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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第三章  吟遊楽団(がくだん) 篇   第四節 「林檎亭事件」
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第二百四十六話  変 調 (へんちょう)

 サムハインの案内を受け、エデンたちは昨日彼が筍を掘った際に異種の形跡を発見したという場所に向かって足を進めていた。

 森の間の道なき道をかき分けて歩く彼に続くのは、エデンとシオンにとって骨折りを強いられる行為だったが、サムハインは都度振り返っては足並みを調整してくれた。

 しかし村に脅威が迫っているという可能性を考えると、これ以上悠長に構えてもいられない。

 村人たちに事情を伝えるだけでなく、自身らも早急に村を離れる必要があるからだ。

 インボルクの提案通りに逃げる準備を進めていればよかったと後で後悔しないためにも、可及的速やかに事を運ばなければならない。

 それがこうして斥候に出るという判断を下した責任であり、剣士をかたった自身にできるたった一つの償いの手段だとエデンは考えていた。


 目下一番の懸念はシオンの身体の具合だった。

 二日間の休息を得たとはいえ、その状態が本調子であるとは言い難い。

 心身に大きな負担を掛ける力の行使を強いるのは非常に心苦しかったが、彼女は何も聞かずにエデンの意をくんでくれていた。


 村を出て一時間ほど山道を進んだ頃、目的の場所への到達を待たずしてシオンの様子が変調を来し始める

 エデンのみならず、山中を歩む全員が彼女のただならぬ様子を感じ取っているように見えた。

 結局サムハインの示した場所へたどり着く途上で、異種の存在を知覚した彼女はその場に座り込む形で意識を集中し始めた。

 気を散らさないためにか、もしくはその不思議な力の行使に対して配慮をしたためか、インボルクとサムハインの二人は彼女に背中を向ける。

 エデンもそっと目をそらす中、マグメルだけがただ一人シオンのことを凝然と見据え続けていた。


 視線の端で彼女の身体が揺らぐ様子を捉え、急ぎ駆け寄ったエデンはその肩を抱き留める。

 荒い息遣いのままに口を開いたシオンは、自らの聞き取った音の正体を告げる。

 異種が二匹——どちらもかなり大きな個体であり、付近を動き回っていると彼女は語った。


 力の行使により消耗したシオンはサムハインの背に負われての下山となった。

 往路では負われることをかたくなに固辞し続けていた彼女だったが、膝を突き無言で背を示すサムハインを前に、意地を張ることなく身体を預けた。

 一行の足が自然と速まるのは、決して下り坂だからという理由だけではない。

 一刻も早く異種の接近を村の人々に伝えなければならない、この村から遠ざからねばならない、そんな思いが皆の足を速めさせていた。



 村へ戻ったのは出発から二時間ほどが経った頃だった。

 エデンたちは汚れた衣服もそのままに林檎亭に駆け込むと、まずは宿の主人に対して端的に事情を伝える。

 自身が本当は剣士などではないこと、そしてこの村に異種が迫っていること。

 一聴しただけでは全くつながりを持たない二つの話題を併せて語る。

 手厚く持て成してくれた主人を偽っていたことを明かすのは心苦しかったが、今は自身の心情などよりも事実を告げるほうが優先される。

 非難を受ける覚悟を持って話を進め得るエデンだったが、黙して耳を傾ける主人は責めもとがめもしなかった。

 話しを聞き終えた主人は静かにうなずき、村の代表に会ってほしいと口にする。

 彼の言うその人物が先一昨日この村にたどり着いた際に出会った「婆様」と呼ばれていた老女であることを、エデンは暗黙のうちに察していた。


 婆様と面会するのにあまり大勢で押し掛けるのもどうかと、シオンは少人数での訪問を提案する。


「当然ですがエデンさんは外せません。それにインボルクさんもです。まいた種はご自身で刈り取ってください」


「うん……!」


「わかっているとも。なかなか物覚えがいいじゃないか」


 エデンはうなずいて同意し、インボルクも不承不承ながらも受け入れる。


「お二人に私を加え、三人で——」


「——待って待って! 待ってよ!!」


 シオンが言いかけたその時、声を上げて彼女の前に身を滑り込ませたのはマグメルだった。


「あたしも! あたしもいっしょに行く!!」


「マグメルさん……! この場は私たちに任せて貴女は宿で——」


「やだ! あたしも行くの!」


 何とか説き伏せようとするシオンだったが、マグメルは頑として聞き入れようとしない。

 諦めたように小さく嘆息すると、シオンは是非を問うような視線をインボルクに向かって投げた。


「どうしますか。団長としての貴方の見解をお聞かせください」


「この件は一切合切少年に任せてある。そうだな、差し詰め団長代理——と言ったところか。少年が決めてくれ」


 肩をすくめて素っ気なく言い放つ彼の返答を受け、シオンは今一度エデンに向き直った。


「——とのことです」


「う、うん……」


 シオンの問いを受けたエデンは自身を見上げるマグメル、見定めるような目を向けるインボルク、そして一人離れた場所で状況を見守るサムハインを順に見やり、もう一度マグメルを見詰めて言った。


「——マグメルも一緒に」


 エデンの下した決断に、シオンは無言の首肯をもって承諾を示す。


「やった!!」


「遊びじゃないぞ!」


 うれしげに声を上げてエデンに飛び付こうとするマグメルだったが、インボルクによって首根をつかまれてしまっていた。

 その様子を眺めるシオンの表情はどこか晴れない。

 恐らくだが、彼女はマグメルを連れていくことを快く思っていないのだろう。

 時として突拍子もない行動を取る彼女が、面会の場を荒らしてしまうことに危惧を抱いているのかもしれない。


「行くと決めたのならば手をこまねいている場合ではありません。私たちがこの地を離れる時間も必要です。早く出発しましょう」


 葛藤に折り合いを付けたのだろう、唇を引き結んだシオンは意を決したように言って宿の主人に案内を依頼した。

 その場に残るサムハイン、ベルテイン、ルグナサートに見送られる中、エデンたち四人は主人に同行してもらう形で林檎亭を後にする。

 振り返れば三人の隣には、不安げな顔をしたアリマの姿がある。

 簡単にではあったが、彼女にもおおよその事情は説明してある。

 異種が付近を徘徊していると聞いたアリマは絶句し、その身体を小刻みに震わせていた。

 宿の主人が言うには以前に異種が村近くに現れたのは十数年前——アリマがまだ幼い子供だった頃のことらしい。


「自分が異種を討つ」


 怯える彼女に対してそう伝えられたらどれほどよかっただろうと忸怩たる思いを噛み締めるエデンだったが、そのひと言を伝えられるだけの力を持たないことは痛いほどに自覚している。

 そんな自身にただ一つできるのが、シオンの力を通じて知った異種の接近を一刻も早く村の人々に知ってもらうことだ。

 今もって自身を旅の剣士と信じているであろうアリマのすがるような視線から逃げるように目をそらし、エデンは先を行く宿の主人の後を追った。


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