第十九話 銀 色 (ぎんいろ) Ⅱ
「どうしたんだよ、お前。なんかいいことでもあったか?」
「……わ、わかるの!?」
アシュヴァルは開口一番に言って、いかにも不思議そうな表情を浮かべてみせる。
「んなの見りゃわかるよ。お前にゃ隠し事なんて器用なまねできねえんだって」
その口にする指摘に、先ほどのイニワの言葉を思い出す。
自身を指して、言葉と行動にうそがないと彼は言った。
ならばアシュヴァルもそれと同じことを言っているのだろうか。
何もうそをつこうとしたわけではなかった。
うれしいと感じる気持ちを、もう少し自身の胸の内で温めておきたい。
そんな気持ちから少しだけ伝えるのを遅らせようと思ったのだが、喜びが表情に漏れ出てしまっていたのかもしれない。
指先で頬を押さえて口角の具合を確認したのち、観念した少年は手の中で握り締めていたそれを見せつけるように突き出した。
「ねえ、アシュヴァル。——これ、見て」
「ん?」
眉間に皺を寄せていぶかしげに指先を注視したかと思うと、彼は不意に目を見開く。
「お前、これ……」
「——うん。今日の日当だって」
得意げに突き出してみはしたものの、徐々に気恥ずかしさが込み上げてくる。
初めて手にした銀貨ではあったが、それでも一日の日当としては他の抗夫たちの半分ほどの額だ。
銀貨をつまんだ指を慌てて引っ込めようとするが、アシュヴァルはその手ごと両の掌で握り込んで声を上げた。
「やったじゃねえかよ! こりゃでっけえ一歩だぜ、なあ!!」
「……うん、本当にうれしいんだ」
まるで自分のことのように喜んでくれるアシュヴァルを前にし、心の内に再び喜びが湧き上がってくるのを感じる。
アシュヴァルに紹介してもらって鉱山で働くことになった初日の日当が銅貨で一枚、イニワはそこに気まぐれだともう一枚を加えてくれた。
だがそれは労働に対する対価ではなく、逃げなかったことに対する彼からの恩情のようなものだった。
そのイニワがこの銀貨一枚を指して、仕事に対する正当な評価だと言ってくれた。
二月の努力が認められたこと、自身の労働が誰かの役に立っていること、そして何よりアシュヴァルが祝福してくれることに、少年は無上の喜びを禁じ得ない。
「あっ……」
「ん? どうした?」
思い立ったかのように漏らすと、アシュヴァルは心配そうに顔をのぞき込む。
働き始めて二月間、毎日の日当の半分を生活費として彼に手渡している。
偶数枚のときは正確に半分、奇数枚のときは数日に分けて帳尻を合わせる形でちょうど半分になるように。
働き始めた当初は日当の全額を渡そうとしたのだが、その提案はアシュヴァルによって退けられる。
いつか必要になるからと、彼はかたくなに半分しか受け取ろうとしなかった。
明日も同じように銀貨をもらえるとは限らないが、今日の銀貨一枚は特別な一枚だ。
かなうならば、この一枚はアシュヴァルに受け取ってほしい。
「これは半分じゃなくて、その——丸々受け取ってほしくて……」
「……莫迦野郎、驚かせるんじゃねえって」
拍子抜けしたようにため息をつくと、アシュヴァルは拳で少年の肩を軽く打った。
「じゃあよ、こういうのはどうだ? 今日はお前のおごりってことで」
「おごり——じ、自分が……? う、うん! 任せて!」
いたずらっぽい笑みを浮かべて目配せをするアシュヴァルを見上げ、少年は誇らかに胸を張ってみせた。
町へ向かうため、少年とアシュヴァルはいつものように連れ立って山を下りる。
山道には二人以外にも仕事上がりの抗夫たちの姿が多くあった。
一日の仕事を終えた彼らの開放感と達成感に満ちた表情の意味が、今なら少しだけわかる。
握り締めたただ一枚の銀色が、鉱山の一員としての自身を肯定してくれているような気がすると言ったら大げさだろうか。
「お疲れ」
後方からの声に振り返って見たのは、風廻しの代表である嘴人のベシュクノだった。
「あ……う、うん! お疲れさま——!」
「たまにはこっちにも顔出してくれよ」
あいさつを返すと、ベシュクノは大きな翼で少年の肩に触れる。
そして両翼を勢いよく羽ばたかせた彼は、他の風廻したちと共にあっという間に飛び去っていった。
◆