第百五十八話 紐 帯 (ちゅうたい)
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足下で跳ねる小石に、エデンは反射的に足を止める。
「何しに来たんだよ」
獣人の少年はとがめるような強いまなざしをたたえたまま、手にしたもうひとつの小石を頭上高く放り投げる。
落ちてきたそれを荒々しい手つきでつかみ取った彼は、あえて聞こえるようにだろう「ちっ」といら立たしげな舌打ちをしてみせる。
小柄だがムシカよりもわずかに背の高い少年を前にしたエデンの指先は、気付かないうちに頬へと伸びていた。
シオンに案内されて向かった先、準市民区側の河辺にムシカの姿はあった。
一緒にごみを物色しているのは、いつか路地裏で遭遇した四人の子供たちだ。
エデンら三人の接近に気付いた四人の子供たちは、ムシカを背にかばうようにして寄り集まっていた。
道すがらシオンから聞いていたのは、ムシカたちが獣人の中でも「鼡人」と呼ばれる種であるということだった。
丸みを帯びた耳と尖った鼻先に細く長い尾、そして同じ獣人でもひときわ小さな身体を持つ鼡人たちは、大陸中のあらゆる場所と環境に適応した種らしい。
身動きが素早く、手先も器用で頭の切れる者も多いが、小柄な体格と切り替えの早い性質から他種に虐げられることもしばしばなのだという。
故に鼡人は同種間の連帯感が極めて強い種であることも、併せて教えてもらっていた。
「——おい、シオン!! なんでそんな奴ら連れてくるんだよ! やっぱり同じだからか!? 結局なんだかんだ耳触りのいいこと言って、お前も俺たちのこと莫迦にしてたんだろ!?」
「そんなつもりはありません!! 私はただ——」
「ただなんだってんだ!? じゃあ今すぐそいつらのこと追い返せよ!! あっち側の奴らの味方すんのか!?」
反論の隙を与えず、まくし立てるように少年は言う。
剣幕に押されて押し黙る彼女だったが、肩を引き寄せるようにしていきり立つ少年を押しとどめたのはムシカ当人だった。
「……もういいよ、マルト。先生とシオンは何も悪くないだろ。それに……シオンの連れてきたその二人はもっと悪くない」
マルトと呼んだ少年の脇をすり抜けるようにして前に出ると、ムシカは後方を振り返って四人の子供たちに向き直る。
「おれのためにごめん。……ありがとう」
四人に向かって告げ、今にも泣き出しそうな表情を浮かべたもう一人の少年を見据える。
「バダル、そんな顔するなよ。みんなのこと頼んだぞ」
「う……うん、でもムシカ——」
「ほら、みんな連れて行けって」
バダルと呼ばれた少年は気弱げに目を泳がせるが、ムシカは促すように言って軽く肩を小突く。
次にムシカが声を掛けたのは、少年たちと同じく鼡人であろう二人の少女だ。
「サフリ、プリンのこと頼んだぞ。——プリンも姉ちゃんの言うことちゃんと聞くんだぞ」
姉妹なのだろう、よく似た姿をした二人の姉らしき少女に向かって告げると、彼女は小さくうなずいて妹の肩を抱く。
妹は不思議そうに姉を見上げたのち、その腕の中からムシカを見上げてこくりと首を縦に振った。
「……こいつがこう言ってんだから、行くぞ」
ひときわ大きな舌打ちとともに言い捨てたのはマルトで、彼は残りの三人を追い立てるようにして歩き出す。
未練を残しながらも去っていく四人の後ろ姿を息を殺して見詰めていたエデンは、ふと姉妹の妹であろう少女が引き返してくるところを目に留める。
小走りで駆け寄ってきた彼女は、まじろぐことなくシオンの顔を見上げて口を開いた。
「ムシカのことつれていっちゃうの? おとうさんみたいに……?」
「そ、そんなつもりでは——」
「連れていかないよ。話がしたいんだ」
言葉を濁すシオンに代わり、エデンは少女の問いに答える。
「それから昨日はありがとう」
続けて伝えるのは感謝の言葉だ。
昨日、先生とシオンの暮らす石造りの家まで案内してくれたのが、目の前の少女だったからだ。
プリンといっただろうか、少女は小さくうなずいて三人の元へ戻っていく。
去っていく四人の背を見送ったムシカは「ふ」と気の抜けたようなため息をついたのち、改めて口を開いた。
「それで、話ってなんだよ。お説教なら聞き飽きてるからさ、手短に済ませてくれよ」
「そういうのじゃないかな」
「はあ? ……じゃあなんだってんだよ。あれか、やっぱり役人に突き出そうってんだろ。……もう逃げないから好きにしてくれよ」
「それも違う。理由が聞きたいんだ。どうしてホカホカの——彼の大切なものを取ったりしたのかって」
諦め交じりに吐き捨てるムシカに対し、かねてより気に掛かっていた疑問を投げ掛ける。
よほど予想外だったのだろうか、エデンの問いを受けたムシカは凍り付いたかのように固まってしまった。




