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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第四章  吠 人(ほえびと) 篇   第一節 「風の吹くところ」
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第二百九十九話  激 昂 (げっこう) Ⅱ

 剣を抜き放とうとした直前、四人目の獣人が現れたところまでは視界に捉えていた。

 突如として樹上から飛び降りてきた彼を前にして、とっさに剣を抜く手を止めようとしたことも覚えている。

 しかし意志に反して手は止まらず、眼前に現れた獣人を斬り付けてしまいそうになったところからの記憶は曖昧だった。

 けれどその手にした煙管きせるが自身の握る剣の鍔を押さえ込むように触れているところを認め、エデンは信じ難いことと理解しつつも何が起きたのかを察していた。

 樹上から現れた四人目の獣人が、手にした煙管で抜剣を押しとどめたのだ。

 他の三人と異なる茶褐色の被毛に身を包んだ獣人は、火の付いていない煙管を握ったまま無言でエデンを見据えていた。


「ぐ……」


 押そうにも引こうにも剣の柄を握った手が動かない。

 すでにそれを抜こうという意志は喪失していたが、目の前の獣人はエデンを見据えて剣の鍔を押さえ込み続けている。


「てめえがその気ならよ、こっちもそのつもりでやらせてもらうぜ」


 一人目の小柄な獣人が声を上げると同時に、四人目の茶褐色の獣人は手にした煙管をエデンの剣の鍔から引きのける。

 均衡を欠いて蹈鞴たたらを踏んだエデンは、前のめるようにして小柄な獣人の正面へと進み出た。

 獣人は好都合とばかりにエデンの襟元に手を伸ばし、その首元をつかみ上げる。


「う、ぐ——」


「やめてって言ってるでしょ!!」


 エデンの漏らす声を耳にし、マグメルは抗議の声を上げる。

 しかし彼女が身を暴れさせるたび、大柄な獣人はその腕を一層強くひねり上げた。


「いたたた……!! だからそっちには曲がらないの!!」


 首を締め上げられながら、顔だけをひねって苦悶にうめくマグメルを見やる。

 次いで押し黙るシオンに視線を投げたエデンは、小刀を眼前に突き付けられた彼女が左右に小さく首を振ってみせるところを目に留める。

 それがこれ以上の抵抗を控えろという意味であることはすぐにわかった。

 マグメルもそのしぐさに気付いた様子だったが、納得がいかないのか不本意をあらわにする。


「なんで!? 先に手を出してきたのはこいつらでしょ!? 話もなんにも聞いてくれないでさ!!」


 言い立てるマグメルだったが、静かに首を左右に振るシオンの意を受けて口をつぐんだ。


「貴方がたは——『吠人ほえびと』ですか」


 恐る恐るといった口ぶりでシオンが尋ねると、小柄な獣人はエデンの首元をつかみ上げたまま眉根に皺を寄せて彼女をにらみ付ける。


「ああ!? だったら何だってんだ? それとこれとどう関係があるってんだ!!」


「貴方がたの土地に許可なく踏み入ったことは謝罪します。剣を抜こうとしたことも——」


 あくまで冷静に謝罪の言葉を口にするシオンだったが、やはり最後まで言い切ることはかなわなかった。


「うるせえって言ってんだ!! 問題にしてんのはそんなことじゃねえ、もう遅いってのが何でわかんねえんだっ!!」


 激怒した小柄な獣人は、つかみ上げたエデンの身体ごと手を振り払う。

 突如としてその手から放り出され、エデンは勢いよくその場に転がった。


「うわっ!! ——ぐっ……!!」


「エデン!!」

「エデンさん!!」


 二人の少女の声が重なる。

 次の瞬間、マグメルは大柄な獣人の腕の中で身体を一回転させるようにして片手の拘束を解き放つ。

 そのまま腰の短剣をひと振り抜き放つと、もう一方の手を握り締めて離さない男の手に対して突き出した。

 しかし獣人は彼女の手を握った側と反対の手を使い、突き出された刃を握り込むようにして受け止める。

 マグメルは信じられないといった様子で固まり、獣人も掌から滴り落ちる血に一顧だにせずにそんな彼女を見据え返していた。

 その様子を横目に眺める細身の獣人の隙を突き、シオンも矢筒の中から一本の矢を抜き取る。

 矢柄の部分を握った彼女は細身の獣人がするのと同じように、その鼻先に矢じりを突き付け返した。

 互いの顔先に刃物を突きつけ合ったまま、二人は視線をそらすことなく無言で視線を戦わせている。


 一触即発といった空気の中で、エデンは腰を突いたままマグメルとシオンの二人を交互に見やる。

 自身のみならず彼女らの安全をも脅かすことになりかねない極めて深刻な状況の中で、エデンは次に取るべき行動に考えを巡らせていた。


「しっかり押さえとけってんだ」


 二人の獣人をにらみ付けて不服げに呟いたかと思うと、槍を手にした小柄な獣人は尻もちをついたままのエデンの元に歩み寄る。

 剣を抜こうにも懐手をしたまま見据える茶褐色の被毛の獣人がそれを許すわけもなく、何より自身の剣の技術で彼ら四人を相手になどできようはずもない。

 エデンは周囲の四人——槍を手に大股で自身に迫る小柄な獣人、短剣の刃を握り込んだままマグメルと向き合う大柄な獣人、シオンから鼻先に矢を突き付けられながらも余裕のある笑みを浮かべている細身の獣人、そして自身の抜剣を止めた茶褐色の被毛の獣人を順に見回した。


「四人——」


 その数を口にしたところで、エデンは先ほどのマグメルの言葉を思い返す。

 彼女は自分たちを囲んだ者たちの人数を五人と推察していた。

 その考えに至った直後、四人とは別の人物の声が辺りに響き渡った。



「お前たち、何をしている!!」


 その声を耳にした小柄な獣人は、「ち」と舌打ちをして槍の石突きを地面に突き立てる。

 短剣の刃を握っていた大柄な獣人もマグメルを解放し、細身の獣人も手にしていたシオンの小刀をその場に放り投げていた。

 マグメルは手首をさすりながら大柄な獣人を見上げ、シオンも腰を突いたまま後ずさるように細身の獣人から距離を取る。

 エデンたち三人が視線を交し合って互いの無事を確認していると、細身の獣人が小柄な獣人の後方を鼻先で示しながら口を開く。


「——そら、お姫さまのお出ましだよ」


 その口調にはどこか事態を面白がるような、からかうような響きがある。

 その言葉を耳にした小柄な獣人の顔には、ますますいら立った表情が浮かんでいた。


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