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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第四章  吠 人(ほえびと) 篇   第三節 「いざや、三番勝負」
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第三百十九話   代 役 (だいやく)

「勝負ありだ!! 技比べ一本目、槍比べの勝者は客人エデン——」


「——悪い悪い!! 待ってくれ!!」


 カナンの判定を遮る形で輪の中から声を上げたのは、四人の狩人の中で最も大柄な体躯を誇る吠人ジェスールだった。

 その拳をもってユクセルを押しのけると、ジェスールはユクセルの代わりに輪の中央へと進み出る。


「おい! ジェスール、お前……勝手なことしてんじゃ——」


「いいから俺に任せておけ、ユクセル」


 文句を言って詰め寄るユクセルの背を厚く広い掌で張ると、ジェスールはせき込む彼からカナンへと視線を移した。


「カナンよ。こちらの都合ですまないが、選手交代というわけにはいかないだろうか?」


「ユクセルは自ら進んで勝負を放棄した。一度決した勝敗は覆ることはない」


「そこをなんとかならないだろうか?」


 切り捨てるように言うカナンに対し、ジェスールは大きな身体を小さくして頼み込む。


「一度例外を認めしまえば、際限なく特例生じることになるだろう。そうなれば——技比べの実質は失われる。ジェスール。吠人にとってそれが何を意味するのか、知らぬお前ではあるまい」


 その懇願を一顧だにしないカナンに、ジェスールもそれ以上を求めることはを諦めたように見えた。


「……ああ、そうだな。無理を言った。ここは潔く引くとしよう」


 答えて尾を引くことなく踵を返さんとするその背に、エデンは思い立ったように声を掛けた。


「ま、待って……!!」


 足を止めて振り返ったジェスールは不可解な面持ちでエデンを見据える。

 その視線を見詰め返して小さくうなずくと、次いでエデンはカナンに向かって口を開いた。


「じ、自分は交代してもらっても大丈夫なんだけど……そ、それは駄目——なのかな……?」


「対戦相手の君が交代を認めるのならば私たちは一向に構わないが、本当にそれでいいのか? 黙っていれば戦わずして一勝を得られるのだぞ」


 おずおずと申し出るエデンに、カナンはいかにも意外といった表情を見せる。


「う、うん……でも——」


 勝利を得たいわけではないと語ったら、カナンはどう思うだろう。

 罪滅ぼしのために戦いに挑もうとしていると知られたら、彼らは伝統ある技比べを愚弄したと憤るだろうか。

 カナンの言った通りにここで不戦勝を得ることになれば、二本目の結果により技比べの勝敗は決することになる。

 そしてすでに聞き及んでいる技比べ二本目は、全く勝機がないとは言えない勝負内容だ。

 二本を先取して表立って滞在できる結果になれば、戦わずして勝利を手にした自身がユクセルの理解を得られるとは到底思えない。


 強さこそが正しさだと彪人たちは語った。

 正しさを示したいのであれば、己の強さをもって証明しなければならないのだとアシュヴァルは言った。

 そして彼は自らの言葉通り、最強の戦士である里長ラジャンに力をもって意を示してみせた。


 本物の強さを持たない自身に、生死を賭した戦いに赴く戦士たちの思いを理解できるなどとは到底言えるものではない。

 だが戦士たちが武を交し合うことで互いに信頼や尊敬を構築しているという事実は、多少なりともわかる気がする。

 剣を帯びただけの自身がそれを名乗るのもおこがましい。

 ただ一度戦うと決めた以上、今だけは一人の戦士でありたい。


「——た、戦いたいんだ」


 とても戦士とは思えない及び腰の宣言だったが、エデンはカナンに向かって自らの意を告げる。

 続いて振り返って自身を見下ろすジェスールに向かって問い掛けた。


「そ、それでいいかな……?」


 ジェスールがエデンの申し出に対して大様な態度でうなずいてみせると、周囲からは一段と大きな歓声が沸き起こる。


「あいつが相手なんだったらやっぱりあたしが出る!」


 マグメルはその場に立ち上がって息巻いていたが、傍らのシオンによって無理やり押しとどめられていた。


 カナンは深く嘆息したのち、ジェスールに向かってユクセルの木槍を差し出した。

 ジェスールが左右に首を振って受け取りを拒否すれば、カナンは手にした槍を人々の輪の中に放り投げる。

 頭上に伸ばした手でルスラーンが木槍を受け取ると、隣のアルヴィンはジェスールに向かって何かを投げ渡した。


「それでいいんじゃない?」


 放り投げたそれを受け取るジェスールを見て、アルヴィンは含み笑いを漏らす。

 どこか状況を面白がるような態度を見せる彼に対し、ジェスールは角ばった槌のようなものを確かめながら頬を緩めて笑った。


「なるほど、悪くないな」


 彼の手にしたそれに、エデンは見覚えがあった。

 昨日の朝、女たちが糸を紡いでいた天幕をのぞき込んだ際にその道具を見た気がする。

 であればジェスールの手にしたそれは、稽古用の武具などではなく紡績用の道具ということになる。

 持ち手の部分を握って手になじませるかのように振り回してみせたのち、彼はエデンを見据えて口を開いた。


「有難い申し出に痛み入るばかりだ。エデン——だったな、お前の厚情に応えて俺も本気でやらせてもらおう」


「う——うん……!」


 答えてエデンも手にした木の棒を身体の前面で構え直す。

 ジェスールの言う本気がどれほどのものかはわからないが、少なくとも無傷では済みそうにないと腹をくくる。

 対戦相手は想定とは別人になってしまったが、自身の望んだ戦いであることに変わりはない。

 互いの手にしているのが木製の武具であることに感謝しながら、エデンは頭上高く手を差し伸ばすカナンを横目に一瞥する。


 手を掲げたまま、カナンは傍らの長イルハンに視線を落とす。

 うなずきとともに漏れるうめきとも吐息ともつかぬ小さな声を受け、彼女は槍比べの開始を宣言した。


「——始めっ!!」


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