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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第四章  吠 人(ほえびと) 篇   第三節 「いざや、三番勝負」
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第三百二十九話  残 心 (ざんしん) Ⅱ

「か、彼女……アセナが!?」


 想像もしていなかった人物がシオンとアルヴィンの勝負に介入していたことを知り、エデンは思わず声を上げる。


 確かに両者に弓を渡す務めを担っていた彼女にならば、シオンに弦の緩んだそれを差し出すことも可能だったかもしれない。

 だが狩人であるジェスールを兄に持つ彼女ならば競技前の弓の交換を知らぬ訳もないだろうし、シオンに不具合のある弓を渡せばそれが必然的にアルヴィンの手に渡るであろうこともわかっていたはずだ。

 射手であるシオンが弦の緩みに気付かぬ訳もなく、抗議の声が上がることも予想できただろう。


 どちらの結果を迎えたとしても弦の緩んだ弓が弓比べに使用されることなどあろうはずもなく、弦を緩めることで熟練の射手である両者の勝負を左右できるとも到底考えられない。

 それに何よりエデンには、アセナがどうしてそのような行為を働いたのか、自分たちに勝ってほしいと願うのかに全く見当が付かなかった。



「心配には及ばない!!」


 カナンの声を聞き、深く考え込んでいたエデンは我に返る。

 自身に対しての言葉かとカナンに視線を向けるが、その顔は全く別の方向を向いている。

 声はシオンでもマグメルでもなく、天幕の方向に対して放たれたものだった。

 彼女はその裏にアセナが身を隠していることをわかっているかのように言葉を続ける。


「今回の技比べの結果がどうあれ、いずれ私はこの集落を出ていこうと考えている! 君の邪魔にはならないと約束する!」


「え……え——!?」


 その突然の告白に、エデンは思わず驚愕の声を漏らす。

 慌ててシオンとマグメルの顔を見やったのち、続けて周囲の人々を見渡した。

 長代行である彼女の衝撃的なひと言を誰かに聞かれていやしまいかと肝を冷やすエデンだったが、人々の関心はどうやら酒と食事、そして明日の三本目に向いている。

 ユクセルら狩人たちもすでに広場を去ったのか、辺りに彼らの姿は見られなかった。


 天幕ががさりと揺れたかと思うと、走り去っていくアセナの背中が目に飛び込んでくる。

 カナンはその背を見詰めながら小さく嘆息し、感心ともあきれともつかぬ口調で呟いた。


「それもこれも愛のなせる業——か。何とも厄介なものだな」


「愛……」


 その意味するところを尋ねようとするエデンだったが、彼女が直前に口にした言葉を思い出す。


「……そ、そうだ! カナン、集落を出るっていうのは——」


「それはまた、おいおい話そう」


 言いかけるエデンの口先をその人さし指をもって封じ、カナンは口元に意味ありげな笑みを浮かべてみせる。

 エデンの問いを一方的に断ち切ると、彼女は改めてシオンに向き合った。


「君が守ってくれたのは吠人の誇りだけではない。シオン、君はその発露の形を誤りかけたアセナの思いをも守ってくれた。あれは君に手渡した弓がアルヴィンの手に渡り、奴が甘んじてそれを引くと当て込んでいたのだろうな」


 苦々しい笑みをたたえつつため息交じりに言うと、カナンは仕切り直すように表情を切り替える。


「それにしても……いい腕をしている。加えて風を読むその力も見事と言わざるを得ない。今回の弓比べ、勝敗は勝負の前から決していたのかもしれないな」


「そんなことはありません」


 心底感心した様子で言うカナンだったが、返すシオンの言葉は相変わらず素っ気ない。


「アルヴィンさんが第一射で中央を射抜いていれば後手の私に勝ち目はありませんでした。彼が一の矢をもって挑戦状を突き付けてきたからこそ、私もそれに応えたまでです」


「じゃあさ! シオンが先だったら一発で真ん中に当てられてたってこと?」


「それは難しいでしょうね。弓の具合を確かめるのに二射を要しましたから」


 それまで黙って話に耳を傾けていたマグメルが口を開くと、シオンは左右に首を振って否定の意を示す。

 カナンは答えを返すシオンを見やると、どこか含みのある口ぶりで言った。


「本当にそうかな」


「どういうことでしょう?」


「いや、君の腕ならば後手であろうと先手であろうと一射で的の中央を射抜いていたのではないかと——そう勘繰りたくなってしまう」


 その出方を見定めるように言うカナンに対し、シオンも表情を変えることなくその顔を見据えて応じる。


「少々買いかぶり過ぎではないでしょうか?」


「過大評価などしていないさ。同じ戦士として、正しく君の力を見定めているつもりなのだが」


 カナンとシオンは視線を交し合ったまましばし押し黙る。

 数秒の沈黙ののち、先に口を開いたのはシオンのほうだった。


「婦女子の顔先に刃の切っ先を突き付けたのですから、あのぐらいは許されるかと。そんな判断の下で私なりの意趣返しを送らせていただいただけです」


 唇の端にかすかな冷笑をたたえたシオンが口にする。


「沈着に見えてなかなか——」


 くつくつと声を抑えて笑ったのち、カナンはシオンの肩に拳を押し当てた。



「君たちも食事と休息を取って明日の三本目——狩比べに備えるといい」


 改めて三人に向き直ってそう言い残すと、背を向けたカナンは弓比べの後片付けに戻っていった。


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