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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第四章  吠 人(ほえびと) 篇   第五節 「狩りこそ我が悦び」
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第三百四十七話  槍 攘 (そうじょう)

 見せ場を譲りでもするかのように退いたルスラーンに代わり、泰然と前方へ進み出たのはカナンだった。

 ジェスールとルスラーンによって切り開かれた道を、彼女は一群を率いているであろう大型の異種の元に向かって歩む。


 彼女の進む道の左右では引き続きアルヴィンが牽制の矢を放ち続けており、ジェスールとルスラーンの二人も他の異種を各個撃破せんとおのおのの得物を振るい続けている。


 脇見もせず一直線に異種に向かって進んだカナンは、その正面に立ってようやく手にした槍を構えた。

 力任せに振るわれる前肢を後方に飛びのいてかわすと、瀬踏みとばかりに片手で刺突の一撃を放つ。

 硬質な外皮は槍先をたやすくはじき返したが、カナンは構うことなく二度目、三度目の突きを続けて繰り出していく。


「▁▂▁▂▃▆▂▁▂▆」


 三度目の突きがルスラーンによって切り裂かれた外皮の隙間をうがち、異種は大きく身をのけ反らせるようにして金切り音を発する。

 瞬時に槍を引き戻したカナンが両の手で握った槍を腰だめの構えから勢いよく突き出せば、槍先は狙いを違うことなく異種の胴部——切り裂かれた外皮の中央を貫き通した。


「す——すごい……」


 カナンの見せた槍さばきのさえに、エデンの口からは感嘆の声を漏れ出ていた。

 その段になって剣の柄を握り締め続けていたことに気付いたエデンは、もはや剣を抜く必要などないのかもしれないと考えていた。


 胴部に槍を突き立てられながらも、異種は抵抗を続ける。

 自らの身を貫く槍の柄をさかのぼる形で迫る異種からひと息に槍を抜き放つと、カナンはその柄を握ったまま片手で後方転回して距離を取った。

 距離を詰めんとする異種に正面から向き合った彼女は、勢いを付けるように頭上で振り回した槍の石突きをもってその頭部を横なぎに払い、続けて右手で後方に深く引き絞った槍を左手を支えに突き上げる。

 上昇の軌道を描いて打ち上げられた槍先は異種の頭部を顎下から貫き、頭頂部へと貫通する。


「▇█▄▂▇▄▂▁▂」


 動きを止めた異種を槍を突き上げた姿勢のまま見上げていたカナンだったが、やがてそれが力を失って崩れ落ちるところを見て取るや、素早く身を翻して下敷きになることを回避した。


