第二百二十一話 休 止 (きゅうし)
「なんで入れてくれないの!? いいじゃん、いじわる言わないでさ!!」
「悪いけどそれが決まりなんだ。すまないね」
意地になって声を張り上げるマグメルだったが、その前方に立ちふさがるように並んだ男たちの反応は変わらない。
男のうちの一人が申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にすると、彼に続く形で他の男たちも次々と頭を下げた。
皆一様に口調や物腰は丁寧であるものの、彼女の再考を求める声を受け入れてくれるようなそぶりは一切見せなかった。
「用件が済めばすぐに立ち去ります。できる限り貴方がたに迷惑をお掛けしないように努めると約束もします。それでも立ち入りをお許しいただけないのでしょうか?」
「それがこの村の決まりだからね。何度も同じ返答で恐れ入るが、どうか諦めてくれるとこちらも助かる」
シオンの言葉に男たちは顔を見合わせて困惑の表情を浮かべたが、先ほどの人物が口にしたのはすげない拒絶の言葉だった。
昼にしばしの休憩を取ったのち、エデンたちは目的の集落に向かって歩き出した。
数時間を休むことなく歩き続け、日暮れ前には先生の地図に記されたその場所にたどり着くことができたのだった。
山間にあって土地を平坦にならして築かれたであろう集落は、外周をため池で囲まれ、山道から続く出入口には煉瓦造りの門が設けられていた。
門の脇に箱車を止めて集落の中へと立ち入ろうとしていたところ、数人の男たちが急ぎ足で現れる。
道をふさぐように立ちはだかった彼らは、エデンたち一行の村への立ち入りを禁止する意を表す。
あくまで穏やかな口ぶりではあったが、そのうちに断固として譲らぬ強い意志のようなものが感じられた。
「ど、どうしても駄目なのかな……?」
「めいわくかけないって言ってるじゃん! ちょっとぐらい入れてくれたっていいでしょ!?」
エデンの恐る恐るの懇願にも、男たちは無言で頭を振って否定を示す。
ずいずいと肩を怒らせながら無理やり正面突破を試みるマグメルに対しても、男たちは身体を盾にしてその行く手を阻んだ。
マグメルは「もー!!」と腹立たしげな叫び声を上げて踵を返すと、激しくじだんだを踏んでいた。
エデンは彼女の手を引いていったん彼らの元から引き戻し、救いを求めるようにシオンに視線を向ける。
「どうしようか……?」
「取り付く島もないとはこのことですね」
彼女は顎先に指を添え、眉間に皺を寄せた険しい表情で呟くように言った。
男たちは門の前に立ちはだかり、進路を断ちでもするように並んでエデンたちを見据えている。
エデンは彼らから視線をそらすようにして後方を振り返ると、口出しすることなく状況を静観している楽団の面々を見やった。
どこか冷めた様子の四人の中でも、村の男たちを見据えるインボルクの目つきはひときわ冷淡で、ぞっとするほどに表情を欠いているように見受けられた。
そんな様を目の当たりにし、エデンはある考えに思い至る。
あるいはインボルクたちは、こうなることを予見していたのかもしれない。
集落への立ち入りを拒否されることを見越して西に進路を取ろうとしていたなら、この選択は完全に間違いであり、インボルクの主張こそ正しいということになる。
エデンの視線に気付いたインボルクは、嘲笑にも似た笑みを浮かべて肩をすくめてみせた。
「こうなっては致し方ありません」
小声で呟くように言って懐に手を差し入れたシオンは、財布を手にして再び男たちの前へ進み出る。
「こちらも旅の身です。あまり多くは差し上げられませんが、これでどうか便宜を図ってはいただけないでしょうか」
財布から男たちの数と同じ枚数の銀貨を取り出した彼女は、掌の上に乗せたそれを正面を切って差し出す。
彼女の想定外の行動にあっけに取られたのはエデンだけではなかった。
終始硬くも対外的な表情を崩さなかった男たちの顔にもにわかに動揺が浮かぶ。
あまりの堂々たる振る舞いに、彼らも差し出されたそれが袖の下であると気付くまでに少しばかりの時間を要したようだった。
「そういうつもりで言っているんじゃない。しまってくれないか」
先ほどから何度も立ち入りを拒否する言葉を口にしていた代表らしき男の顔に険しさが帯びる。
彼は差し出されたシオンの掌を、手の甲で払うようにして押し返した。
決して力任せに払いのけたわけではないことはエデンにもわかったが、体格差のある男に押された彼女の身体が後方にぐらりと傾く。
その掌から人数分の銀貨を取り落としながら、シオンはその場に尻もちをついてしまった。
「……シオン!! ——だ、大丈夫!?」
「何するのさ!!」
エデンは名を呼んで腰を突いた彼女の元へ駆け寄り、手を取ってその身体を引き起こす。
マグメルは男たちの元に走り寄ると、その顔をにらみ付けるように見上げて声を荒らげた。
「私は大丈夫です……!」
エデンの手を取って立ち上がり、憤るマグメルを片手で制すようにしてシオンは言う。
次いで男たちに向き直った彼女は、深く頭を下げて自らの仕出かした間違いをわびた。
「申し訳ありませんでした。失礼をおわびします」
「……いや、こっちこそ悪かったよ」
彼女の謝罪に応えて男もまた頭を下げる。
周囲に居心地の悪い空気が漂い、双方が相手の出方をうかがうような沈黙が訪れる。
エデンが今一度村への立ち入りを願おうとした矢先、突如として男たちの後方からしわがれた声が聞こえてきた。




