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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第二章  自由市場(じゆういちば) 篇   第三節 「小さき嘴、優しき嘴」
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第百四十四話  縁 起 (えんぎ) Ⅱ

「その、ご……ごめん」


「惰性で謝るなよ」


 謝罪の言葉を口にしてみはするエデンだったが、マフタの抱く怒りの出どころを理解しているとは言い難い。

 マフタもそれが上辺だけの謝罪であることを見抜いているのか、腹立たしげに言い捨てて顔を背けてしまった。

 一方、ホカホカはひどく焦った様子で、二人の間に視線を往復させている。

 そのまま数十秒ほど無言を貫いていたマフタだったが、やがて観念したように口を開いた。


「俺が気をもみ過ぎなのか……? いや、そんなことないよな……」


 あきれ交じりに呟くと、肩を落としてひときわ大きなため息をつく。


「お前にはお前の事情があるし、お前の考え方がある。危なっかしく見えたとしても、そうやってここまで来たんだもんな。……そうだな。話を聞く限りじゃ縁には恵まれてる感じだしな。ここは——俺は俺のやり方でお前を助けるだけだ。……うん——それしかない」


 己を無理やり納得させでもするかのように呟き、ホカホカに向かって目配せを送る。


「おい、出してやってくれ」


「うんー!!」


 ホカホカは威勢よく返事をし、自らの胴衣の内側を探る。

 財布であろう布袋から彼が取り出したのは、マフタが先ほど提示した金貨十五枚だった。


「ほ、本当にいいの……?」


 受け取りを戸惑うエデンを正面から見返し、積み上げた金貨を翼で押しつつマフタは言う。


「商い人に二言はない!!」


「あ、ありがとう!! マフタ、ホカホカ——!!」


 心からの礼を言って、自身も手にした金の頭飾りを差し出す。

 エデンが震える手で十五枚の金貨を巾着に収める間、二人の嘴人は受け取った頭飾りを矯めつ眇めつ眺め続けていた。



 エデンがそれまで手を付けずにいた料理を食べ終えるまでに、ホカホカは果実と木の実の盛り合わせを追加で二度注文する。

 それでもまだ足りなそうなそぶりを見せる彼だったが、耐えかねたマフタによってたしなめられていた。

 エデンが自身の皿からホカホカに果物を分け与える中、マフタは不思議そうな顔で問う。


「お前、肉は食わないのか?」


「その、今日……今日はそういう気分なんだ」


「……ふーん」


 ごまかすように答えるエデンに気のない返事で応じ、マフタは突匙で巻き取った小麦の麺を細い嘴で器用にすすった。

 どうにも肉を食べる気分になれないのは、生きているケナモノの姿を見たことが理由だと自分でもわかっている。

 その異様な姿と、半透明の肉をそいだ感触が、今でも脳裏と手に焼き付いて離れない。

 だが、今はそのことを考えている場合ではないと、小さく頭を左右に振って心の隅に追いやった。

 

 食事を済ませたマフタは雄弁に語っていた先ほどまでとは打って変わって、深く考え込みでもするかのように沈黙してしまっていた。


「いつもこうなんだー。マフタってー、一度考え始めるとねー、周りのことが見えなくなっちゃうのー」


 ホカホカが慣れた様子で教えてくれたため、エデンも彼の口が開かれるのをじっと待った。


「ああああ!! 思い出した!!」


 目を閉じ、翼を組んで黙考していたマフタが叫びとともに顔を上げたのは、五分ほどが経った頃だった。

 突然の大声に思わず椅子を鳴らすエデンだが、彼は構うことなく卓に翼を突き、ずいと身を乗り出した。


「他に何か協力できることはないかって考えてたんだけどさ、一つ思い出したことがあるんだ! お前、医者を探してるって言ってたろ! 世話になってる人のためにって!!」


 じりじりと詰め寄るマフタに対し、身をのけ反らせながらの首肯をもって応じる。


「少し前に小耳に挟んだんだ! この町に()()って呼ばれてる奴がいるって話! 先生っていうからには医者か学者か教師か——まさか政治屋ってことはないだろうから、おおかたそのあたりだろう!」


「せ、先生……? そんな人がこの自由市場に……」


「ああ、少しばかり変わり者らしいが——うわさによればどうやらそこそこの才物らしいぜ。たとえ医者じゃなかったとしても、何かいい知恵をもらえるかもしれない。訪ねてみる価値はあるんじゃないか?」


「……ど、どこに——どこに住んでるの!? その——先生って人!」


 卓の上に身を乗り出し、押し返すように距離を詰めて尋ねるエデンに対し、マフタは明らかな躊躇を見せる。


「そ、それがだな……」


 言ってひと息つくと、マフタは言いにくそうに続けた。


「……準市民区、河の向こう側さ」


「河の向こう……準——市民区……」


 マフタの口にした言葉を繰り返し、知らぬ間に足を運んでしまった大河の対岸の景色を思い出す。

 荒れた建物と荒んだ目をした子供たちの姿が瞼の裏に浮かび、反射的に身震いをする。

 動揺を見て取ったのだろう、マフタは言い含めるように続けた。


「言っておいてなんだけど、早まったまねはするなよ。お前が行くって言うなら今度は俺たちも一緒に——」


「……ありがとう!! マフタ!!」


「お、おい!? お前、まさか——」


 ぼうぜんと見上げるマフタに向かって一方的に告げたのち、懐から取り出した銀貨を不安げな表情を浮かべたホカホカの翼に握らせる。


「ホカホカもありがとう! これ——ご飯代」


 今一度二人に向かって感謝を込めた首肯を送ると、残っていた水をひと息で飲み干して椅子から立ち上がる。


「おい! 待てって——!」

「エデンー! 待ってよー!」


 二人の制止の声を背中に受けながら、エデンは勢い込んで店を飛び出した。


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