「——頭は取った!! 残りは物の数にも足らぬ小物だけだ!! 一匹も逃すな、残らず討ち取れ!!」


 カナンの上げる喊声に「おう!!」「了解!!」「承知」とジェスールら三人も雄たけびにも似た声をもって応じる。


 槍を手に新たな標的に向かうカナンを援護するようにアルヴィンが弓を引く。

 射られた矢は彼女に食い付かんとする異種の口腔に寸分の狂いなく吸い込まれ、続いて繰り出されたカナンの槍によって貫かれる。

 ジェスールは変わらずその剛腕にふさわしい両刃斧で異種をねじ伏せ、ルスラーンの振るう刃は一匹一匹を確実に葬っていた。

 思うままに己が得物を振るい、時に背中を預けて戦う四人を前にし、エデンはそれこそが吠人の狩人たちの戦いであると実感させられる。


 ジェスールがその巨躯を皆の盾にして立ちはだかれば、死角に——異種に視覚があるのかどうかはわからないが、回り込んだルスラーンがその認識の外から一閃を放つ。

 後方から次々と射掛けられる矢に誰一人恐れを抱く様子もないのは、アルヴィンが決して誤射などしないことを信じて疑わないからだろう。


 四人が無双の戦士であることに疑いの余地はなかったが、それでも相手は人を襲う恐るべき怪物だ。

 先陣を切って群れの中に飛び込んだジェスールは、身体のあちらこちらに傷を負っている。

 素早い身のこなしで異種の攻撃をかわし続けていたように見えたルスラーンも、その肩口からは多量の流血がうかがえた。

 さすがのアルヴィンにも疲労が見え始め、射撃の間隙を突かれて異種の接近を許した彼はその身に異種の牙痕を刻み込まれる結果となった。


 そんな中にあって一人無傷のまま槍を振るい続けているのがカナンだった。

 舞踏を思わせる足さばきで異種の攻めをかわしつつ、次々と鋭い刺突を見舞っていく。

 エデンは風に踊る裾から見え隠れするその肌を目にし、彼女が自身と同じ——インボルクの言うところの「間人」であることを改めて思い知る。

 衣服の袖から伸びる手や、筒衣の切れ込みからのぞく手足は戦士として徹底的に鍛え抜かれているように見えるが、それはあくまで自身や共に旅をしている少女たちと同じ間人としての話だ。


 肉体の頑健さでいえば、彼女が肩を並べて戦っている吠人たちと比ぶべくもない。

 素早さと身のこなしで異種を翻弄してはいるものの、吠人を含む他の獣人ししびとたちのような被毛のない薄い皮膚では、どれだけ鍛え上げても異種の攻撃を一度として防ぎ切れないのではないだろうか。

 そんな不安を抱きつつカナンが槍を振るう様に見入っていたエデンは、抱いた悪い予感が形を取って現れる瞬間を目に留める。


 彼女の背に口腔を開け放った一匹の異種が飛び掛かったのだ。

 カナン本人はその状況を知ってか知らずか、目の前の別の一匹を攻め続けている。

 少女たち二人もその状況に気付いたのか、シオンは弦に矢を番え、マグメルも手にした短剣を投擲すべく振りかぶっていた。



「危ない!! カナン、後ろ!!」



 その名を叫んで駆け出そうとしたエデンだったが、それよりも一足先に動いたのは別の人物だった。

 カナンの背に向かって跳躍する異種の前に身を躍らせたのは、手持ちの矢を全て射尽くしたアルヴィンだ。

 その口腔に自らの腕をこじ入れる形で異種の身体を受け止めたかと思うと、そのまま勢いに負けて転倒する。

 アルヴィンは彼に似合わぬ荒々しい声を上げ、伸しかかるその身体を蹴り飛ばす。   

 血の滴る腕を握りながら異種を見下ろすと、彼は吐き捨てるように言った。


「誰に断ってお姫さまに触れる気なのかな……!!」


 皮肉な口調で呟くアルヴィンに一瞥を投げはするものの、カナンは意に介することなく目の前の異種に向かって槍を繰り出し続けている。

 当のアルヴィンも特に何かを求める様子もなく、腰に差した小剣を抜き放つ。

 先ほど蹴り飛ばした異種はすでジェスールの斧によってとどめをさされていたため、彼は次の標的に定めたであろう別の一匹に斬り掛かっていた。


 その間にも狙い澄ましたように繰り出されるカナンの槍は次々と異種を貫き、物言わぬ骸へと変えていた。

 俊敏な動きで戦場を駆ける彼女は、卓越した運動性を発揮する吠人たちに全く引けを取っていない。

 それどころか素早い動きを見せる草原の異種を相手にするには、カナンの小柄な体躯を生かす小回りを効かせた立ち回りのほうが有効であるかのようにエデンには思えた。


 そう考えれば、ジェスールらもそのことを理解しているように見えてくる。

 自らはあくまで補助に回り、カナンもまた己の身が獣人たちに比べてはるかにもろいことを理解した上で攻めに徹している。

 ただ背中を預け合うだけではない。

 得手と不得手を完全に理解した上で、互いに互いの長所を生かし合う戦い方こそが吠人の強さなのだと、エデンは改めて胸を揺さぶられていた。


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