第二百五十三話 花 立 (はなだち)
「見ておきたいって思ったの。今日まであたしたちのやってきたこと、ほんとに意味があるのかなって」
「意味……? 何を小難しいこと言ってるんですかい。好きだからやってるんでしょうに。意味や理由なんてやつは後から付いてくるもんでさ」
「サムハイン」
マグメルの言葉の途中で口を挟むサムハインだったが、ルグナサートにその名を呼ばれて慌てて口をつぐむ。
「音楽もお芝居も人を楽しませることはできるけど、すくうことはできないってシオンが言ってた。あたしたちの音楽ってさ、そのときだけのもの? 聞いて、わらって、ないて、楽しんで、それで終わり——なのかなって」
「わ、私は決してそんなつもりで言ったのではなく——」
「うん、わかってるよ。はじめてあたしたちの曲を聞いてくれたときのシオンの顔、あたしまだおぼえてるもん」
釈明を口にするシオンを遮る形でマグメルは言う。
なおも反駁しようとするシオンを、彼女は歯をのぞかせた人懐こそうな笑みでもって封じ込めた。
「やっぱり音楽じゃさ、いたみとか苦しみとかを楽にしてあげることってできないのかな? みんなで旅していろんな場所に行ったけど、同じところに二回行ったことってないよね。西へ西へって旅してるんだから当たり前っていうのはわかるよ。アリマちゃんみたいになかよくなれた子もいたけど、あっという間におわかれだもん」
自らの胸の内を振り返るように語るマグメルの言葉に、その場の誰もが黙って耳を傾けていた。
「さわぎおこして夜にげみたいな感じでとびだしたこともあったよね。みんなとにげるのはきらいじゃないよ。みんなとなら、にげるのも楽しい。でも……なんとか号の一代目が谷ぞこに落っこちていっちゃったときは悲しかったな」
そう言って「えへへ」と小さく笑うと、マグメルはインボルクを見据えて言葉を続けた。
「ね、インボルク。さっきさ、まいた種——って言ったよね。それならあたしも、種から芽が出てね、お花がさくとこを見てみたい。ほんとに楽しんでくれた? 好きになってくれた? あたしの——あたしたちシェアスールの音楽がみんなの中にちゃんとさいてるんだってところを見てみたいんだ。だからね、あたしはあたしの言ったことにせきにんをとりたい。アリマちゃんの歌いたいって気持ち、大事にしてあげたいなって。あと一回でいいの。あと一回、アリマちゃんとツェレンちゃんに歌を教えさせてほしい」
インボルクからエデンへと視線を移したマグメルは、身を乗り出すようにして言う。
「エデン、言ってくれた。あたしたちがぶじに旅をさいかいするとこまで見とどけてくれるって。言ってたよね、村のみんなためにできることをしたいって。あたしも今回はにげないことにする。だから——」
そこで言葉を切ってマグメルは一同を見回し、改めて自らの希望を口にした。
「——もう少しだけ、この村にのこりたいの」
しばしの沈黙ののち、最初に切り出したのはインボルクだった。
先ほどの取り乱した様子とは打って変わって落ち着いた口調で彼は言う。
「君の考えはわかった。だが残念ながらそれを決めるのは僕じゃない。なぜなら今日の僕は団長としての権限を明け渡しているのだから。決めるのは君だ、少年——いや、団長代理」
「じ、自分が……!?」
突然矛先を向けられて戸惑うエデンだったが、それでも心の中に不思議と冷静な部分を感じていた。
逃げるという選択をしたインボルクに対し、今の自身にできることがしたいと伝えたのは今朝のことだ。
彼もシオンもその意見を尊重してくれ、結果として婆様に事情を報告することができた。
しかし心の内ですべきことは終わっていないのではないかと考える部分もあった。
そんなわだかまりに、シオンが恐らく気付いていることもうすうす感づいている。
とはいえ自身が「結果を見届けるまでこの地にとどまりたい」と求めれば、迷惑を掛けるだけでなく、インボルクの言うように皆の身を危険にさらす結果にもなりかねない。
だからこそ、危険の接近を伝えることで自らの務めは果たしたと思い込もうとしていた。
逃げることに対し、納得はしているつもりだった。
だがもしもマグメルが自身の代わりに言ってくれなければ、出発間際の土壇場になって同じことを言い出していなかったとも言い切れない。
この道が——東へと向かう中で意図していた進路をそれる結果となったこと自体がローカの導きの一環だと考えるなら、彼女は自身に何を望んだだろう。
シオンに続いて自身とよく似た姿形を持つマグメルと出会わせ、彼女を道連れにして蹄人たちの暮らす村へいざなったとしたなら、ローカは何を見せようというのだろうか。
自身の決断とマグメルは言ってくれたが、それは違うように思えてならない。
ローカが見ろと言っている——そんな気がしてならない。
「……いったん決めたことを引っ込めることになるけど——自分もマグメルと同じ気持ちなのかもしれない。最後まで……自分の目で見ておきたいって——そう思う」
改めて自身の意を語り、エデンはマグメルに視線を移す。
彼女ははにかんだような笑みを浮かべると、小さなうなずきを返してくれた。
続けて恐る恐る見下ろすシオンは、曰く言い難い表情を浮かべている。
その顔に映すのはあきれでも焦りでも、ましてやいら立ちや怒りでもない、もっと別の感情であるようにエデンには見えていた。




