第百八十話 共 鳴 (きょうめい)
「大人の知らないところで前触れなく成長するものなのですね、子供たちというものは。気付いたときには遠くに行ってしまって、いつの間にやら私のほうが背中を追っている。そんな日も遠からず、ですね」
五人の後ろ姿を見送る先生の表情には、普段通りの穏やかさに加えて、少なくない物寂しさの色が入り交じる。
「……うん。自分もそう思う」
先生の見解に深く納得できるのは、出会って間もないムシカの成長を間近で見ることができたからだ。
仲間のために異種に立ち向かい、自らの過ちを認めて謝罪し、満たされない環境の中にあっても夢を捨てずにいる。
偶然目に留まったのがムシカだっただけで、きっと五人が五人とも自分の歩幅で歩み続けているに違いない。
「ええ、あの子たちもですが——」
同意を示すエデンに笑顔を返すと、先生は首をひねって自らの背に目を転じる。
「——もともと賢く優しい子でしたが、この子が誰かの助けになりたいと懸命になる姿を見たのは初めてです。子供の成長とはうれしいやら、少し寂しいやら……いやはや複雑なものですね」
目を細めて呟く先生と、背に負われた少女、両者の間に視線を行き来させていたところ、エデンはシオンがわずかに身をよじる様を目に留める。
じれたように「んん」とひと言こぼしたかと思うと、閉じられていたまぶたをうっすらと開ける。
置かれた状況を測りかねているのだろう、シオンは先生の背からエデンを含む周囲の様子をしばし眺め続けた。
「おっ……!! おろしてくださいっ——!!」
今の今まで昏倒したように眠り続けていたとは思えない大声を上げると、彼女は先生の背で激しく身を振るわせる。
「お、落ち着きなさい!! ……こらこら、シオン!! 危ないですよっ!!」
「もう子供じゃないんですからっ……!! こ、こんなの——」
なんとかして興奮を鎮めようとする先生だが、シオンは一切聞く耳を持とうとしない。
「——きゃっ!!」
「——ひゃあ!!」
一層じたばたと身を暴れされた結果、彼女は先生の背から転げ落ち、二人共にひっくり返るように倒れ込んでしまった。
「……おはようございます。お早いお目覚めですね」
たたき付けるような乱暴な手つきで乱れた裾を整えたシオンは、エデンに向けて突き刺すような鋭い視線を投げる。
「う、うん……! シオンとみんなのおかげだよ。ありがとう。それから、その、ローカを捜してくれたことも……」
「礼には及びません」
答えて感謝を告げるエデンから視線をそらすと、彼女は考え込みでもするかのように押し黙る。
数瞬の間を置いて顔を上げたシオンは、意を決したように今一度口を開いた。
「ローカさんを見つけることができませんでした。全ては私の力不足の招いた結果です。お役に立てず申し訳ございませんでした」
「シ、シオンが謝ることなんてひとつもないよ……!」
帰宅する先生の姿を見たときからわかっていたことではあったが、実際に結果を耳にしてしまうと、あらがうことのできない虚脱感が身体中を駆け巡る。
表に出してはならないと必死にこらえて応じるも、声と表情は抱く思いを虚飾なく告白してしまっていた。
落胆の程を察したのだろう、シオンは自責と悔恨の色を多分に含んだ調子で再度謝罪の言葉を口にする。
「本当にごめんなさい」
二人が昨日今日と両日にわたってローカの捜索に当たってくれていたことを聞きもすれば、シオンが気を失うほど力を行使したであろうことは先ほどまでの疲弊ぶりからも明らかだ。
それを知りながら取った己の態度が、ひどく浅はかで、想像力に欠け、結果として彼女を責める意を持ってしまったことを深く恥じ入る。
「ち、違う……!! じ、自分のほうが——」
「独り合点しないでください。貴方のためだけにしたことではなないのですから」
取り乱すエデンを横目に答えると、シオンは問うような視線を先生に投げ掛ける。
後押しするかのような首肯を受けた彼女は、直前までのどこかとげのある言行とは打って変わった、物柔らかな温容をたたえて続ける。
「エデンさん、聞いてください」
そう前置きを据えたのちにシオンの口から告げられたのは、推量の形を取りながらも強い断定の意が込められたひと言だった。
「おそらくですがローカさんはもうこの町にはいません」
「え……? そ、それってまさか……」
想像し得る最悪の状況を思い描く。
もしもローカが異種の犠牲になったのだとしたら、彼女の言葉通りすでにこの町にいないということになる。
同じ結果に思い至ったのだろう、背後でラヘルとラバンが息をのむのが気配から察せられた。
だが、つと立ち止まって考えてみれば、シオンの浮かべる表情はそんな悲報を口にするには少しばかり不似合いだ。
いくばくかの期待を込めて見詰めるエデンに、彼女は努めて落ち着いた調子で告げる。
「はい。ローカさんは生きています。すでにこの近くにはいませんが、どこかで生きています。私にはそれがわかります」
きっぱりと言い切ってみせるが、続く言葉はどこか歯切れ悪く聞こえる。
「学問を志そうという者がこのような非論理的な言葉を口にするのもためらわれますが……」
シオンは重ねた両手を胸に添え、一言一句を噛み締めるように呟いた。
「……感じるんです。あの子のことを」




