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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第三章  吟遊楽団(がくだん) 篇   第四節 「林檎亭事件」
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第二百六十二話  休 演 (きゅうえん) Ⅰ

 食事を終えたシェアスールの団員たちはめいめい楽器を手に取り、客のいない広間で音楽を奏で始める。

 だが数分ほど演奏を続けたところで、突としてインボルクが演奏の手を止めた。


「——やめだやめだ! 気分が乗らない!」


 自らの楽器をベルテインに押し付けた彼は、何も言わずに二階の部屋に引っ込んでしまった。

 ベルテインとサムハインも、興がそがれたかのようにおのおのの楽器を放り出す。

 マグメルも卓に笛を置いてしまい、広間にはルグナサートの爪弾く十五弦琴の憂いを帯びた旋律だけが響き続けていた。


 その夜は入浴を取りやめ、エデンたちもシェアスールの面々も自室へと戻ることにする。

 マグメルはどうしてもインボルクに勝ちたいのか、遊戯の盤を部屋に持ち込んでいた。

 寝台の上の彼女は自らの敗れた局面を再現する形で並べた石を難しい顔で見下ろし、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返している。

 エデンも寝台に腰掛けて盤を見詰めるが、そこからの逆転は難しいように見えた。


「そうなってしまっては手詰まりです。一手戻してください」


「ん? なになに!?」


 文机に向かって手帳に目を落としていたシオンが言う。

 驚くマグメルを気に留めることなく、彼女は盤に一瞥もくれることなく続けた。


「一手戻したら四の七の白を四の六に。五の三の黒を除けば、どう動かれても支障はありません。次の手番で同じ石を再び四の七に移動させてください。それで——後は油断しなければ勝てるでしょう」


 マグメルは不可解な面持ちでシオンの指示通りに石を動かす。

 しばし眉を寄せて盤面を見詰めていたかと思うと、にわかに表情を明るくさせたマグメルは叫び声を上げて跳び跳ねた。


「——わっ!! 勝てた!! すごいすごい!! シオン、やるじゃん!!」


 寝台の上のマグメルが跳び上がった反動で、盤上の白黒の石が辺りに散らばる。

 だが彼女はそんなことなどお構いなしにシオンの元へ駆け寄り、その身体に抱き付いた。


「規則がわかればどうということはありません」


「ううん、それでもすごい!!」


 頬を寄せられたまま、シオンは表情を変えずに答える。

 手帳に添えられた手と逆側の手によって押し返されたマグメルは、ふと思い立ったように声を上げた。


「——そうだ!! 今からインボルクのとこ行ってもう一回勝負してくる!!」


 得意げに言って寝台の上に置かれた盤を手に取ろうとする彼女だったが、遊技に必要な白黒の石はあちらこちらに散らばってしまっている。


「これじゃ勝負できないじゃん!! ——エデン! 石、石! さがしてさがして!!」


「う、うん……!」


 彼女の求めに応じ、エデンは部屋中をはいずり回って白黒の石を探す。

 しかしどうしても白の石が一つ見つからず、結局マグメルの再戦は翌日へと持ち越されることとなった。



 翌日、朝食後の広間では昨日の雪辱を果たさんと意気込むマグメルと、余裕綽々たる態度で迎え撃つインボルクの一戦が行われていた。

 昨夜シオンから手ほどきを受けたことで自信を深めたマグメルは、結局見つからなかった石の代わりに厨房から拝借した乾燥豆を盤に置く。

 勝利を確信したかのように得意然とした様子で遊戯を進めていく彼女だったが、徐々に旗色が悪くなってくるに連れてその表情からは笑顔が失われていった。

 昨夜よりは善戦したものの一戦目はインボルクの勝利に終わり、その後数度にわたって繰り返し行われた対局でも、マグメルが勝ちを手にすることはなかった。


「もー! なんで勝てないのー!!」


「割り合い健闘したほうじゃないか」


 思い通りの結果を出せず、マグメルは両手で頭を抱えてうなる。

 インボルクが勝利の余情を味わいつつ慰めの言葉を口にすると、彼女はふてくされたように卓に突っ伏してしまった。


「それじゃあ、お嬢の敵討ちといきますかね」


「——ふん、今日こそは返り討ちにしてくれよう」

 

 腕を撫して進み出るサムハインに対し、インボルクも不敵な表情をもって応じる。

 そうして二人の真剣勝負は幕を切って落とされた。

 盤を挟み無言で白黒の石を打ち合う二人を、マグメルも卓に伏せたまま顔だけを向けて眺めている。

 広間には石を打つ音と、ベルテインがルグナサートに状況を耳打ちする声だけが響いていた。

 二人の対局を観戦していたエデンだったが、不意に聞こえた木のきしみに後方を顧みる。

 振り返ったところで目に留めたのは、階段を下りるシオンの姿だった。


 昨夜は復調の兆候を見せていた彼女だったが、やはり身体の具合は思わしくないらしい。

 対局を見ていてほしいとのマグメルの嘆願にも応じず、朝食の時間になっても部屋から出ようとしなかった彼女が広間に姿を見せたことにエデンは安堵を覚えるが、それとともに一抹の不安を抱く。


「シオン、もう大丈夫なの?」


 階段下まで駆け寄って尋ねるエデンに対し、彼女は階段の手すりに手を添えたまま無言でうなずきを返す。

 どう見ても体調が芳しくないのは歴然としていたが、無理を押して部屋を出てきたことには何らかの理由があるに違いない。


「何か食べられそうなら——」


「今は結構です。それよりも……少し外を見てきます」


「外って……! 今は出ないほうがいいんじゃ——」


 ともあれ食事をと考えてエデンは声を掛けるが、彼女はそれを遮るようにして口を開く。

 突然の申し出に焦りを覚えるエデンだったが、彼女は首を小さく左右に振って不承知を示した。


「エデンさん、貴方が身分を偽ったことに対する責任を取ろうとしているように、私も私の取った行動には最後まで責任を持ちます。最終的にこの村に残るという決断をしたのは貴方ですが、貴方にそれをさせたのは私です。何も伝えず黙って去るという選択ができた中で、私は貴方に結論を委ねたのです。ですから——これが私なりの後始末です」


「で、でもそれって……」


 シオンの言う責任や後始末という言葉の意味が、その力をもって異種の現在の居所を探ることであるのはおおよそ見当が付く。

 想定以上に村に近づいているのであれば、異種狩りが到着する前に何か別の手を打たねばならないだろう。

 身を隠すか、あるいは全村一体となって異種を迎え撃つことになるかもしれない。

 婆様の口ぶりでは村人たちも物見の任を欠かしてはいないだろうが、シオンの力があれば彼らよりも先に異変に気付くことが可能だろう。

 だがそれは、彼女に負担を強いることを意味していた。


 特別な力を持たない自身にその子細は知るべくもないが、力の行使が身体的にも精神的にも多大な負荷が伴う行為であることはわかっているつもりだ。

 万全とはいえない状態にある彼女にこれ以上力を使わせたくないと思う部分も少なくはない。

 エデンが制止の言葉を口にしようとしたそのとき、先んじて後方から声を放ったのはインボルクだった。


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