第三百四十五話 出 猟 (しゅつりょう)
自身を見詰めるシオンに頼りないうなずきを返し、「行こ!」と手を取るマグメルに引かれるままにエデンは歩き出す。
カナンに追いついたところで目と耳に飛び込んできたのは、彼女に対して噛み付かんばかりの剣幕で声を荒らげるユクセルの姿と声だった。
「ふざけたこと言ってんじゃねえ! 何で俺だけのけ者にすんだよ、納得いかねえぞ、おい!!」
「ふざけてなどいるものか。何度も言わせるな、ユクセル。お前はここに残れ」
語気荒く詰め寄る彼に対し、カナンは聞く耳持たぬといった様子で言い放つ。
「俺だけ居残りなんて絶対に認めねえ! 俺もお前——らと一緒に戦うんだ!!」
食い下がるユクセルだったが、カナンはあきれたようなため息を一つついてその名を呼んだ。
「——ユクセル。彼らの依頼を退けたのは私だが、私以上に拒絶を示してみせたのは誰だったか。言うだけ言って自分に都合の悪いことは全て忘れてしまったのか?」
「あ、あれは……あんときとは状況が——」
細く長い鼻口部をさらに尖らせて言い訳がましく言うユクセルの、その言葉じりを捉えるようにしてカナンは言う。
「状況が何だ。状況次第で右顧左眄するのがお前のやり方か」
「ち、違……」
切り捨てるような彼女の言葉に、ユクセルは押し黙ってしまう。
「それにこれはエデンの——」
カナンはそう言って事情を見守るエデンを一瞥したのち、落胆するユクセルを見上げて続けた。
「——彼らの戦いだ。私はただ力を貸すだけ。そこにあのような醜態をさらしたお前の出る幕はない。それがわかったなら、長の名代である私の指示に従ってここに残れ。残って皆を守る役目を全うしろと言っているんだ」
諭すように言うカナンの言葉を歯をきしませて聞いていたユクセルだったが、再び彼女に向かって意を訴える。
「だからそれだ! それが気に食わねえって言ってんだって!! あんな奴より俺の方が何倍も何十倍も強え! 俺の方が役に立つ! ……だからっ!!」
「知っている」
「ってことは……!!」
言い立てるユクセルの言葉を受け止めてカナンが小さくうなずくと、彼は一気に顔を明るくさせる。
だがカナンは先手を取るようにその鼻先に人さし指を突き付けた。
「強いお前がここに残ってくれたら私も安心だ。集落の皆と長を頼んだぞ、ユクセル」
言って微笑み掛ける彼女に、さしものユクセルもついには言葉を失ってしまった。
観念したかのように項垂れる彼の肩を拳で突きながらカナンは言う。
「しばし集落を空けることになるが、長と皆にはお前の口からうまく伝えておいてくれ」
「そんなのごかまし切れねえよ……」
肩を落としてすがるような口調で言うユクセルに向かって今一度微笑みを浮かべてみせ、カナンは改めて「頼む」と短く告げた。
カナンが彼の視線を振り切るようにして歩き出すと、足を止めて二人のやり取りを眺めていたジェスールたち三人もその後に続く。
「みんなのことを任せたぞ」「じゃあ行ってくるよ」「御免」と口々に言って脇を通り過ぎていく三人を物言いたげな視線で見送ると、次いでユクセルは鋭い形相でエデンをにらみ付ける。
「そ、その——」
「ほら! おいてかれちゃうよ!!」
彼に向かって口を開こうとするエデンだったが、マグメルに手を引かれるようにして歩き出した。
険しい表情で見据えるユクセルの面前を通り過ぎ、エデンたち三人もカナンの後に続く。
歩きながら振り返って見れば、依然として鋭い眼光をもってにらみ付けるユクセルの姿がそこにある。
マグメルが手を引いてくれなければ、彼に何と声を掛けていたのだろうかとエデンは自問する。
それがどんな言葉であっても、彼の憤りをかき立てこそすれ静めることなどできなかっただろう。
ユクセルはいら立ちまぎれに大地を蹴り付けると、ふてくされたように集落の中に帰っていった。




