第二百四十五話 共 感 (きょうかん)
「さあ、あの男を呼んでくるんだ。現場まで案内させる。それからベルテインとルグナサートには、引き続き出発の準備を続けるように伝えてくれ」
「うん、わかった!」
インボルクは観念したかのように言うと、マグメルに向かって告げる。
その指示に短く答え、彼女は一目散に宿の中へと駆け込んでいった。
「私も弓を取ってきます。何もないとは言い切れません。何かあった場合、少しでも手は多い方がいいでしょう」
そう言い残し、シオンもマグメルの後に続いて宿の中へと消えていく。
その場に残されたエデンは、彼女らがサムハインを連れて戻ってくるのをインボルクと並んで待っていた。
近くまで異種が迫っていると知った以上は気が気でなく、焦っても仕方ないと自覚しつつもどうにもじっとしていられない。
そんな様子を見かねたのだろう、インボルクは横向きに首をかしげ、その枝角でエデンの頭部を打った。
「……いたっ——」
「この期に及んでじたばたしても始まらないぞ」
「う、うん。でも、本当にこれでよかったのかなって……」
「今更何を言っている、君の望んだことだろう? 己の判断に自信を持ちたまえ。自信と責任を背負って立つのが団長の務めさ。胸を張れ。肩を聳やかせ。君が迷えば、その意に従った少女が不安になる」
傍らのインボルクを見上げたのち、再び前方に視線を移したエデンは頭部をさすりながら呟くように言った。
「……大変なんだね、団長も」
「それだ」
答えてインボルクは満足そうにうなずいた。
ついでというわけではなかったが、二人が戻ってくる前にエデンは先ほどから一つ引っ掛かっていた部分を尋ねてみることにする。
「インボルクはシオンの言った耳がよくて——っていう話を信じてくれるの? その……証明するものとかもないのに」
「何を言い出すのかと思えばそんなことか。信じるも信じないもないだろう。少女本人がああ言っているのに、僕がそれを疑う必要がどこにあると言うんだ。嘘を騙るには、必ずそれ相応の場面がある。本当は一刻も早く君と一緒にこの場を離れたい少女が、あの場で根も葉もない虚言を弄する意味などない。嘘を騙ることがなりわいの僕が言うのだから間違いない」
「う、うん……そういうもの——なのかな」
得意満面に語るインボルクの言に多少の戸惑いを覚えなくもなかったが、それでも彼がシオンの言葉を信じてくれたことに変わりはない。
その顔を見上げて小さく首肯を送るエデンだったが、インボルクは全く別の問いを投げ掛けてくる。
「ところでだ。我らが団の小娘、少年をどこかに連れ出そうとしていたように見受けられたが?」
「——え? あ……それは——」
インボルクがなぜそんな話を切り出すのかはわからないが、尋ねられた以上は答えない理由はない。
「——マグメルが食べたいって言うから、それでケナモノを……」
「そんなことだろうと思ったよ。——そんなことだが……」
エデンの説明を受け、インボルクはくっくと喉を鳴らしておかしそうに笑う。
肘を支える形で腕を組み、片手で額を抑えるようにして笑っていたインボルクの表情が、にわかに真剣みを帯びるところをエデンは見て取った。
「……僕らはね、あれのそういう思いも寄らない行動に助けられてきたところも少なくない。僕もまあ幾分か我がままな自覚はあるが、あれも相当の気随者さ。
——まあ、不思議な娘だよ。氏も素性も違う僕ら四人をつなぎ止め、その自由で奔放な振る舞いをもって時になすべきことや行き先を示してくれる。これまでもそうさ、あれの言う通りに進んでうまくいかなかったことはない。本人は気付いていないだろうが、君を連れてケナモノを取りに行きたいと言ったことにもきっと何かしらの意味がある。もしかするとだ。僕らが何もしなくても、君とあれとで異種を見つけて、逃げ道か何かを示してくれていたかもしれないね。先ほどの少女の言葉じゃないが——」
「導く……?」
「察しがいいのは嫌いじゃないぞ」
エデンはインボルクに先んじてその言葉を口にする。
それを受けた彼は、唇の端をつり上げて意味ありげに笑ってみせた。
「人は誰しも自分だけの特別な力を持っている。僕も、サムハインも、ベルテインも、ルグナサートもだ。それは属する種の差でもあり、生まれ育った環境と生きた歴史が育ててくれたものでもあるんだ。僕らはあの娘や君たちのことをまだよく知らない。当然、君たちが種としてどんな力を持つのかもだ。あれが僕ら四人を取り持つ力を持つのなら、少女がどのような力を持っていても何も不思議ではないだろう。少女だけじゃないさ、そう——少年、君もだよ」
インボルクはそう言ったかと思うと、自身を見上げるエデンに対して正面を向けとばかりに顎をしゃくってみせる。
応えて林檎亭の入口の方向に視線を向けたエデンが見たのは、勢いよく開け放たれる扉と、サムハインの手を引いて現れるマグメルだった。
後方には弓具一式を手にしたシオンの姿もある。
「——早く早く!」
「だから、慌てなさんなって!」
駆け出したマグメルは、エデンに向かって頭から勢いよく飛び付いてくる。
その身体を受け止めながら、エデンはインボルクの語ってくれた自身の知らないマグメルの話を思い返す。
ローカが自身を導いてくれたように、シオンが自身を導こうとしてくれているように、マグメルもまた誰かの道標の役目を担っている。
彼女たちのような力を持たないどころか、剣を振るうこともおぼつかない、握る覚悟も決められないのが今の自分だ。
「お待たせ! 行こ!!」
「……う、うん」
見上げるマグメルにうなずきを返したエデンは小さく頭を振り、湧き上がる迷いを頭の片隅へと無理やり追いやった。




