第百五十一話 差 縺 (さしもつれ) Ⅰ
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大河に架かる橋を中ほどまで進んだところで、対岸に見知った人物の姿を見て取る。
同時に橋のたもとに所在なく座り込んでいた二人の人影も、橋を駆け渡ってくるエデンに気付いた様子だった。
「お、お前っ!!」
「エデンー!!」
小さく丸まってしゃがみ込んでいた二人の嘴人——マフタとホカホカは、飛び跳ねるように立ち上がってエデンを迎える。
「二人とも……ま、待っててくれたの!?」
「当たり前だろ!! 泡食って出ていきやがって!! 早まるなって念押ししておいたのに、その思い立ったら即断即決——みたいなところ、どうにかならないのかよ!!」
「マフタねー、ずっと心配してたんだよー。エデンに何かあったら自分の責任だってー。……無事でよかったー。うんー、よかったねー」
「マフタ、ホカホカ……ごめん、ありがとう」
左右の翼を組んでふてくされたように言うマフタと深々と安堵のため息をつくホカホカに対し、頭を下げて素直に謝意を示す。
「——まあいいけどさ……で——?」
「で……?」
小ぶりな翼を組んだまま、マフタは横目遣いでうかがうように見上げる。
意図をつかめず問い返すエデンに、彼は業を煮やしたように大声を上げた。
「で、じゃない!! だから会えたのかって話!! その大先生さまとやらに!!」
「あ!! う、うん……会えた! マフタのおかげで会えたよ!」
取り乱しつつ答え、つい先刻までの出来事をかいつまんで語る。
うわさの人物に会うことはできたが、求めていた医者ではなかったこと。
先生と共に暮らす、自身やローカとよく似た少女のこと。
事のあらましを一通り聞いた二人は、顔を見合わせ自らのことのように驚きをあらわにする。
最後に一人先走ってしまったこと、待たせてしまったことを再度わび、二人に別れを告げた。
「俺のほうでも探してみるよ、医者」
マフタが残した去り際のひと言は、エデンにとって非常に心強いものだった。
二人と別れたのち、先ほどよりも一層急ぎ足になって帰途を歩む。
「ただいま」と小声で帰宅を告げ、恐る恐る家の中に足を踏み入れたところ、足音を立てて駆け寄ってくるのはいつになく慌てた様子のローカだ。
襟元にしがみ付いた彼女は、助けを求めるようなまなざしをもって見上げてくる。
「ローカ、どうしたの……!?」
異変を察して口を開くと同時に、衣服の袖が強く引かれる。
促すように歩き出すローカに連れられて寝室に駆け込んだエデンが最初に見たのは、寝台の傍らで身動ぎもせず佇立するラバンの背中だった。
視線の先にあるのは当然寝台の上のラヘルであり、身を起こした彼女もまたラバンのことを凝然と見上げている。
その目に浮かぶ大粒の涙を認めたときには、反射的に寝台に駆け寄っていた。
「ラヘル!! 大丈夫!? 何が、何があったの!?」
枕元に膝を突き、ラヘルに向かって問い掛ける。
彼女は問いに答えることなく黙って左右に首を振ると、引き寄せた布団の角で涙を拭い続けた。
「……ラバンっ!!」
声を殺して泣いている当人の口から答えが得られないと知るや、寝台の脇に立つラバンを見上げて名を呼ぶ。
だが、彼もまた言葉を返してはくれず、口を真一文字に結んだまま寝台のラヘルを見下ろしていた。
「……二人とも、どうしたの? 何か言ってよ、ラヘルも……ラバンも——!!」
悄然と肩を落としつつ、二人の間に視線を行き来させる。
ラヘルは視線から逃れるように布団に顔をうずめ、ラバンも一切取り合おうとするそぶりを見せない。
「何があったのか教えてくれないとわからな——」
「お前には関係ない」
「か、関係ないって……そんな——」
「これは俺たち二人の問題だ。余計な口出しは無用だと言っている」
表情一つ変えず、ラバンはエデンの訴えを切って捨てる。
突き放すようなその口ぶりに、図らずも絶句を禁じ得ない。
救いを求めるように後方を振り返ってみれば、ローカもいたく困惑しているのがわかった。
「……エデン、それにローカも。二人ともごめんなさい。こんなところ見たくなかったわよね……私が悪いの——私が——」
包む息の詰まりそうな沈黙を破って口を開いたのはラヘルだ。
依然として顔を伏せたままではあったが、胸の内に湧き上がる動揺を抑え込み、努めて気丈に振る舞おうとしていることが易く見て取れた。




