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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第三章  吟遊楽団(がくだん) 篇   第二節 「我らの夕べ」
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第二百十三話   不 協 (ふきょう) Ⅰ

「これじゃあ先へ進めないじゃないか! 誰かどうにかしたまえ!!」


「……ほら、結局こうなるんでしょうが」


 インボルクはいら立ちを隠そうともせず、しびれを切らしたかのように皆に向かって言い放つ。

 そんな彼を横目に眺めながら、肩を落としたサムハインはため息とともに呟いていた。


 螺子ねじ式の扛重機こうじゅうきによって持ち上げられた箱車の後部に集まった一行は、工具を手に油塗れになって修理を試みるベルテインを見守っていた。

 彼は空中に浮いた車輪を手で押し、空転させてみせる。

 車輪が縦横に大きくぶれながら回る様子を確認すると、ベルテインは申し訳なさそうに肩を落として謝罪の言葉を口にした。


「ごめん、やっぱりだめだ」


「——こいつは軸受けの部分がいっちまってるって感じだな」


「……うん」


 車輪の奥をのぞき込みながらサムハインが言うと、ベルテインは大きな身体を縮こまらせて答えた。


「そうだ! 君だ!」


「わ——私ですか……!?」


 インボルクは突然思い立ったように声を上げると、一同の後方から状況を眺めていたシオンに向かって指先を突き付ける。

 突然指を差されて動揺する彼女に対し、インボルクは一方的にまくし立てるように言う。


「こんなときはどうすればいい! 何か知恵を授けてはくれないだろうか? 昨夜のようにこの事態を打開する一手を示してくれ! 少女よ、君にならばできるだろう!」


「ちょっとちょっと旦那、無茶言いなさんなって! 姉さんだって機械仕掛けの神さんなんかじゃねえんですから、なんでもかんでもそっくり解決ってわけにもいかないでしょうや!!」


「うるさいな、君には聞いていないぞ! 僕は少女に尋ねているんだ!」


 戸惑うシオンを差し置いて言い立てるインボルクをサムハインがたしなめる。

 だがインボルクは彼の言葉に耳を貸すことなく、もう一度シオンに向き合ってその答えを待った。


「申し訳ありませんがそちらの分野は専門外で——頭をひねってみましたが、私ではお力になれそうにありません」


「そうか、そうか! ならば別の手を考えるとしよう!」


 インボルクは答える彼女に対してさらりと応じ、尾を引くことなく言い切ってその場に座り込んだ。

 男たちは角と頭を突き合わせてああでもないこうでもないと協議をし、一つの結論を導き出す。

 それはそこそこの規模であれば鍛冶屋もあるだろうとの判断の下に、最寄りの宿場町まで箱車を押して運んでいくという選択だった。

 無理やりにでも鍛冶屋まで運んでいけば、鉄製の軸受けを修理することができるに違いないと、彼らはその場で地図を広げて現在地から最も近い宿場を探し始めた。

 聞くと団員たちは西方に向かって旅を続けているらしく、大街道に行き当たったのちは、エデンとシオンの進んできた道をさかのぼる形で西に進路を取る予定なのだという。


 現在一行のいる場所から数時間も歩けば大街道に出られることを、エデンは身をもって知っていた。

 しかし東西どちらに進んでも、次の宿場町までには相当の距離があることも併せて知っている。

 歩きでも二日以上はかかるであろう道のりを、足回りの悪い箱車と一緒に進めば二日では済まないかもしれない。

 地図に視線を落としていた彼らもそのことに気付いたらしく、視線を交し合って落胆していた。

 そのとき、自身は自身で先生から贈られた地図を広げていたシオンが口を開く。


「少々よろしいでしょうか。——こちらをご覧ください」


 両膝を突いて団員たちの輪に加わったシオンは、彼らの広げた地図の上に自身の手にしていたそれを重ねて置く。


「——ここです」


 言って彼女は地図上の一点を指し示した。

 シオンの広げた地図をのぞき込み、団員たちもその指の示す先に視線を向ける。

 エデンも彼らの身体の隙間から地図をのぞき見たが、確かに何やら記されてはいるものの、書かれた内容までは読み取れなかった。

 それまで興味なさげに一人辺りを歩き回っていたマグメルも、何ごとかと輪をこじ開けるようにして地図をのぞき込んでくる。


「ここに何があるの?」


 皆を代表するようにエデンが尋ねると、シオンは地図上の一点を丸くなぞりながら答えた。


「ここに集落があると書かれています。直ちに事態を打開する解決策を提示することはできませんが、こちらの集落に向かうのがこの場の最適解ではないかと私は考えます」


 彼女の指し示した場所は、確かに現在地からそれほど遠くない。

 街道から多少外れた位置にあるものの、近隣のどの宿場町よりも近いようにエデンにも思える。

 今もその場所に集落が存在するのであれば、確かに宿場町へ向かうよりもそちらに向かった方が良策であるような気がした。


「一つ問題があるとすればですが——」


 シオンはそう口にしてベルテインを見上げる。


「——件の集落ですが比較的山間に位置しています。それほど遠くない場所ですが、道のりはそれなりに険しいものとなるでしょう。——どうですか、行けますか?」


「おれは……大丈夫だと思う。けど——」


 尋ねるシオンを見下ろして口ごもりつつ答えたベルテインは、続いて助けを求めるような視線をインボルクに向ける。

 エデンも含めた全員の注目を集める中、インボルクは腹立ちをあらわにして声を張り上げた。


「僕は嫌だぞ!! そんなところに行くなんて御免だね!!」


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