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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第三章  吟遊楽団(がくだん) 篇   第二節 「我らの夕べ」
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第二百九話    正 装 (せいそう)

 最後の麺麭ひとかけで椀を拭い取るようにして食べ終えたのち、エデンは改めて感謝の言葉を口にする。

 主体となって料理を作ってくれた牙の男に向かって再度称賛を贈り、この場に招いてくれた皆に向かって頭を下げて謝意を示した。

 シオンも同じく手を合わせて感謝を表すと、牙の男に対して「ぜひ作り方を教えてください」と言い足していた。


 「なんの、お粗末さまで——」


「そうだろうそうだろう! この男の料理の腕を買って料理頭に任命したのは何を隠そうこの僕なのだからな!」


 まんざらでもなさそうに頭をかく牙の男を押しのけて口を開くのは枝角の男だ。


「煎じ詰めれば、君たちが今日の粗餐にあり付くことができたのも全ては僕のおかげといういうことだ! 僕らに出会えた幸運を喜びたまえよ!」


 得意げに腕を組み、さも自らの手柄であるかのように言い放つ。

 牙の男は慣れたもので、「あんたが言いなさんなって」と独り言ちるように言って調理道具の片付けを始めていた。


「ほんと何言ってんの! 助けてもらったのはあたしたちじゃん! お礼を言うのはこっち!」


 詭弁めいた理屈を開陳する枝角の男に指を突き付けながらマグメルが言う。

 料理頭と呼ばれた牙の男も片付けの手を止めると、彼女の言葉に続ける形で口を開く。


「そいつが礼になるかどうかは知りやしませんけど、これから一席()つつもりなんでしょう? あんまりもたもたしてるとお日さんが昇ってきちまいますぜ」


「そうだとも! 話が早いじゃないか!」


 指を打ち鳴らして勢いよく立ち上がる枝角の男だったが、わずかな間を置いて自らの身体を見下ろす。

 上半身から左右の腕、続けて下半身に視線を巡らせると、今になって気付きでもしたかのように声を上げた。


「なんだ、裸じゃないか! これじゃ格好の付けようもないぞ!」


 彼を含む男四人はそろって下ばきのみの半裸姿、マグメルに至っては布一枚引っ掛けただけの素裸という状態だ。


「もう乾いていますよ」


 ひとり憤る枝角の男に向かって、嘴人が何かを放り投げる。


「仕事が早いのも嫌いじゃない!」


 枝角の男は空中で手繰るように受け取った布、彼の衣服であろうそれを意気揚々と身に着け始めた。


 男たちの衣服は非常に特徴的で、同じ意匠の格子柄の一枚布をひだを作りながら直接身体に巻き付けるという形式のものだった。

 おのおのこだわりがあるらしく、着用の仕方も三者三様だ。


 最初に着付けを終えたのは、上半身は深い被毛に覆われた裸身をさらす形で腰のみに布を巻いた巨躯の男だ。

 大ぶりな金の首飾りが大きな身体に映える。


 次いで着付けを終えたのは牙の男だった。

 腰に巻いた布を帯で結び、片側の肩に掛けた余りを金の留め具で固定する。

 仕上げとばかりに、はすにかぶるのは鍔無しの帽子だ。


 枝角の男はというと、襯衣しんいの上にさらに袖無しの胴衣を身に着け、首回りには襞の付いた胸飾りを誇らしげに締める。

 肩掛け代わりに左肩に留めた布は、どこか気取りのようなものを感じさせる彼にふさわしい出で立ちだった。


 嘴人はマグメルの手を借りて、一枚布を全身を包む長衣のように身にまとう。

 エデンとシオンも乾いた衣服を身に着ける中、嘴人の気付けを終えたマグメルが焦った様子で声を上げた。


「あっ!! 待って待って!!」


 ひとり裸のままだった彼女も、慌てて物干しに引っ掛けた衣服に手を伸ばす。

 下ばきの上に肩紐付きの半袴はんこを穿き、臍があらわになるほど丈の短い筒状の胴衣を身に着ける。

 袖無しの上着を重ねて身に着けたマグメルの姿は、最後に男たちとそろいの赤、茶、黒の三色の格子布を腰に巻き付けた。


「お待たせ!」


 跳ねるような足取りでマグメルが向かったのは巨躯の男の元だ。

 ひと足先に着付けを終えていた彼は、荷車から食材や調理道具の収められていたそれとは一風異なる幾つかの木箱を運び出していた。


「あれって……」


 五人は木箱の蓋を開くと、めいめい何かを取り出し始める。

 箱の中から姿を現した道具の名は知らなかったが、なんのために用いられるものであるかは見た瞬間にわかった。


「楽器、ですね」


 引き継ぐようにシオンが言う。

 自由市場にもそれらを専門に取り扱う店があり、路上には祝儀を得るために腕前を披露する者たちもいた。

 取り取りの音を出すための道具である楽器と、それを使って音楽を奏でる楽士たち。

 荷運びの仕事の途中、楽士たちの奏でる演奏に足を止めたこともあった。

 ローカと並んで路上に腰を下ろし、歌声に耳を傾けたこともあった。


 楽器を手に取った五人は、互いに音を出し合って音色を確かめ合う。

 音を整え終えたのだろうか、エデンらの正面へとやって来たのは見慣れぬ六角形の楽器を手にした枝角の男だ。

 ちょうど火を挟んだ向こう側に立った彼は、芝居掛かった大仰なしぐさで一礼した。


「少年に少女よ。君たちに出会っていなければ僕らは雨の中、泥濘と屈辱にまみれ続けていたことだろう。窮地を救ってもらった恩には相応の礼をもって報いたいのもやまやまなのだが、あいにく僕らの持ち合わせなどたかが知れている。そこで君たちには、端金などよりもはるかに価値のあるものを贈るとしよう!」


 胸を張って意気揚々と言う枝角の男を中心にして、残りの四人が等間隔を置いて弓形に並ぶ。


「我ら、吟遊楽団ぎんゆうがくだんシェアスール! いまだ世に知られぬ身なれど、いずれ世界中の誰もが賛美とともに口にする名だ! 確と胸に刻んでおきたまえ!!」


「詰まることろ、今は無名ってことでさ」


「そこ、うるさいぞ!」


 高らかに歌い上げる枝角の男に、手にした小さな弓状のものを突き付けつつ牙の男が水を差す。

 枝角の男は「ふん」と不満げに鼻を鳴らしたが、すぐに気を取り直したかのようにエデンらに向き直った。


「百聞は一見に如かず——いや、この場合は百見は一聞にとでも言うべきかな」


 殊更誇らしげな表情を浮かべた彼は、おのおの異なる楽器を手にした四人に視線を巡らせる。


「——さあ、始めようじゃないか」


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