第二百三十六話 諧 謔 (かいぎゃく)
「これは見つけものだ! こんな片田舎にこれほどの逸材が眠っているとは!」
歌い終えたアリマに対し、インボルクは大仰なしぐさで掌を打って賞賛の言葉を贈った。
「そ、そんなこと……」
「インボルクね、他は全部からっきしだけど、音楽についてだけはなんでも知ってるの! だからしんじていいんだよ!」
「……そうなの?」
マグメルはうつむくアリマの手を取り、元気付けるように言う。
恐る恐ると言った表情で顔を上げるアリマに対し、インボルクは力強いうなずきをもってマグメルの言を肯定してみせた。
「前半部分に多少異論がなくもないが、後半に関しては全くもってその跳ねっ返りの言う通りだ! 君の才能はこの僕が保証しよう!」
「才——能……」
「どうだい、看板娘! 君さえよければ僕たちと一緒に来ないか? 共に世界にシェアスールの音楽を知らしめる旅に出ようじゃないか!」
呟くアリマに歩み寄ると、インボルクは上向きにした掌を差し伸ばしながら言う。
その突然の提案に言葉を失ったアリマは大口を開けたまま彼のことを見詰め、続けて助けを求めるように傍らのマグメルを見下ろす。
そこでようやく事態に思考が追い付いたのだろう、全身の被毛を逆立たせたアリマは店中に響き渡るほどの大声を上げた。
「えええええええっー!?」
驚いたのはアリマ当人だけではない。
エデンとシオンはもちろんのこと、インボルクの放った言葉はルグナサートとベルテインにも少なからず動揺を与えた様子だった。
平然としているのは発言の主だけで、マグメルに至っては驚きを覚えつつも嬉々とした表情でアリマのことを見上げていた。
「アリマちゃん! インボルクもああ言ってるんだし、あたしたちといっしょに行こ!」
「わたしがあなたたちと一緒に……? この村を出て旅に……」
「うん、そう! 世界を見に行くの! 知らない場所や知らない人に会って、そこで演奏して、歌って、なかよくなって——それでまた旅立つんだよ! あたしたち、そうやってここまで来たの」
ぼうぜんと呟くアリマを見上げ、マグメルは満面の笑みを浮かべて言った。
「でも、わたし……みんなみたいに楽器なんて弾けないし——」
「必要ないさ。その声があれば他には何も要らない。それに楽器が弾きたいと言うならば、僕らが幾らでも教えてやろう。時間ならばこれから山ほどあるんだ」
「うんうん!!」
インボルクの言葉に、マグメルも繰り返しの首肯をもって同意を示す。
「看板娘よ、君ならばシェアスールの新たな歌姫として十分通用する。どうだろう、《《これ》》に代わってその歌声を僕らと未来の聴客のために使ってはくれまいか?」
マグメルの頭を雑になで回しながら、インボルクは困惑するアリマに対して再度誘い掛けるように言う。
押し込もうとするインボルクの掌を両手で持ち上げるようにしてはねのけると、マグメルも彼女に向かって笑顔で言葉を続けた。
「そうだよ! アリマちゃんならぜったいに人気出るよ! あたしたちと——」
そこまで言ったところで、マグメルははたと押し黙る。
「——ん? 代わって? これってどれ? もしかしてあたしのこと!?」
そこでようやくインボルクの意図に気付いたのか、マグメルは彼を見上げて食らい付かんばかりの勢いで言い立てる。
「何それ!? アリマちゃんがいたら、あたしなんていらないってこと?! ずっといっしょにやってきたのにー! ……なにそれ!? ひどーい!!」
「ふん、あいにくだがシェアスールは実力主義の方針を徹底しているんだ。才能があれば何者だろうと喜んで迎え入れ、用の済んだ者には去ってもらうと決めている」
「そんなの初めて聞いたんだけど!?」
「そりゃあそうさ、僕が今決めた」
「もー!! なんなのさ、それー!!」
インボルクとマグメルはいつものように鼻先を付き合わせての言い争いを始めてしまうが、普段であればいさめ役を務めてくれるサムハインは残念なことに席を外してしまっている。
「そ、その……二人とも——」
「お願い!! 喧嘩しないで!! ね、団長さんも! マグメルちゃんも!」
代わりに言い合いを止めようと進み出るエデンだったが、それよりも早く二人の間に割り入ったのはアリマだ。
彼女は両者の手を取って握り合わせながら、静かに自らの意を語った。
「わたしはやっぱりこの村を離れられないよ。お父さんの宿と——お母さんの樹を残して一人だけ出ていくなんてできないから」
「懸念があるのならば僕が力になるぞ。何なら父君にも僕の方から——」
両者を順に見やるアリマは、ひと目でそれとわかる作り笑顔を浮かべている。
彼女は口を開こうとするインボルクの手を握り、ゆっくりと左右に首を振った。
「ありがとう、団長さん。……お世辞でもうれしかったよ」
次いで彼女はマグメルの手を握り、謝罪の言葉を口にする。
「歌姫はマグメルちゃんじゃなきゃ駄目。一緒に行けなくてごめんね」
「でもアリマちゃん——」
マグメルが口を開きかけたそのとき、後方の扉が音を立てて勢いよく開け放たれた。
「いやー!! 見てくださいな、これ!! 立派なもんでしょ!? 」
上機嫌な声を上げながら宿の出入り口から現れたのはサムハインだった。
両手に根菜のようなものを手にした彼は、肩で扉を押し開けて広間へと足を踏み入れる。
「筍でさあ!! 裏の山で掘ってきたんですけどね!! こんだけ新鮮なら灰汁抜きの必要もありませんやね! 薄くそいで刺身に——」
身体中を土塗れにした彼は、ぼろぼろと土と泥をこぼしながらエデンたちの元に歩み寄る。
ふと足を止めたサムハインは広間に集まった一同を見渡し、ほうけたような調子で呟いた。
「——おや、何かお取り込み中で……?」




