第三百九話 巡 合 (めぐりあわせ) Ⅰ
「それは自分たちも同じだよ。カナンに出会えて本当によかったって思ってる」
エデンは左右を振り返り、二人の少女に「ね」と同意を求める。
シオンとマグメルが静かな首肯と満面の笑みをもって肯定するところを認めると、カナンは喜ばしげにうなずいたのち、下方に視線をそらして言いにくそうに口にした。
「尋ね人を追っての急ぎ旅と聞いてはいるが、もしも時間が許すのであれば……どうだろう、私たちの集落に少しばかり逗留していくというのは。長代行である私が全ての責任を負うと約束もする。もちろん断ってもらっても構わないが、私は——もう少しばかり君たちと話がしたい」
「う……うん、それは——」
それに関しては、エデンも同じ気持ちだった。
探究心と好奇心という理由の違いはあれ、その様子を見るにシオンとマグメルも同様の思いを抱いていることは間違いないだろう。
もちろん急ぎローカの後を追いたいと願う感情にうそはない。
第二の故郷とも呼べる場所にその帰りを待つ者たちがいれば、この旅が自身だけの旅でなくなっていると強く感じられるようになってきている。
だがそれと同じように、この旅それ自体が彼女の導きであることに気付き始めている。
うすうす抱いていたそんな感覚はシオンの知覚によって雨の中を引き返した先でマグメルと出会い、マグメルの直感のままに街道を大きくそれた枝道を進んだ先のこの草原でカナンに出会った事実を経て確信に変わりつつある。
恐らくシオンも同じ思いを抱いているであろうことは、カナンの姿を初めて目にした際の反応からも見て取れた。
そこに自身やマグメルに出会った際に見せた驚きの色はなく、彼女はただ運命を受け入れるかのような表情をその顔に映していた。
「あたしはいいと思うな。エデンにまかせるけど!」
「私も個人的見解を述べさせていただければ、一度立ち止まってこの先の旅程を立て直すのも悪い案ではないと考えます。もちろん最終的な判断はエデンさんに委ねますが」
押し黙るエデンの背中を押すように、マグメルとシオンは自身の見解を述べる。
今一度二人の顔を見据え返すと、エデンはカナンに向かって自身の意を告げた。
「うん。自分も君ともっと話がしたいって思ってる。少しだけお世話に……」
言い終える直前に胸中に湧き上がる大きな不安に、エデンは不意に言葉を詰まらせる。
「……で、でも彼らは——ユクセルはどう思うかな」
不安の種は四人の吠人たち、その中でも特に自身に対して激しい憤りを抱くユクセルだった。
この草原からいち早く立ち去ることを望んでいる彼が、自身らが集落に滞在することを知ったならば一体どんな感情を抱くだろうか。
カナンの申し出を受けるには、その怒りの根を知る必要がある。
彼らに配慮して身を引く選択もある中で、対話をもって理解することを願ったのは他ならぬ自分自身だ。
今日こうしてカナンと同道しているのも、その件について知ることが目的だったはずだ。
「そ、そうだ! カナン、約束の……教えてくれるっていう話は——」
いささか焦れたように問うエデンに対し、彼女は何食わぬ顔で言う。
「私たちにとっては、亜麻もケナモノも同じだ。どちらも命をつなぐための大切な糧であることに変わりはない。——ここまで言えばわかってもらえるのではないかな?」
もったいぶるようなカナンの言葉を受け、エデンは懸命に頭をひねる。
吠人たちの土地でケナモノを取ったこと、自身らの犯した失態はそれに尽きる。
もちろんそれが礼を欠く行為だと理解はしているものの、彼らを——ユクセルをあそこまでの怒りに駆り立てるほどだろうかという疑問もあった。
謝れば許してもらえるなどと都合よく考えていたわけではないが、その怒りに満ちた表情は思い返すといまだに身がすくむ思いがするほどだった。
カナンは亜麻とケナモノとを並べて語るが、エデンにはその二つが無関係に思えてならない。
それとも自身が気が付いていないだけで、そこには通底する何かがあるとでもいうのだろうか。
「亜麻とケナモノと——」
「底意地の悪いことを言うつもりはないんだ」
頭を絞るエデンに対し、カナンが申し訳なさそうに言い添える。
「私も教えられることがあるのならば全てを明かそうと考えていた。集落を出るまでは、そう考えていたのだが——」
そこでカナンは言葉を区切り、エデンたち三人を順に見回した。
「——教えられるよりも己の目と耳で。その考え方には私も大いに賛同する。君が気付いてくれたならと思ったが、少しばかり言葉が足りなかったようだ。改めて私の口から説明させてもらう」
「はい! はいはーい!!」
カナンがその続きを口にしようとした瞬間、挙手とともにと声を上げたのはマグメルだった。




