第三百三十三話 三 番 (さんばん)
「ふざけんじゃねえ!! な、何でお前がそいつらに……!!」
「落ち着け、ユクセル。数に物を言わせて押し切るのがお前のやり方か? あまりいい趣味とは言えないな」
怒りをあらわに声を荒らげるユクセルに対し、カナンは至って落ち着いた態度で説き付けるように言った。
「しゅ……誰もそんな話してねえだろ!!」
だがユクセルはますますもっていきり立ち、怒りの矛先をカナンからその傍らに座す長イルハンへと向ける。
「おい、爺さん!! 何のつもりだよ、俺は納得いかねえぞ!!」
つかみ掛からんばかりの勢いで詰め寄るユクセルだったが、カナンは手にした槍の柄でその頭部を打った。
「いっ……!! いってえなあっ——!! 何しやがんだ、ああ!?」
「お前が納得いくいかないの問題ではない。人数合わせのために私もエデンたちの側に加われ——長の言は至極まっとうだ。お前にも私にも異論を差し挟む資格などない。どうしても承服しかねるというのであれば、長イルハンに対して技比べを申し込んでみたらどうだ? 槍と弓の腕をもって長に言い分を認めさせられると思うのならばだがな」
カナンの言葉を受けたユクセルは「ぐ」とうめき声を漏らし、気勢をそがれたかのように消沈してしまう。
ジェスールらによって長の前から引き戻された彼は、ふてくされるようにしてカナンとエデンたちから目をそらしてしまった。
エデンは悔しげに歯を噛み締めるユクセルの様子をひそかにうかがったのち、続けて長イルハンの小柄な体躯を見やった。
直接ユクセルと一戦を交えたわけではないが、その槍の腕の片影は出会ったその日に身をもって味わっている。
その彼が返す言葉なく黙り込むほどの実力を、この小さな老人が持っているとはエデンにはどうしても思えない。
同じ長の肩書きを有する彪人ラジャンとは似ても似つかぬそのたたずまいは、戦士というよりも村の好々爺といった趣だった。
技比べ三本目の勝負である狩比べの挙行を前にして、エデンたち三人とユクセルら四人は長の面前に整列していた。
周囲に村の人々が取り巻いているのは前二本の勝負と変わらない。
違いがあるとすれば、開催が日暮れ前ではなく早朝からであることだった。
長の傍らには木製の台座が据えられており、その上には吠人たちが両手で抱え持てるほどの大きさの皿が乗せられている。
そこに双方のそぎ取ってきたケナモノの肉を載せ、所要時間と肉の質を鑑みた上で長が最終的な勝敗を下すのが狩比べの規定だ。
一対一の勝負であった槍比べや弓比べと異なり、狩比べは参加者総出の勝負となる。
エデンたち三人とユクセルら四人を見比べた長は、カナンの耳元に何事かささやき掛け、彼女はその言葉を代弁する形で口を開いたのだった。
人数をそろえるため、エデンたち三人にカナンを加えて四対四の勝負とする——それが長から下された下知の内容だ。
エデンにとっては願ってもない話だったが、ユクセルの憤る気持ちもよくわかる。
その抱く思いを聞かされているだけに、行き場のない憤りを爆発させる彼に対してやましささえ感じる部分もあった。
あくまで補佐という名目ではあるものの、カナンが客人側に力を貸すということは、彼女が自らの婚姻に向けて能動的に動くということだ。
ユクセルの悔しさたるや、いかばかりだろう。
「やさぐれるんじゃない。ここで勝てばいいだけだ。俺たちを信じろ」
「そうだよ、僕もこのまま負けっ放しなんてごめんだからね」
ジェスールは歯噛みするユクセルの背をたたきつつ励まし、アルヴィンも勝利への思いを新たにしている。
ルスラーンはといえば、変わらず懐手をしたまま三人を眺めて静かにうなずいていた。
「あー!! わかったわかった!! わかったって!!」
肩に乗るジェスールの手を払いのけながら、ユクセルは吹っ切れたかのような大声で言う。
「やりゃあいいんだろ!? やるやる、やってやるって!!」
天を振り仰いで声を上げたと思うと、彼はエデンに一瞥を投げつつカナンの元に歩み寄る。
そしてその顔先に人さし指を突き付け、念を押すように言った。
「相手が誰だろうと構いやしねえ! カナン、そいつはお前だろうとなんも変わらねえ!! 俺が——俺たちが勝つ! 勝って——」
彼はそこまで言って言葉を詰まらせると、ごくりと唾を飲み下して話を続けた。
「——勝ってなあ! ……お前がよ! 二度と下らねえ考え起こさねえようにしなくちゃならねえ! 吠人が最高なんだって、一緒にいるなら……吠人が一番なんだってこの場ではっきりさせてやるからな!!」
一方的に言い放ったユクセルは、カナンの返答を待たず、再び長イルハンの前に進み出る。
座る長の前に屈み込むと、彼は先ほどまでとは打って変わった落ち着きのある口調で言う。
「悪かったよ、爺さん。あんたの言うようにする。——始めてくれ」
立ち上がった彼はジェスールら三人とうなずきを交し合い、続いて周囲を囲むように集まった人々を見渡して口を開いた。
「狩比べの始まりだ! でっけえ獲物ひっ捕まえて肉そいで帰ってくるからよ、がきどもも爺婆どもも楽しみに待ってろよ!!」
ユクセルの宣言にその場に集まった老若男女が声援をもって応える。
周囲を見渡した彼はその様を満足そうに眺めたのち、改めて長イルハンに向き直った。
エデンも彼に倣って長を正面に捉える形で控える。
傍らでは技比べを前にして、息巻くマグメルをたしなめるシオンの姿がある。
「ケナモノ狩りならあたしに任せて!」
「お静かに」
固唾をのみ、エデンは狩比べの開始を告げる長のひと言を待っていた。
肉をそぐための短剣や、そぎ取ったそれを納めるための籠の準備はすでに済ませており、いつでも出発できる状態にある。
狩猟が許されているのは定められた範囲内のみで、当然禁野での狩りは許されない。
どこからが禁野なのかを知るすべをエデンたちは持たなかったが、長はその意味も込めてカナンの同行を許可してくれたのかもしれない。
周囲の人々の歓声もやみ、その場に集まった誰もが長の一挙手一投足に注目する。
エデンたちも目の前の小柄な老人が狩比べの開始を切り出す瞬間を息をひそめて待っていたが、いつまで経ってもその口は開かれなかった。




