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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第二章  自由市場(じゆういちば) 篇   第六節 「道は別れても」
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第百八十四話  青 色 (あおいろ) Ⅰ

「そんなわけでラヘル、非常に心苦しいんだが、今はあんたの作るものをまとめて買い上げることはできない。できないんだが、ひとつ提案させてくれ。この中でもとりわけ出来の良い品、幾つか見繕って俺に預けてみないか? 売れたら代金は後払い、もちろん手数料は頂戴するが悪い話じゃないだろ?」


「でもマフタ、さっき売り物にはならないって……」


「ああ、言ったよ。言ったけど、それはこのままじゃって話さ」


 半ば一方的に言い放ったと思えば、マフタは言うが早いか商品の物色を開始してしまう。

 戸惑うラヘルに代わって尋ねるが、彼は壁に掛かっている紐細工に手を伸ばしながら素っ気なく答えるだけだった。


「おい」


「はーい!!」


 嘴をしゃくっての合図に、ホカホカは翼を脇に差し入れるようにしてマフタを抱え上げる。

 マフタは壁掛けを検分する手を止めることなく、後方のエデンの呈した疑問に対する答えを語り始めた。


「作り手に労力を強いるだけ強いて、売り手の俺たちが何もしないってわけにもいかないだろ。作り手が無心で物作りに励むことができる環境を作るのも、売り手の大事な役目さ。成り行き任せの運任せ、当座しのぎの間に合わせ、なんてやり方を商いなんて呼んだら、商売の神様に見向きもされなくなっちまう。流行はやりの品を仕入れて右から左に、左から右に、廃れたらまた新たな品を血眼で探してってな具合に売れるものだけ売って満足してるならそれは三流の仕事だよ。そんな奴は商人じゃない。……そうだな、せいぜい店番がいいところだ。本物の商人ってのは品物を売るんじゃない。新しい価値を創り出すのが一流の仕事さ」


 検分を終えたのか、ホカホカの腕の中から擦り抜けるようにして飛び下りたマフタは、照れくさそうに嘴の付け根を翼でさすりながら言う。


「——なんてな。あれだ、俺たちも一流を目指して修行中の身だ。商売人なら名を捨てて実を取れ、形のないものを信じるなって言われるかもしれないけど、俺らだって俺らなりに大事にしてるものもある。結果が伴ってない以上あんまり偉そうなことは言えた立場じゃないが、ラヘルの作るこいつらが大勢に欲しいって思われるような品になるよう売場を育てていくからさ。いくらか時間はもらうけど、言った以上必ず約束は果たすよ。それに——」


 エデンの足元まで歩み寄り、翼の背を使って軽く脛を打つ。


「——こいつらが人気の品になって、世界中のありとあらゆる所で見掛けるようになったら、いつかどこかでローカの目に触れるかもしれない。……そしたらさ、戻ってきてやろうかなって思うかもしれないだろ。こっちも同じ、俺らは俺らなりのやり方であの子を捜すよ」


「マフタ……」


 今一度膝を追って正面から向き合うと、面映ゆそうに頬をかく彼の小柄な身体を抱き寄せた。


「ありがとう、ありがとう……」


「だから言っただろ、力になるって」


 あらがう気配を見せないマフタを嘴を避けて抱き締めながら、先ほどからすんすんと鼻を鳴らして涙ぐむホカホカを見上げる。

 感謝を込めたまなざしと声の伴わない「ありがとう」の言葉に、ホカホカもまた無言のうなずきをもってこたえてくれた。

 ややあってエデンの腕から解き放されたマフタは乱れた羽並みを整えたのち、小さなせき払いをして仕切り直すように言う。


「それはそうとだ。品物を預かるのに手付けのひとつもないようじゃ、商売人としての沽券に関わるってもんだよな」


 腹に含みのある笑みを浮かべたかと思うと、マフタは矯めた目でもってホカホカを見上げる。


「あれ」


「はいー、これー!!」


 マフタからの合図を待って、ホカホカは衣嚢の中から意気揚々と何かを取り出してみせる。

 そして両の翼で丁重に捧げ持ったそれを、彼は一同に向かってこれ見よがしに示してみせた。


「そ、それって……」「まあ——」


 まったく同時に吃驚の声を漏らすエデンとラヘルの後ろで、それ以上の動揺を見せたのはラバンだった。

 無理からぬ話だと思えるのは、ホカホカの手にする品が元は彼の持ち物だと知っているからだ。

 それは数日前にラバンが手放したはずの、青色の粉末を収めた硝子の小瓶だった。


「どういうことだ」


「どうもこうも手付けとして置いていくって言ってるだけなんだが?」


 語気強く尋ねるラバンに対し、マフタはしらじらしい態度で応じる。


「そうじゃない。それは俺がお前に売ったものだ。それも相場以上の額でだ」


「ああ、そうだな。あんたが売って、俺が買った。だからここにある」


「だからそんなことじゃないと言っている。問答なら他でやってくれ。どんな顔をして受け取れというのか」


「別にあんたに笑顔なんて求めちゃいないよ。さらっと受け取ってもらえればそれでいいさ」


 業を煮やしたように詰め寄るラバンを、マフタは軽く受け流す。

 どこか面白がるようなそぶりさえうかがえ、見ているエデンはどうにも気が気ではない。


「すまないが施しのつもりならば御免被る。俺も俺に成し得る役務を財として提供する身である以上、労働の正当な対価以外は受け取るつもりはない」


「あんたのことだから、そう言うだろうと思ったよ」


 一貫して主張を曲げないラバンを前に、マフタは観念したように首をすくめてみせた。


「二人は知り合いだったの……?」


「別に知り合いってわけじゃないさ」


 両者を交互に見やりながら尋ねるエデンに対し、マフタはあくまで淡々と答える。

 続けて横目でラバンを見上げた彼は、当てこするような口ぶりで続けた。


「このラバンがさ——名前を知ったのはだいぶ後だったけど、まあそれはいいか。とにかくこいつが市場でそれを売ろうとしてるとこに偶然居合わせちまったんだよ。安く買いたたかれそうになりやがって、見てられないったらありゃしなかったぜ。……それで俺が出しゃばるようなまねまでしてさ、無理やり買い取らせてもらったってわけだ」


「そ、それってもしかして……」


「そうだよ、あの日だよっ!!」


 とてもよそ事とは思えない二人の出会いに、エデンは驚きを禁じ得ない。

 ほうけたように口を開けて絶句していると、マフタは突如として勢い込むように声を張り上げた。


「物の良しあしのわからない大莫迦野郎がだまくらかされる現場にだ、一日に二度も三度も立ち会うなんて思ってもみなかったよ!! まったくこれだから見る目のない奴らは嫌いなんだ!! あー!! どうしてくれるんだよ!? 思い出したらまた腹が立ってきたんだが!?」


 喋るうち徐々に過熱していくマフタは、小さな総身に激しい憤りをみなぎらせていた。


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