第三百三十話 月 光 (げっこう) Ⅰ
一本目の槍比べ、二本目の弓比べに続く三本目の勝負をの名を「狩比べ」だとエデンたちは聞かされていた。
決められた時間内にケナモノの肉を一定量そいで戻ってくるというのが競技の内容で、所要時間と肉の質によって得点が加減されるとのことだった。
その意義が次代を担う子供たちに対する狩りの啓蒙にあることが、今のエデンには漠然と理解できる気がする。
集落の中で発生した騒ぎを解決するという名目で定められた技比べの三本勝負自体が、子供たちに生きるすべを教えるための催しと考えれば自ずとその重要性が身に染みた。
旅を続ける中、食料調達のためにケナモノ狩りを行った回数は一度や二度ではない。
丸みを帯びた身体つきからは考えられないほどに動きは俊敏で、捕獲するにも相応の技術が必要であることは身をもって学んでいる。
加えて身を隠したケナモノが想像以上に周囲の風景になじむことも知った。
草木や岩陰にひそんでいるところを探し出し、素早く逃げるそれを捕まえるためには何より知識と経験が大事になる。
捕まえて肉をそぐ際に決してその命を奪ってはならないのは誰もが知るところだ。
そのためケナモノを捕獲するためには、大掛かりな罠や猟具などを使うことはできない。
狩りにおいて頼りになるのは最終的に己の身一つであり、狩比べはその点において前二つのような純粋な武技を競う勝負とは大きく異なる。
つまりそれは身体能力で一歩も二歩も譲るエデンたちであっても、全く勝機がないとはいえないということでもある。
もちろん土地勘のなさはいかんともしがたく、実際に勝利を得ることは難しいかもしれない。
だが両者の成果が甲乙付けがたく、長から引き分けの判定が下された場合は技比べは一本目の槍比べから仕切り直しになるとカナンは説明してくれた。
シオンの勝ち取ってくれた一勝を無駄にしないためにも、狩比べでは吠人たちに負けない成果を得て再び槍比べに挑みたい。
あてがわれた天幕の寝台に横になりながら、エデンはそんな願いを抱いていた。
ふと傍らを見やれば、一つの寝台の上で身を寄せ合って眠るシオンとマグメルの姿がある。
弓比べを終えたのちも食事の最中も涼しい顔を崩さなかったシオンだが、過度の集中により精神には相当の負荷が掛かっていたのだろう。
食事を終えて寝支度を済ませたかと思うと、寝台に身を投げた彼女は間もなくすうすうと寝息を立てて眠りに落ちていた。
その様子を面白がって添い寝をするマグメルだったが、逆にシオンにその身体を抱き留められてしまう。
最初はあらがっていたマグメルだったが観念してされるがまま身を任せるうち、彼女もまたいつの間にか寝入ってしまっていた。
一人寝付けずにいたエデンは、二人を起こさないよう気を使いながら天幕の外へ出る。
この時間ともなれば技比べ開催に浮かれた人々も眠りに就いているのだろう、集落を照らす篝火の多くは火が落とされていた。
そぞろ歩いていたエデンは出入り口辺りに小さな明かりを認め、そちらに向かって歩を進める。
そこには見張りの任に当たっているであろう、集落を囲む木柵に背中を預けるようにして腰を下ろすルスラーンの姿があった。
緩やかな反りを打った刀剣を抱えて座り込んだ彼は、エデンに気付いたのかちらりと視線を送ってくる。
立ち止まって「何でもない」とばかりに両手を振ってみせると、彼は何事もなかったかのように集落の外に向き直った。
ルスラーンに背を向け、エデンは幾つかの天幕の間を抜けて集落の奥側へと向かう。
亜麻の刈り入れとその後に待っている工程のため、この時期の集落は川辺に構えられていると聞いている。
山間から流れ下る小川のせせらぎを聞きながらそちらに足を向けるエデンの耳に、ふと川音に交じってはじけるような水音が飛び込んできた。
音を頼りに川辺に向かったエデンが目にしたのは、一糸まとわぬ姿で水浴びをするカナンの後ろ姿だった。
水滴のみをまとわせた白い裸身は月光に照らされて淡く輝き、艶々しい濡れ髪は身体にぴたりと張り付いている。
「あ——」
同じ素裸でも、起伏を欠いたローカやマグメルの身体とは大きく異なっている。
しなやかな曲線を描くその輪郭は、彼女が自身と同じ稀有の種に属する人でありながら異なる性別であることを強く実感させた。
立ち去るでもなく視線をそらすでもなく、つかれたようにその裸身を見詰め続けていた。
振り返ったカナンと目が合ったことで、エデンはようやく自身の不行儀に気付かされる。
「あ!! そ、その……ええと——」
慌てて弁解の文句を探そうと試みるが、思うように言葉が出てこない。
それどころか早鐘のように打つ鼓動を静めることさえできず、胸を押さえて口を開け閉めするだけで精いっぱいだった。




