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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第三章  吟遊楽団(がくだん) 篇   第三節 「旅人は憩いて調べを奏で」
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第二百二十四話  一 献 (いっこん)

 ベルテインが運んでくれた荷物の中から自分とシオンの分を引き継ぐと、エデンはアリマの案内に従って二階に続く階段へと足を進める。

 ちょうど踊り場に差し掛かった辺りで階下に見下ろしたのは、荷物を放り出して広間の卓を囲み始める団員たちだった。


「ごめんなさい。お食事の用意にはもうちょっとかかるんだ。できるだけ早くしてってお父さんに伝えておくね。——あ、料理はお父さんの担当なの」


 掌を擦り合わせて申し訳なさそうに告げるアリマだったが、インボルクら四人は意に介した様子もなく顔を見合わせる。

 にんまりと口角を上げた笑みを浮かべてうなずき交わした四人は、一斉に彼女のほうを振り向くと、事前に打ち合わせでもしたかのように口をそろえて言った。


「まずは酒!!!!」


 マグメルは半眼に閉じた目で四人を見下ろし、あきれ交じりのため息をつく。


「いいよいいよ、ほっといて行こ」


「……う、うん」


 急かすように背を押す彼女に促され、エデンとシオンは二階へと向かう。

 ぐいぐいと押されながら階下を見下ろせば、四人の団員たちはいそいそと酒杯に酒を注ぐアリマを期待に満ちたまなざしで見詰めていた。


 アリマは好きな部屋を選んでいいと言ってくれたが、特に部屋割りにこだわりがある訳ではない。

 いつかのマグメルの弁ではないが、落ち着けて身を預けられる寝台があればそれだけで言うことなしだ。

 シオンと話し合って、階段を上ってすぐの位置にある二人部屋を当面の居室に定めることにした。


「あたしもエデンたちとおんなじ部屋がいい!! そっちにする!!」


 言うが早いか室内にするりと身を滑り込ませ、荷物を放り出して戸口側の寝台の上に勢いよく飛び乗ったのはマグメルだ。


「あたしとシオンはいっしょにねるからいいでしょ!」


 シオンの都合も聞かず勝手に話を進めたかと思うと、彼女は突然何かを思いついたかのように掌を打った。


「そだ!! ごはんまだってアリマちゃん言ってたでしょ!? たんけんしようよ!!」


 飛び跳ねるようにして寝台の上に立ち上がり、さも名案とばかりに得意げな顔で言う。


「……う、うん。そうだね」


 婆様の一存によって滞在を許されはしたものの、自らが歓迎されざる異客であることを忘れてはならない。

 アリマは久方ぶりらしい宿泊客の迎え入れを喜んでくれているが、集落の住人たちが皆彼女と同じように受け入れてくれるとも限らないのだ。

 滞在中はあまり人目に付かないよう過ごすほうが賢明かもしれないが、確かに集落の中を見て回りたい気持ちもなくはない。


「シオンはどう? 少しぐらいならいいかなって自分は思うんだけど」


 壁に沿って並んだ寝台の足下に二人分の荷物を置きながら、戸口に立つシオンに向かって尋ねる。


「シオン……?」


 じっと宙をにらんでいた彼女は、再度の呼び掛けをもって我を取り戻す。


「は、はい——? な、何か仰いましたか?」


「うん。マグメルがね、少し外に出てみないかって」


 依然としてどこか上の空の彼女に改めて尋ねると、わずかな間を置いて答えが返ってくる。


「私はここに残ります。今のうちにまとめておきたいこともありますし、弓具の手入れもしておきたいので。私に構わずどうぞお二人で行ってきてください。無理な相談ですが、くれぐれも目立たないように」


「……わ、わかったよ。気を付けるね」


 当然シオンも一緒に行くものだとばかり考えていたからか、答えに若干の戸惑いが交じる。


「ね、エデン!! 早く行こ!!」


「……うん」


 常ならば打てば響くのシオンが見せた放心に対しても気掛かりを覚えるエデンだったが、マグメルはそんなこと知ったことかとばかりに声を上げる。


「はい、これも持って持って!! 大事なやつなんでしょ!!」


 言って彼女が押し付けてきたのは、先ほど寝台の足下に置いたばかりの剣だった。


「そんじゃ行ってくるね!!」


「……す、すぐに戻るよ!」


 マグメルに手を引かれ、小さく手を振って見送るシオンを尻目に捉えながら部屋を後にする。

一階の広間にあったのは、酒の提供を受けて上機嫌に談笑する団員たちの姿だ。


「たんけんしてくる!!」


 嬉々として言うマグメルを、酒杯を片手に握ったインボルクがちらりと一瞥する。


「道に迷っても知らないぞ。帰りが遅いようなら先に出発してしまうからな」


「まよわないってば! またそうやってばかにして!!」


「さて、どうだか」


 そんなやり取りを聞き留めたのだろうか、厨房から顔をのぞかせたのは調理道具を手にしたアリマだった。


「あんまり遅くならないでね! お食事ができるまでそんなに時間ないよ!!」


「うん、すぐに戻るよ」


「お願いね、剣士さま!!」


 唇の端に指を引っ掛けて不服さを表すマグメルに代わって答えを返す。

 厨房内に戻るアリマの隣を見れば、先ほど彼女が父と呼んだ蹄人の男の姿があった。

 言葉を交わしつつ手際よく作業を進める二人の前には、アリマの言う通り完成を待つ料理の皿が幾つも用意されている。

 探検は手短に済ませ、食事の卓に着く備えをしたほうがいいだろう。


「行こう——」


 マグメルに声を掛けて戸口へと足を進めかけた直後、身に覚えたのは強い衝撃だ。


「うわっ……!!」

「きゃあ——!!」


 聞こえた小さな叫びから、駆け込んできた何者かと出合い頭にぶつかってしまったであろうことがわかる。

 手を突く間もなく転倒したエデンが尻もちの体勢で見上げたのは、アリマと同じく蹄人の少女だった。


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