第二百十一話 嚠 喨 (りゅうりょう) Ⅱ
ゆったりとした曲調の一曲目と大きく異なり、軽快な速度で奏でられる二曲目は明るくにぎやかで、聞く者の心を躍らせるような雰囲気に満ちていた。
小気味良い律動と目まぐるしく回転する旋律は、舞踊の心得のないエデンですら踊り出したくなるほどだった。
枝角の男インボルクが手風琴の音色をもって扇ぎ立てると、残りの四人も負けじと力強い演奏を披露する。
両面太鼓のベルテインが規則的に繰り返される拍節の中に即興で変化を付ければ、激しく弓を動かすサムハインと弦をかき鳴らすルグナサートは互いに競い合うように音を重ねていく。
錻笛を吹くマグメルも、洗練された指使いで音色に取り取りの装飾を加えていた。
五人は時に声を合わせて「はっ」と合いの手を入れ、時に独奏を挟んで演奏を続け、最高潮に盛り上がったところで一斉に演奏を終える。
血の湧き立つような興奮の冷めやらぬ状態のまま、エデンとシオンの二人は見事な音楽を披露してくれた団員たちに拍手を送った。
満足そうな笑みをたたえたインボルクは自らも肩を上下させつつ、激しい演奏を終えて息をはずませる団員たちを順に見やる。
「さて、名残惜しいが今夜は次で終曲。最後まで楽しんでくれたなら幸いだ」
エデンとシオンに流し目を使って言うと、彼は手にした六角錐からこれまた見慣れぬ形状の楽器へと持ち換える。
空気の詰まった袋と足踏み式の鞴に似た器具、そこに幾本かの管と穴の空いた縦笛を思わせる筒状の部位を組み合わせた楽器を手にしたインボルクは、引き寄せた木箱に足を組んで腰掛ける。
おそらくは風笛と呼ぶのであろう楽器の鞴に似た部位を脇に挟み込むと、彼は四人に先行して静かに演奏を始めた。
鞴部分から送られる空気によって音を鳴らす風笛は、単独で深みのある和音を響かせる。
そこに他の四人の奏でる音が加わり、曲は極めて静謐な雰囲気をたたえて進行していく。
幻想的な旋律に魅了された一曲目とも、軽快な律動に心躍らされた二曲目とも異なる繊細な曲調に、エデンは我を忘れて聴き入っていた。
心地よいがどこか物悲しく、深い情感をたたえた旋律は、故郷を持たぬ身であっても懐かしさを覚える。
来し方と別れた人たちのことが無性に恋しく思える気持ちを郷愁と呼ぶのであれば、五人によって奏でられる曲によって喚起された感情こそがそれなのだろうと思えるほどだった。
二曲目までは演奏技術を誇示するかのごとく主旋律を譲ろうとしなかったインボルクだが、三曲目に入ってからは他の団員たちの音を引き立てる役回りに徹していた。
代わって曲の中心的な役割を担うのは、インボルクと同様に楽器を持ち換えた嘴人のルグナサートだった。
翼で抱え込むようにして奏でる楽器が竪琴の名で呼ばれることを知っているのは、自由市場で幾度か目にしていたからだ。
ルグナサートは三角形の枠の中に張られた十数の弦を、全ての指を余すことなく使って爪弾く。
前の二曲では皆の演奏を支える裏方的な役回りだった彼の音が、一気に表舞台へと躍り出る。
きらびやかで澄んだ響きに心を奪われたエデンは、頬に温かいものが伝っていることにすら気付かなかった。
続けて三曲を披露してくれた団員たちに対し、立ち上がったエデンは心からの拍手を送る。
シオンも時折背を向けて袖口で涙を拭っては、懸命に手を打って五人の演奏を称えていた。
団員たちはエデンらの拍手に応えるように深々と頭を下げると、互いの演奏を労い合うように無言で拳を打ち合わせる。
四人と抱擁を交わし合ったのち、エデンの元に勢いよく駆け寄り、頭から飛び付いてきたのはマグメルだった。
「どうだった? ねえねえ、どうだった!?」
「——うん、よかった! み、みんなすごく上手でおどろいたよ!」
「へへへ」
もっと状況に即した賛辞もあったろうに、口を突いて出たのは稚拙極まりない感想だった。
だが率直な誉め言葉と受け取ってくれたのか、マグメルは心底うれしそうに頬をほころばせる。
彼女はエデンの首に組み付いたまま、期待に満ちたまなざしをシオンへと向けた。
「はい、とても。音楽には不案内なのですが、心の底から揺り動かされるような感動を覚えました。無粋な言葉で表現しようとすれば消えてしまうかもしれませんので、今しばらくは胸の内にとどめておきたいと思います」
彼女にしては珍しい、ひと言ひと言探るような口調で感想を述べる。
「僕たちの音楽を理解できるとは、君たちなかなか見込みがあるぞ! そうだ、言葉で説明し得るものなど真の芸術にあらず!」
楽器を置いて歩み寄るのは自ら団長と名乗った枝角の男インボルクだ。
「うん、自分も音楽のことはよくわからないけど、胸がいっぱいっていうのはシオンと同じかな。ごちそうしてもらったからっていうのもあるかもしれないけど、お腹も心もいっぱいにしてもらえた気がする」
「そうだろう、そうだろうとも! とてもいい感想だ! 芸術の優劣など空腹の前では些末事に過ぎないものさ。——腹を満たし、心をも満たす。少年、なかなか詩人じゃないか!」
興奮気味に感激を伝えるエデンに対し、腕を組んだインボルクはいたく満足げに繰り返しうなずいていた。
「楽しんでもらえたんなら何より。作り手弾き手冥利に尽きるってもんでさ。それはそれとして——」
料理頭でもある牙の男サムハインはそう言って喜ばしげに微笑み掛けたと思うと、積み上げてあった鍋や食器にちらりと視線を投げる。
「——さっさと飯の片付け済ませちまいましょうや!! なあ、団長殿!!」
「無粋な男だな! 君には余韻というものがないのか!? もう少し演奏後の余韻に浸らせてくれてもいいだろう!」
「その余韻さまとやらがそっくり後片付けしてくださるってんならね、こっちだっていつまででも浸ってますって。そのよく回る舌動かす暇があるってんならね、手のほうを働かせてくださいって言ってるんですよ!!」
「ああ、わかったとも! 片付けでもなんでも僕に任せろ! 洗いか、濯ぎか、拭きか? さあ、どいつからやっつけてやろうか!」
颯爽と肩掛けを翻したインボルクは、ひとり先に作業に取り掛かっていたサムハインの元へと歩み寄った。
その後は楽器を木箱にしまい終えたベルテインとルグナサートも加わり、七人全員で協力して食後の片付けを進めていく。
全てに片が付く頃には、時刻はすでに明け方に差し掛かっていた。




