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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第四章  吠 人(ほえびと) 篇   第三節 「いざや、三番勝負」
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第三百十七話   賭 物 (のりもの) Ⅰ

 槍比べの始まる夕刻が近づき、集落の住人たちが続々と広場の中央に集まり始めていた。

 人々は円形に配置された篝火を囲むように車座になって腰を下ろしており、集落の奥側の上座には長イルハンとその傍らに立つカナンの姿もある。


 エデンは立ち並ぶ篝火の内側、人々の輪の中央に立っていた。

 周囲を取り巻く無数の観客たちと、輪の中に立つ戦士。

 彪人たちの手合わせとよく似た状況ではあったが、エデンの知るその場面と今とでは大きく事情が異なっていた。

 まさか見物人としてではなく、戦士として戦う側に身を置くことになるなどとはその当時は思いもしなかった。


 やにわに歓声の沸き起こり、人波をかき分けながら輪の中心へと進んでくる一人の吠人の姿をエデンは正面に捉える。

 輪の中央まで進み出たのはユクセルであり、彼はエデンを一瞥すると担いだ木槍で物憂そうに肩を打った。


「そ、その……ユクセル——」


「握手でもしようってか? こっちはそんなつもりはねえ、さっさと済ませちまいてえだけさ」


 名を呼んで歩み寄ろうとするエデンに対し、彼は手にした木槍の穂先を突き付ける。


「そ、そうじゃなくて……」


「だったら黙ってそいつで語ってみろってんだ。——その棒っ切れでな」


 そう言って彼は槍先でエデンの手の中の棒を示す。

 首肯をもって応じると、エデンは汗のにじんだ掌を衣服の腰辺りで拭い、手にした棒を改めて握り直した。

 互いに無言で視線を交し合うエデンとユクセルを、周囲に集った人々の歓声が包み込む。

 吠人たちの中には異邦者であるエデンに声援を送る物好きな観客もいたが、その大半がユクセルを応援する声であった。


「エデンー!! そんなやつやっちゃえー!!」


 車座になった人々の最前面に陣取ったマグメルは立ち上がって声を上げ、シオンはその傍らに行儀よく正座して輪の中央にじっと視線を向けている。


 手を振り上げつつ左右に身を振るマグメルに視界を遮られた後方の観客たちは、口々に文句を言いながらその身体を大地に引き下ろす。

 振り返ってその様を一瞥したエデンが小さく笑みをこぼすと、ユクセルは不機嫌そうに顔をゆがめて「ちっ」と舌打ちを放った。

 槍比べの前に緊張感を欠いた行いであると思い直し、エデンは片手で頬を張って木の棒を握り直した。


 その直後、上座に座す長イルハンの斜め後方に控えていたカナンが一歩前へと足を踏み出す。

 それを見た人々の間からは徐々に歓声が消え、輪の中央に立つエデンも含めて誰もが彼女の言葉を待った。


「これより長イルハンの立ち合いの下、技比べ三本勝負を執り行う! 本日の勝負は一本目、槍比べ! 名乗りを上げたるは——」


 カナンは右手でユクセルを示して「ユクセル!!」とその名を呼び上げた。

 呼び出しに応じて木槍を担いだユクセルが輪の中央に進み出れば、周囲の人々からは熱の入った声が上がる。

 差し伸ばした手で歓声を制したカナンは、続けて左の手でエデンを指し示した。


「客人側の戦士の名は——エデンだ!!」


 おずおずと輪の中央に向かって足を進めつつ、エデンはマグメルの応援を背中に聞く。

 彼女の声援に釣られて数人の吠人たちがエデンの名を呼び始めれば、ユクセルの名を呼ぶ声に負けないほどの歓声が周囲に巻き起こった。

 エデンはぼうぜんと周囲を見回し、自身に声援を送ってくれる人々に向かって軽く頭を下げる。

 技比べを自身の罪滅ぼしのために利用していることにわずかに胸の痛む思いを感じたが、左右に頭を振って正面のユクセルに向き直った。


 カナンが傍らを見下ろせば、長は遅々とした動作でうなずき返す。

 人々がにわかに静まり返る中、カナンはおもむろに口を開いた。


「このたびの技比べ、吠人側の勝利は揺るがない! 草原を駆ける狩人である我らの強さは、皆も承知のことだろう!」


 カナンの突然の発言に周囲に集った人々は一瞬言葉を失う。

 勝負が始まる前から立会人である彼女が一方の勝利宣言を行ったのだから、それも当然のことだろう。

 だが人々はしばしの沈黙ののち、彼女の宣言を歓喜の声をもって迎え入れた。


「なにそれー!? まだはじまってもないのにさ!!」


 マグメルの不満の声をかき消すように、人々は大きな盛り上がりを見せている。

 戸惑いを覚えつつ周囲を見回し、エデンはその意を問うようにカナンを見詰める。

 彼女はエデンの視線に応えて意味ありげな笑みを見せたかと思うと、人々の歓声を吹き飛ばすほどの声で続けた。


「故に——!! 万が一にでも客人らが我らを破ることがあれば、勝者の得る財物はその栄誉にふさわしいものでなくてはならないはずだ!! 違うか、誇り高き吠人たちよ!!」


 彼女は周囲の人々を順に見やりながら、凛と響く声で言い放った。


「客人らが勝利を得た暁には、我らが有する最も価値のある宝を贈るとしよう!! 宝の名は——」


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