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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第四章  吠 人(ほえびと) 篇   第四節 「招かれざるもの」
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第三百三十八話  冀 求 (ききゅう) Ⅲ

「今のは駄目だ!! その言葉は……言っちゃいけない言葉だ!!」


「ああ……?」


 ユクセルも引くことなくエデンをにらみ返す。


「いいか悪いかは俺が決めることだろうが!! なんも知らねえ奴が軽々しく口出ししてんじゃねえぞ、おい!!」


「知らないさ!! 何度だって言うけど——自分は何も知らない!! 知らないし、君たちみたいに強くない……!! でも弱いからって何も口に出しちゃいけないっていうのは絶対に違う! 強いからって……言っちゃいけない言葉もある——!!」


「……はん、そうかよ」


 いかにも腹立たしそうに鼻を鳴らすと、ユクセルは距離を詰めるようにエデンに歩み寄る。


「じゃあよ、弱え奴が弱えことを盾にして、何だって思い通りにしようってのも違うんじゃねえか? 弱えからって、知らねえからって、好き勝手言っていいって理屈はねえよなあ!?」


「そ、それは——」


 その語勢の強さと反論を許さない鋭い正論に怯じ、エデンは思わず尻込みしそうになる。

 刹那的な感情に任せて気持ちをまき散らしているように見えて、その怒りが常に他者のために放たれていたことを知っているからだ。


「——それはそうだけど……でも、やっぱり駄目なんだっ——!!」


 後ずさりしたくなる気持ちを必死に抑え込み、詰め寄ろうとするユクセルを自身も前に進むことで押し返しながらエデンは断言する。


「君がそうやって怒っているんだから、きっと正しい理由があるんだと思う! 彼らが長に何をしたのかは自分にはわからないけど、怒るのに十分な理由があるんだろうなってこともわかる——!!」


 禁野の存在を知らずに狩りを行った自身らに、子供たちの前で彼らが秘密にしていた事実を口走りかけた自身に、ユクセルはその激しい怒りをぶつけてきた。

 カナンが言うように短気で喧嘩っ早い性質であることは否めないが、その思いが決して間違った方向に向いてなどいないことをエデンは知っている。


「わかってんならほっとけってんだ!! わかんねえなら——余計な口出しすんじゃねえ!!」


 引き下がろうとしないエデンに対し、ユクセルは脅し付けるようにその顔を寄せる。

 鋭い牙の隙間から漏れる吐息が顔に触れる距離にありながら、一歩も退くことなくユクセルを見据え返してエデンは言った。


「わからないからわかりたいし、わかるから……わかりたくない——!!」


「ふざけんな!! 問答の時間じゃねえんだ!! それとも何か、がきのわがままか!?」


 歯茎と牙をさらして怒鳴り立てたかと思うと、彼はエデンの頬を打った拳を握り締めながら威圧するような口ぶりで言う。


「もう一度痛い目見ねえとわかんねえみてえだな……! そっち側も殴られてみるか!?」


 言ってユクセルはエデンの頭部をその掌で押さえ込む。

 首をすくめる姿勢を余儀なくされつつも、エデンは見せ付けるように拳を振りかぶるユクセルを表情を変えることなく上目で見据え続けた。


「その手を離しなさい!!」

「そうだよ、やめなってば——!!」


 見ていられなくなったのだろう、シオンとマグメルが声を上げるが、エデンは頭を押さえ込まれながらも強引に二人を振り返り見る。


「だ、大丈夫……これは自分の——」


 呟きながら二人を見据え、次いでエデンはもう一人の少女——カナンに視線を向けた。

 いつでも自身とユクセルの間に飛び込むことができるようにだろう、身構える彼女に向かってエデンは許可を求めるかのように小さなうなずきを送る。

 先に続くせりふを飲み込んで再びユクセルに向き直ると、エデンは言いかけた言葉を胸の内で呟いた。


 ——これは自分の戦いだ。


 なぜ吠人たちが異種狩りをやめたのかを知らない。

 ユクセルの憤る理由、長イルハンに対して蹄人たちがどんな仕打ちをしたのかはわからない。

 それと同じように自身がここまで食い下がる理由など、ユクセルには知る由もないことだろう。

 部外者である自身の突っ掛かる様に、いら立ち以上の不可解さを感じているだろうことはその態度からも明らかだ。

 それでもエデンにはその発言を聞かなかったことにし、知らぬふりを貫き通すことはできなかった。


 ぼうぜんとたたずむ駒人の男の手にした包みの中身——名も知らぬ誰かが何を思って供儀に身を捧げたのかはエデンの知るところではないが、自身のよく知る少女の献身と犠牲とを勝手のひと言で片付けられるわけにはいかない。

 それが何もできなかった自身が抱く自責と自棄によるものであるという理解はあったが、エデンには湧き上がる感情を押しとどめることはできなかった。


 これもまた望まざるとも訪れる、戦うべきときだと己に言い聞かせる。

 そして正しさを証明するに足る強さを持たない自身には、言葉を尽くすことしかできない。


「彼女の——アリマの思いをおとしめるのはやめてほしい!! 自分にはできないから……君たちに代わりに戦ってほしい——!! そう——お願いしてる!!」


「あ!? 知らねえよ、誰だそいつは!? それにほしいほしいって——やっぱりがきのこねる駄々じゃねえか!? ふざけるのも大概にしやがれってんだ!!」


 両者が一歩も引くことなく詰め寄り続けたため、エデンとユクセルは額の触れる距離で互いの意をぶつけ合う。


「駄々でいい! 弱くても言葉にするのは自由なはずだ! それを聞き入れてくれるかどうかも君の自由だけど、お願いすることをやめろっていうのは……自分は聞けない!!」


「ああ!? なら俺が何言おうが考えようがそれも俺の勝手だろ!? それに初めっからお前の頼みなんて聞くつもりはねえ、この勘違いの盗っ人野郎が!!」


 言い合いは鼻先を付き合わせての口論に発展し、しびれを切らしたユクセルがエデンの襟元に手を伸ばす。


「だ、だからこうしてお願いしてるんじゃないか!!」


「だから知らねえって言ってんだろうが!!」


 襟元をつかみ上げられながらもあらがうように声を絞り出すエデンに対し、ユクセルはさらに強い力をもってその首を締め上げる。

 エデンが息のできない苦しさにうめきを漏らしたその直後、辺りに響き渡ったのはマグメルの声だった。



「もー!! ばかばか!! みんなみんな、ばかばかばか、ほーんと……」


 そこまで言って大きく身をのけ反らせるように息を吸い込むと、彼女は音が割れんばかりの大声をあげた。


「……ばかああああああああああああー!!!!」


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