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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第三章  吟遊楽団(がくだん) 篇   第四節 「林檎亭事件」
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第二百五十二話  膝 詰 (ひざづめ) Ⅱ

「今日だってアリマちゃんとツェレンちゃんとおけいこするつもりだったのにさ、それもなしになっちゃったから」


「な——」


 卓に顎を突いて残念そうに続けるマグメルだったが、そんな言葉を受けてインボルクが再び卓を打つ。

 勢いよく立ち上がった彼は、マグメルに向かって語勢強く詰め寄った。


「——何を言っている! そんなことで君は我らがシェアスールの団員たちを危険にさらそうというのか!? わがままだわがままだとは思っていたが、そこまで聞き分けがないとは——」


「旦那!! だから落ち着いてくださいって言ってるでしょうに!!」


「——止めるなよ!!」


 さらに語気を荒らげる彼をいさめようと立ち上がるサムハインだったが、インボルクの振り払った手がその顔面を強かに打つ。

 サムハインは「んが」とうめき声を上げ、椅子から転がり落ちた。


「サ、サムハイン……!!」


 椅子を後方へ跳ね飛ばしながら、エデンは彼の元へと駆け寄る。

 一方で二人を見詰めるマグメルの表情には、何が何やらわからないといった困惑の色が浮かんでいる。

 シオンは椅子から腰を浮かしつつも、その場で状況をうかがっていた。


 不意に訪れた静寂の中、広間の奥から戸のきしむ音が聞こえる。

 振り返ったエデンが見たのは、自室の扉から半身をのぞかせて恐る恐る広間をうかがうアリマの姿だった。

 一同の視線を受けて、彼女は小さく身をすくませる。


「喧嘩……してるのかなって。それで心配になって——」


「そ、その……違うんだ、これは——」


 アリマは消え入りそうな声で言うが、エデンには彼女に対して掛けるべき言葉が見つからない。

 普段であればその軽口でもって場を和ませてくれるインボルクも、そこまで気を回す余裕などなさそうだ。

 それ以前に一同の中で周囲が見えないほどにいら立っているのは、他でもない彼だった。

 そんな状況の中、ルグナサートが静かに口を開く。


「よくあることですから、どうぞお気になさらず。言うなればそう、音楽性の違いによるちょっとした行き違い——みたいなものです」


「そ、そうなんだ。う……ん、わたしにはよくわからないけど——みんな、仲良くしてね」


 落ち着いた口ぶりで語るルグナサートに、アリマは小さくうなずいて理解を示す。

 表情からはいささか釈然としない様子が見て取れたが、彼女はそう言い残して自室に引っ込んだ。

 小さなきしみを上げて扉が閉ざされるところを見届けたエデンは、床に転がったままのサムハインを引き起こそうと手を伸ばす。

 倒れ込んだ彼は差し伸べられた手を丁重なしぐさで断ると、怯えたように見開いた目で見下ろすインボルクに向かって言った。


「旦那、だから落ち着いてくださいって。何度も言わせねえでくださいよ。痛ったいなあ、もう……」


 サムハインはインボルクを責める気などまるでない様子で、事故か何かに遭いでもしたかのように言って口元ににじんだ血を親指で拭う。


「ぼ、僕は——これは……」


 口達者なインボルクが言いよどむところを目にするのは、エデンにとって初めてのことだった。

 力をもって物事の解決を図ることを何より忌避する彼だ。

 たとえ過失とはいえ仲間に手を上げてしまったことに対して感じる呵責は重いに違いない。

 二の句が継げずにいる彼の後方にいつの間にか回り込み、その両肩を力強くつかんだのはベルテインだった。


「な、何をする! 急に君は——!」


「大丈夫だよ。いつもみたいにみんなで話し合って決めよう」


 突然のことにうろたえるインボルクなどお構いなしに言って、ベルテインは白く並びの良い歯を見せながら笑う。

 肩に置いた手でインボルクを半ば強引に椅子に腰掛けさせた彼は、次いでマグメルを見詰めて言った。


「だからお嬢も、もう一度話を聞かせて」


 続けてベルテインはエデンたちに向かって尋ねる。


「二人もそれでいいかい?」


「——うん、自分もマグメルの話を聞きたい」


 エデンはベルテインを見上げて答え、次いで傍らのシオンに視線を投げる。

 彼女は小さくうなずき返すと、ベルテインに対して自身の意を示すように首肯を送った。

 次いでエデンは、椅子の上で身体を縮こまらせているマグメルに向き直る。

 勇気付けるように微笑みかければ、彼女は自らも小さな笑みをもってエデンに応えた。


「——えっと、みんなと歌のおけいこがしたかったのはほんと。でも……それだけでのこりたいって言ったわけじゃないんだ」


 皆の視線の集まる中、マグメルは訥々と語り始めた。


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