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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第三章  吟遊楽団(がくだん) 篇   第六節 「ただ少女の昇天に」
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第二百八十九話  天 授 (てんじゅ) Ⅱ

「エデンが……? ほんとに——?」


 首筋をさする手を下ろし、マグメルはおもむろに顔を上げる。

 恐々といった様子で自身を仰ぎ見る彼女に対し、エデンは確かな首肯をもって応じた。


「うそ、そんなことって——」


 マグメルは気抜けしたように呟いたのち、小さく頭を振って自身の発言を改める。


「——ううん、なんかそんな気がしてたかも。いつもだったら——ひとりだったらこわくてたまらなくて……でも、この前は少しちがったんだ。もちろんこわくてなきそうだったんだけど——それでも……何かがいつもとちがったの」


 溢れ出す感情を抑えるかのように、努めて平静を装いながらマグメルは言った。

 立ち上がったシオンは彼女の傍らに席を移すと、その肩にそっと触れながら問い掛ける。


「いつも——ですか? 以前にも昨日と同じように?」


「……うん。それがだれかの思い出とかきおくとかなんだっていうのはわからなかったけど、こわいの……悲しいの……苦しいの——ゆめを見るみたいに見てきたんだ。ずっと前から……小さいころからずっと。ゆめなのかな、あたしだけが見てるこわいゆめだったらいいなって——そう思ってた」


「悪い夢だ。忘れてしまえばいい」


 ふてくされたような表情で切って捨てるように言うインボルクを、マグメルは弱々しくも優しい笑みで見詰め返した。


「あたしのこと、そうやって守ってくれてたんだね。いやなもの、こわいもの——全部見えないようにしてくれてた。たおれちゃったときも目がさめたらいつもみんながいてくれて……あたしのことを楽しくさせてくれた。歌って、踊って、ごはん食べさせてくれて……やさしいものだけであたしのまわりをつつんでくれてたんだ」


「……ふん」


 そんなマグメルの言葉を受け、インボルクは居心地悪そうに鼻を鳴らしてみせる。


「楽しいことだけつまんで何が悪い!! それが人の本能じゃないか!! 嫌なことがあれば逃げればいい!! 逃げて逃げて——地の果てまで逃げ続けてやればいい!! そうして僕らはここまで来たんだ……! 今更何を言っているんだ、君は……!」


 そこまで言っておもむろに立ち上がった彼は、妙案でも思い付いたかのように指を鳴らした。


「他人の記憶をのぞき見ることができるだって!? ならばいっそのこと悩み相談でも始めようじゃないか!! いいや、占いでもいいぞ!! 音楽なんかっているよりもよほど金になるだろうさ!! そうだ——それがいい!」


 感情を高ぶらせ、手を振り乱しながらインボルクはまくし立てるように声を上げる。

 そんな彼をいさめるように口を開いたのはサムハインだった。


「旦那、往生際が悪いですよ。もう観念してくださいなって」


「観念!? 僕が何を観念するだって!? その言い草だとまるで僕が未練を残しているような——」


「だからそう言ってるんですよ! みんなで決めてたでしょうに!? 諦めの悪い人ですねえ、あんたも!!」


「な……何だと——!!」


 マグメルを差し置いて顔を突き合わさんばかりに詰め寄るインボルクとサムハイン、その間に割り入ったのはベルテインだった。

 無理やり引き離された二人は、ふてくされつつも仕方なくといった様子でその場に腰掛け直した。

 いつも通の二人のやり取りを見詰め、マグメルは再び笑みをこぼす。


「あたし、知ってたよ。けんかするのも、にげるのも——いつだってあたしのためなんだって。ずっとずっと、そうやって守ってくれてた。あの日あたしをなかまにしてくれて、音楽を教えてくれて、楽しいって気持ちを教えてくれた。空っぽだったあたしの中身を楽しいこととうれしいことでいっぱいにしてくれたのは——みんなだよ。ありがと。……ずっと大切にしてくれて、ありがとう」


 感謝の言葉とともに、マグメルは破顔する。

 鼻の頭に皺を寄せ、口角を弓形に持ち上げ、顔全体で喜びと感謝とを表現する。

 心を満たす感情は涙となって湧き上がり、まなじりから滴の形を取ってこぼれ落ちる。

 泣き顔をごまかすように、マグメルは「——いひひ」と声を上げて笑った。


 ベルテインは低いおえつを漏らして泣き、ルグナサートも翼で顔を覆って肩を震わせている。

 腕を組んだまま背を向けてしまうインボルクを横目に見やり、サムハインは指先で目尻を拭いながらあきれ交じりに呟いた。


「……本当に面倒くさい人だなあ、旦那も」


 そんな四人を目を細めて眺めると、マグメルはもう一度こぼれるような笑顔を浮かべた。


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