を受ければ、自身だけでなくシオンもまた無事では済まないことは明白だ。

 しかし故郷と大切な人の元を離れて自身の旅に同行してくれた彼女を、矢面に立たせたまま陰に隠れていることなどできようはずもない。


 蹄人の村で一人先走って異種に挑んだときと状況は似ているが、確実に違うことがある。

 それはこの窮地を救ってくれる者などどこにもいないということだ。

 アルヴィンは矢を射尽くし、ルスラーンとジェスールは残った異種の掃討に当たっている。

 懸命に駆けるカナンも、あと一歩のところで間に合いそうにはない。


 少女を探し求める旅の終わりを覚悟しかけたエデンが目にしたのは、襲い来る異種の身体がぐらりと揺らぐところだった。



「え——」


 がくぜんとして呟きが漏れたのは、そこにこの場にいるはずのない人物の姿を捉えたからだ。


「——ど、どうして……」


 猛烈な勢いで走り寄る異種の側面に全身全霊を込めた飛び蹴りを浴びせたのは、カナンが集落に残してきたはずのユクセルだった。


「痛ってえなあ、おい……!!」


 轟音を立てて横倒しに倒れ込んだ異種が、辺りの草木を巻き込みながら滑るように大地をえぐる。

 自らもまた地面に転がった状態から起き上がりつつ、ユクセルは異種を蹴り付けた足の裏に息を吹き掛けるようなしぐさをしてみせた。


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