第二百二十四話 一 献 (いっこん)
アリマの勧めに従って二階へと足を進める中、エデンは踊り場から階下を見下ろした。
インボルクをはじめとするシェアスールの団員たちはその場から動くそぶりを見せず、抱えた荷物を放り出してさも当然のように広間の卓に着き始めている。
それは一階に部屋を用意してもらう約束のベルテインだけでなく、インボルクらも同じだった。
「あのね、お食事の用意にはもうちょっとかかるんだけど……」
アリマが申し訳なさそうに告げると、四人の団員たちは顔を見合わせ笑顔でうなずき交わす。
いたずらっぽい笑みを浮かべた四人は一斉に彼女の方を振り向き、口をそろえて言った。
「まずは酒!!」
「……いいよいいよ、ほっといて行こ」
あきれたような目つきで四人を眺めて言うと、マグメルは階段を上るエデンとシオンの背中を押す。
酒杯に酒を注ぐアリマを期待に満ちたまなざしで見詰める四人を広間に残し、エデンたちはいったん二階へと向かうことにした。
エデンとシオンが階段を上ってすぐの位置にある二人部屋を居室に定める様子を目にしたマグメルは、何かを思い付いたように声を上げた。
「あたしもエデンたちと同じ部屋がいい! そっちにする!!」
言うやマグメルはエデンとシオンの間を擦り抜け、室内に飛び込んでしまう。
荷物を投げ出した彼女は戸口に近いほうの寝台の上に勢いよく飛び乗ると、シオンの都合も聞かず一方的に宣言した。
「あたしとシオンはいっしょにねるからいいでしょ!」
シオンの返事を待つことなく、マグメルは勢いよく手を打って続ける。
「そうだ!! ごはんまでまだ時間があるってアリマちゃん言ってたでしょ!? 村の中、たんけんしようよ!!」
飛び跳ねるようにして寝台の上に立ち上がった彼女は、名案とばかりに得意げな顔で言った。
「う、うん。そう——だね」
先ほどの一件もあって何となく気乗りしない部分もあったが、彼女の言う通り村の中を見てみたい気持ちもなくはない。
戸口から見て右手側の壁に沿って並ぶ二つの寝台のうち、奥側の一台の足下に荷物を置きながらエデンはシオンに向かって尋ねた。
「シオン、行ってみない?」
「え——」
彼女はどこか上の空で呟いたのち、再度エデンの意を問う。
「——な、何か、仰いましたか?」
「うん、マグメルが村の中を見に行かないかって」
エデンが改めて尋ねると、シオンはわずかな間を置いて答える。
「私は——ここに残ります。今のうちにまとめておきたいこともありますし、弓具の手入れもしておきたいので。どうぞ私に構わずお二人で行ってきてください」
「……うん、わかった」
彼女も当然一緒に行くものだとばかり考えていたため、エデンはその返答に若干面食らう。
マグメルはといえばそんなシオンの言葉やエデンの戸惑いなど知ったことかとばかりに、寝台を飛び下りながら声を上げた。
「シオンもああ言ってるんだから! ね、エデン! 行こ行こ!!」
そのまま強引に手を取って部屋の戸口までエデンを引き立てたのち、マグメルはエデンが背嚢とともに寝台の足下に残した剣を拾い上げる。
「はい! ——これも持って持って!」
手にしたそれを無理矢理エデンに押し付けると、彼女はシオンに向かって告げた。
「じゃ、行ってくるね!」
マグメルに促されるようにして部屋を後にする際、エデンが横目に捉えたのは何か考えごとをしているのか、寝台の脇で固まったように立つシオンの後ろ姿だった。
階段を下りて一階に向かうと、広間には食事よりも先に酒の提供を受けて上機嫌に談笑する団員たちの姿があった。
「村の中、たんけんしてくる!!」
宿の戸口に向かって歩きながら嬉々として言うマグメルに、からかうような口調で答えたのはインボルクだ。
「道に迷って帰ってこられなくなっても僕は知らないぞ、迎えにいってもやらないからな!」
「まよわないってば!」
マグメルはそう言い返し、唇の端に指を引っ掛けて不服さを表情で表した。
そんなやり取りを聞いていたのだろう、アリマが厨房から顔をのぞかせる。
「あんまり遅くならないでね! お食事できるまでそんなに時間ないよ!!」
「うん、すぐに戻るよ」
「お願いね!」
エデンが答えると、衣服の上に前掛けを巻いたアリマは再び作業に戻る。
厨房内にはアリマに加えて先ほど彼女が父と呼んだ宿の主人と思われる蹄人の男の姿があり、二人は言葉を交し合いつつ手際よく作業を進めていた。
「行こう——」
そうマグメルに声を掛けて戸口の方向を振り向こうとした瞬間、エデンは広間へと勢いよく駆け込んできた何者かと出合い頭にぶつかってしまう。
「うわっ……!!」
「きゃあ!!」
エデンは手を突く間もなく転倒したが、ぶつかった相手はその場に立ち尽くし、当惑の表情を浮かべてエデンを見下ろしていた。




