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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第四章  吠 人(ほえびと) 篇   第三節 「いざや、三番勝負」
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第三百二十話   一 番 (いちばん)

 開始の宣言を受けてなお、ジェスールは右手に握った紡績用の横槌で左の掌を打っていた。

 攻める姿勢をみせないのは、自身の出方をうかがっているためだということがエデンにも見て取れる。

 実力を測ろうとするかのような余裕ある態度と、その鍛え抜かれた鋼のような肉体を前にし、エデンは気おされたように動くことができなかった。


 戦うと決意したものの、みるみる戦意が喪失していく感覚を覚える。

 気を引き締めるために何度も木の棒の柄部分を握り直し、必死に全身を奮い立たせてジェスールに対峙する。

 このまま攻めあぐねていては戦おうという意志が完全に漏出していくだけだと思い直すと、エデンは胸の底にわずかに残る勇気を振り絞って前方に踏み込んだ。


 頭上高く振りかぶった棒を十字鍬の要領で力任せに振り下ろし、けさ懸けの一撃を放つ。

 横槌によって受け止められるとばかり思っていたエデンは、空を斬った棒の勢いに引かれるままその場に倒れ込んでしまった。


「……わ、うわあっ!?」


 慌てて後方に転がるように距離を取ってジェスールを見上げれば、彼は先ほどまでと変わらぬ余裕のあるそぶりで自身を見下ろしている。

 大地に片手を突いて立ち上がり、身を起こすと同時に斬り上げの一撃を繰り出す。


「やあ——!!」


 気合の雄叫たけびとともに繰り出されるひと振りもその身体には届かない。

 ジェスールは軽く身を反らすだけで、エデンの振るった棒を難なくかわしていた。


 空を斬った棒を引き戻し、エデンは間断なく二撃、三撃と繰り返し攻め続ける。

 しかしジェスールはエデンの前進に合わせて後退しつつ、身のこなしと足さばきだけで軽くいなしていた。

 攻めているつもりが逆に翻弄され、エデンは何度も勢い余って体勢を崩す。

 手にした得物を一切使うことなく対戦相手を手玉に取るジェスールの戦いぶりに、周囲に集まった人々からは惜しみない声援が送られる。

 だが倒れたエデンが立ち上がるたび、人々は大きな歓声をもってその健闘をたたえた。


「エデンー! がんばれー!!」

「相応で結構ですので!」


 倒れ伏したエデンに向かってマグメルが声を上げれば、シオンが控えめに言い添える。

 少女二人と泰然と自身を見詰めるカナン、そして同胞であるジェスールのみならず自身にも分け隔てなく声援を送ってくれる人々を眺め見たのち、エデンは棒を支えにして起き上がった。


 どこか楽しげな表情を浮かべてうなずくジェスールのしぐさを、エデンは「掛かってこい」の意と受け取る。

 見上げる彼に小さくうなずきを返すと、エデンは手にした棒を腰だめに構えて駆け出した。


「はっ——!!」


 渾身の力を込めた突きの一撃だったが、ジェスールは腰を軽くひねっただけでたやすくこれをかわしてみせる。


「——うわっ……!!」


 そのまま均衡を崩すようにジェスールの脇を通り過ぎたエデンは、対戦相手に後ろを向けてしまっていることに気付いてひどく取り乱す。

 乱れた足取りで体勢を整えるが、ジェスールは背中を見せたエデンに死角からの攻撃を加えることはしなかった。

 彼はエデンが振り返るところを認めると、その顔に悠然たる笑みを浮かべる。

 それまで一切使おうとしなかった横槌を身体の正面で構えてみせるその様子から、ジェスールが次の一撃をもって勝負を決めようとしていることは明らかだった。


 そして彼が手にしたそれを振るった瞬間が、自身の敗北のときであることも同時に理解する。

 覚悟を決めたエデンは木の棒を固く握り締め、大地を蹴って再度ジェスールに挑み掛かる。

 棒を肩に担ぐように構えると、助走を取って思い切り跳躍した。


「わあああああー!!」


 気迫十分というにはいささか頼りなくはあったが、あらん限りの大声で気合の叫びを上げた。

 だが振りかぶった棒をジェスールに対して振り下ろそうとしたところで、エデンは自身の身体が中空に静止していることに気付く。

 何かの触れる感覚に腹部を見下ろせば、いつの間にかジェスールの手にしていた横槌が押し付けられている。


「あ——」


 見上げるジェスールと目が合い、彼が含みのある笑みを浮かべるところを見て取った次の瞬間、エデンの身体は横槌によって大きく振り払われれていた。


「——ぐっ、うわあっ……!!」


 ジェスールの振るう横槌によって大きく吹き飛ばされたエデンは、勢いよく転がって大地に倒れ伏す形となる。

 直後は何が起きたのかがわからなかったが、土の味を噛み締めつつ視線を上げて周囲を見回したところでようやく自身の置かれた状況を理解した。


「勝負あり!! 勝者、ジェスール!!」


 カナンはジェスールに向かって右手を差し伸ばし、その名を呼び上げる。


 周囲の人々からひときわ大きな歓声が巻き起これば、数人の子供たちが輪の中に飛び込んでくるところが見て取れる。

 口々にその名を呼んで飛び付いてくる子供たちをまとめて抱え上げながら、ジェスールは笑顔で人々の歓声に応えていた。


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