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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第三章  吟遊楽団(がくだん) 篇   第二節 「我らの夕べ」
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第二百十四話   不 協 (ふきょう) Ⅱ

「山奥の集落に好き好んで住んでいるような者たちが、僕らの高尚な芸術を解する心を持っているなんて到底思えない! このまま街道を進んで先へ向かう! それが団長たる僕の決断だ!!」

 

 手を大きく払うしぐさとともに放たれたインボルクの不機嫌な声が、辺りに響き渡る。

 それまでの余裕のある態度を投げ捨て、必死ささえ感じられる口ぶりで言い張る彼に待ったをかける団員はいない。

 今までであれば即座にその無茶な言い分をたしなめていたサムハインですらも、視線をそらすようにして黙り込んでしまっていた。

 しかしそんな中でも、シオンだけは物怖じすることなく正面から向き合う。


「何も演奏を披露しに行けと言っているわけではありません。修理のために立ち寄るだけです。それに申し上げにくいのですが——」


 彼女はそこで一度言葉を切り、インボルクの顔を見据えて言い切った。


「——これは貴方がたの問題です。私たちには私たちの旅の目的があります。食事をごちそうしていただいた上に素晴らしい演奏まで聞かせていただいたことには感謝していますが、私たちが力になれるのはここまでです。貴方がたがどちらへ進もうとも私は止めはしません」


 決然として言い放つシオンに、インボルクもわずかに怯んだ様子を見せる。

 しかしすぐに持ち直したと思うと、彼は再び声を張って言った。


「そうだ、そうだとも! 君たちから受けた恩は一宿一飯をもって返してある! これで君たちと僕らは対等の立場ということだ! 君たちの言に従う義務も義理もない! それとも何かな、おせっかいにもまだ僕らの世話を焼こうとでもいうつもりかい!?」


「ちょっと旦那……! そんな言い方せんでもいいでしょうに——」


「君は黙っていろと言っている! こういうことははっきりしておかなくてはならないんだ!!」


 それまで黙っていたサムハインも慌てた様子で声を上げるが、インボルクは彼の言葉など気に留めようともしない。

 サムハインに向かって声を荒らげた彼は、次いでエデンに対して追及するような口ぶりで詰め寄った。


「少年!! 少女はこう言っているが、君はどう考える!? 黙っていないで何とか言ったらどうなんだ!!」


「じ、自分は——」


 インボルクの激しい剣幕に気おされつつも、エデンは懸命に自身を奮い立たせる。

 噛み締めるように呟いたのち、その場の全員の顔を順番に見やりながら言った。


「——や、やっぱり君たちがどうするのかが気になるよ。できるところまで……無事に旅を再開するところまで見届けたいって思う。それがこうやって会えた、その……縁——だと思うから」


 それはエデンの偽らざる本心だった。

 たとえ旅の途中で行き合っただけの関係とはいえ、シオンの言うように食事の時間を共にし、演奏を聞かせてくれた彼らにエデンは少なからず興味や好意にも似た感情を抱き始めていた。

 それに何より、自分たちとよく似た姿をした少女——マグメルと十分に言葉を交わさないまま別れることが忍びなかった。


「——は……?」


 答えを聞いたインボルクは放心したように呟き、他の団員たちもあっけに取られた顔でエデンを見詰めている。

 シオンは小さなため息を一つついたのち、あきれ気味に呟きを漏らした。


「こうなるだろうと思っていました……」


「いいじゃんいいじゃん! シオンの言う通りにしよ? その近くの集落まで行こうよ!!」


 それまで興味なさげに座り込んでいたマグメルは勢いよく立ち上がると、エデンとインボルクの間に割り入った。


「西に行っても直せないんだったら意味ないじゃん! だったら決まり! その集落でぱぱっと直しちゃってさ、それであらためて出発!! ——エデンたちもついてきてくれるみたいだし!!」


 言ってエデンの顔を見上げ、マグメルはその顔に満面の笑顔を浮かべてみせる。

 だが彼女の言葉を受けてなお、インボルクは納得いかなそうに顔をしかめている。

 煮え切らない彼の顔を目にしたマグメルは、同意を求めるようなまなざしを他の団員たちに送った。


「おれは——どっちでも……」


「もー、はっきりしない! ルグナサートはどうなの!?」


「お嬢には申し訳ないのですが、私は団長の決定に従うだけです」


 ベルテインは言葉を詰まらせ、サムハインに至っては彼女から顔を背けるように視線を反らしてしまっている。

 名を呼ばれた黒い羽毛の嘴人も、心苦しそうに答えるだけだった。


「んー、もう!! みんな、なんなのー!! 行くったら行くの!!」


「だから行かないと言ってるだろう! 聞き分けのない娘だな、君は!!」


 マグメルはいら立ったように声を上げ、インボルクに向かって今にもつかみ掛らんばかりの勢いで言う。

 インボルクもインボルクで、むきになって彼女の言葉を突き返す。

 そんな彼の顔をマグメルは爪先立って見上げ、鼻先が触れ合わんばかりの距離まで詰め寄った。


「だからつかれたの!! たくさん歩いてつかれたから休みたいって言ってるの!! なんとか号の中でねむるのも、宿場町のきたない宿屋もいや!! ひさしぶりにちゃんとした所でねたいし、お風呂も入りたい!! そうなの、お風呂入りたいのー!!」


「き……君は急に何を言って——」


「つかれたって言ってるでしょ、もう一歩も歩けないんだから!! 歩けないったら歩けないー!!」


 せきを切ったように突然不平不満を並べ立て始めるマグメルに、インボルクも言葉を失ってしまっている。

 マグメルはあぜんとする彼をよそに、左右の手をを振り乱して声を上げ続けた。


「なあ、お嬢。幾ら近いって言ってもですよ、こいつを牽いていくんなら二、三日はかかりまさあ。あんまりわがまま言って困らせねえでくださいよ」


 そう言ってたしなめるサムハインを見詰め返し、マグメルは唇を尖らせてふてくされたようにこぼす。


「……三日なら歩けるかも」


「何ですか、そりゃ……」


 彼女の呟きを受けて諦めたように肩をすくめると、サムハインは一人不機嫌そうに背を向けるインボルクの肩に手を添えて言う。


「……ねえ、旦那。行って二、三日、車直してもう二、三日ってとこだ。めったなこともねえって。ここは腹くくりましょうや」


 四人の男たちの間に気まずい沈黙が流れるが、やがてインボルクは観念したかのように深々とため息をつく。

 そして天を見上げた彼は、半ば自棄気味に叫んだのだった。


「ああ、もう!! 好きにしたまえ、どこへなりとも行くがいいさ!! 僕は知らないからな!!」


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