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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第三章  吟遊楽団(がくだん) 篇   第四節 「林檎亭事件」
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第二百六十三話  休 演 (きゅうえん) Ⅱ

「少女、今は休みたまえ。君のおかげでこの村の人々は危機を未然に察知し、それに手を講じることもできた。君はすでに己が務めを果たしている。これ以上何かしてやる義理などないはずだぞ!」


「そうですよ、姉さん。後は村の連中に任せておけばいいんじゃないですかい?」


 遊戯の手を止めて立ち上がったインボルクが言うと、顔だけを彼女に向けたサムハインも賛同するように口を開く。

 だが二人の言葉を受けてなお、シオンは表情を変えようとしない。


「じ、自分もそう思うよ。だから無理はしないでほしい!」


 二人に続いて嘆願するように言うエデンに対し、シオンは先ほどよりも大きく首を左右に振ってみせた。


「旅に出ると思い定めたあの日から、私はこの力を貴方とローカさんのために役立てようと決めていました。先生からそうあれと言われたからではありません。私が自分の意志で——そうありたいと願って決めたことです。持って生まれたこの力をもって、誰も傷つかず穏便に、何一つ失うことなく旅を続けることができればいい——そんなふうにどこかで楽観視していなかったかと問われれば嘘になります。

しかし、この旅が貴方や私の失われた素性を求める旅という側面を有する以上、避けては通れない部分も必ず出てきます。私たちが……そう、インボルクさんの仰るようにこの世界に居場所を失った種なのだとすれば、安易な考えの元に旅を続けられるはずなどないことを、今回の件で身につまされました。これが私に課せられた務めというのなら、私も改めて痛みを負う覚悟を決めなければなりません。それが私の——」


 そこでいったん言葉を区切ったシオンは、階下のエデンから広間へと視線を移す。

 そして眉一つ動かさず自らを見詰めるマグメルを見据え返し、自戒とも自嘲ともつかぬ口ぶりで続ける。


「——今の私にできるただ一つの引責の手立てです。私はこれからも、そうしてまいた種の行く末を見守っていかねばなりませんから」


 言って小さく息をつき、シオンは再び階下から見上げるエデンを見下ろした。


「ですから、今は私に務めを果たさせてください」


「うん……わかった。わかったけど——」


 しばしの逡巡ののち、エデンは彼女に答えを返す。

 シオンがたとえここで引き止めたとしても思い直してくれるような性格ではないことを、この数か月の旅の間で理解してきている。

 ならば取り得る手は一つしかない。


「自分も一緒に行くよ」


申し出るエデンに対し、彼女も数瞬の間を置いて納得の意を告げた。


「——はい。お願いします」



「あたしも——!!」


 卓を手で打って立ち上がったマグメルが突然大声で言う。


「あたしもいっしょに……」


 言いかけたところで彼女は急に消沈したように口をつぐみ、椅子に座り直しながら呟くように言った。


「……やっぱいい」



「マグメル……?」


 ふてくされた様子で卓に顎を突いて黙り込んでしまった彼女は、エデンの呼び掛けに答えることなくあからさまなしぐさで目を背けてしまう。

 そんな彼女の態度に気掛かりを感じるエデンだったが、続けて声を掛けるより先にインボルクがシオンに向かって口を開く。


「少女よ、君の思いは確と受け止めたぞ! もはや止めはしない。君は君の思うがままに振る舞うといいさ。もしも君の身に何かあったときには、この僕が君の生きた証を歌にして後の世に残してやるとも!」


「おいおい、旦那! 縁起でもねえこと言いなさんな!!」


「何を言う! 人の覚悟に水を差すほうが無粋というものさ。それよりも——」


 いさめるサムハインを気に留めることなくインボルクは鼻先でふんと笑う。

 足を組んで椅子に腰を下ろした彼は、盤を見下ろしながら唇をゆがめて続けた。


「——君は少女のことよりも自分の心配をしたほうがいいんじゃないかな?」


「ん? 何のことですかい……? 藪から棒に——って、あ……あんた——!?」


 盤の上の石の配置を目にし、サムハインは激しい動揺を見せる。


「ちょ——ちょっと!! 旦那! あんた、いかさましたでしょう!? 分が悪いからったって——この卑怯者!!」


 卓に身を乗り出してその胸倉をつかもうとするサムハインだったが、インボルクは上体をそらして伸ばされた手をかわす。


「真剣勝負の最中に気を抜く奴が悪いのさ。待ったはなし、じゃなかったかな? ほら、早く打ちたまえ。後がつかえているぞ」


「こ——この野郎……!! 言うに事を欠いて何てこと言いなさる!! 油断も隙もあったもんじゃねえや!!」


 いきり立つサムハインをほくそ笑みを浮かべてインボルクはあしらう。

 背後に回り込んだベルテインに身動きを封じられながらも、サムハインはインボルクに向かってしきりに腕を伸ばしていた。

 一方で我関せずといった体で珈琲をすすり続けているルグナサートは、面前で繰り広げられている騒ぎが日常茶飯事だとでもいわんばかりの様子だった。


「もう! やめなって! おとなげないよー!!」


 辟易気味に状況を静観していたマグメルだったが、諦めたように小さく嘆息して二人の間に割り入った。

「だってこの人が」と憤るサムハインをなだめ、「僕は悪くない」と言い張るインボルクを諭す。

 そんな光景をベルテインは落ち着かない様子で眺め、ルグナサートはまるで音楽でも聴くかのように三人の言い争う声に耳を澄ませていた。


 そんな五人をしばし眺めていたエデンは、意を決してシオンに向かって声を掛ける。


「行こう、シオン」


「はい」


 売り言葉に買い言葉の応酬を続けるインボルクとサムハイン、二人の間に入って取り成しを試みるマグメル、それを見守る残り二人の団員たちの脇を通り過ぎ、エデンとシオンは広間を後にした。

 出入り口の扉を閉じる瞬間、ふと振り返ったエデンは自身を見詰めるマグメルの視線に気付く。


「——だからやめなって!!」


 目が合ったかと思うや即座に顔を背けた彼女は、何ごともなかったかのように二人の仲裁に戻った。


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