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百从(ひゃくじゅう)のエデン  作者: 葦田野 佑
第二章  自由市場(じゆういちば) 篇   第二節 「新しい出会いと暮らしと」
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第百十六話   同 道 (どうどう) Ⅱ

 広場には荷物を積んだ無数の荷車が所狭しと列をなし、周囲は商人とおぼしき者たちでごった返していた。


「夜のうちに着いた隊商だ」


 大挙して押し寄せる荷車と慌ただしく駆けまわる商人たちをぼうぜんと眺めていたエデンに対し、ラバンは端的に状況を説明してみせる。


「見ろ。このままでは街道にまで溢れてしまう」


 言って彼が鼻先で示したのは、大通りから市場を抜けてなお続く道の先から続々とやって来る荷車の車列だった。


「街——道……?」


 呟き、爪先立って道の先を見やる。

 漏らした言葉と物珍しげな反応に違和感を覚えたのか、ラバンはいぶかしげな表情を浮かべて問いを発した。


「お前、どこから来た」


「ええと、その——あっち、かな」


 周囲をぐるりと見渡し、指先をもって一方を指し示す。

 彪人の里から山を下り、大河へと注ぐ川沿いの道を歩んできたことを順を追って語ると、ラバンの表情にわずかだが驚きの色が浮かぶ。


「街道は交通の大動脈だ。旅をする者たちを運び、商い物を運び、戦の道具も運ぶ。大陸を東西に走る街道を西に行けば——」


 ラバンは西の方角を指差しながら「西の都」と、次に正反対の方向を指し示して「東に向かえば、当たり前だが東の都にたどり着く」と口にする。


「どちらもこの自由市場に負けない大きさの大集落と聞いている」


 一方的に言い切ってみせたのち、ラバンは荷車の列に向かって歩き始めた。


「ラバン! 頼むよ! 荷物が積み留まりになっちまって——」


 歩を進める彼に気付き、声を上げたのは商人のうちの一人だった。


「わかっている。一台ずつ確実にさばいていこう」


 困惑をあらわにして言い立てる男を片手で遮ると、ラバンは荷車の行列と積み上がった荷物の山を見据えながら言った。

 衣服の袖を肩口辺りまでまくってたくましい両腕をさらした彼は、車列の先頭に位置する荷車から手際よく荷物を降ろし始める。

 その作業する様を訳もわからず見上げていたエデンに対し、ラバンは手を止めることなく告げた。


「お前も手伝え」


「う、うん……! わ、わかった!!」


 荷台の上の荷物に手を伸ばそうとするエデンに、ラバンは比較的小ぶりな麻袋を押し付ける。


「無理はするな。軽そうなものを選んで運べ」


 言って彼自身は、自らの身体と同程度はあろうかという木箱を軽々と抱え上げた。


 ラバンの指示に従い、エデンはそこから三時間ほどにわたって荷降ろしと荷運びを手伝った。

 荷付け場である広場にはラバン以外にも同様の作業に従事する者たちの姿が多く見られたが、彼の手際と要領のよさは群を抜いていた。

 ラバンは熟達した立ち回りで、積み上がった荷物を次々とさばいていく。

 彼と彼以外の作業者たちの働きのかいあって、つかえて滞っていた荷車の流れが徐々に解消されていく。

 役に立てたと自信を持って言える仕事ぶりではなかったが、エデンも体格に見合った荷物を荷台から降ろし、指示を受けては指定の場所に運び続けた。



「休憩だ。飯にしよう」


 行き詰まっていた車列がひと通り緩和されたところを認め、わずかに安堵をにじませつつラバンが言う。

 彼は作業を始めるに当たって道脇に取り置いてあった二つの包みを取り出し、そのうちの一つをエデンに差し出した。

 昨夜の麺麭よりも薄手の生地で包んだ料理を、ラバンは立ったまま手早く口に運び進める。

 彼に倣い、エデンも急ぎ麺麭にかぶり付く。

 ラヘルが持たせてくれた弁当なのだろう、具材は昨夜の料理と同じだったが、香辛料を利かせた味付けに整え直されているところに彼女の気遣いがうかがえた。


 食事を済ませ、再び仕事に戻る。

 店頭に持ち込むものと、差し当って倉庫へ移動させるもの。

 荷主によって分別された荷物を、隊商の荷車を牽く輓夫ばんぷたちと協力して運んでいく。

 人通りの多い大通りや狭い路地など、荷車の進入できない場所に手運びで荷物を運び込むのも、ラバンら仲仕なかしと呼ばれる者たちの仕事だった。



 ラバンに従って無心で荷物を運び続けるうち、日はとっぷりと暮れていた。

 荷付け場に戻るや、エデンは身を投げ出すようにしてあおむけに倒れ込む。


「つ、疲れたあ……」


 思わずそんな言葉が口を突いて出る。

 慣れないながらも坑夫の仕事を続け、多少は体力が付いたと自負していたが、十字鍬じゅうじくわを振るのと荷物を運ぶのとでは勝手も違えば使う筋肉も違うのかもしれない。

 肉体を酷使することによってもたらされた疲労感は、懐かしさを一緒に連れてくる。

 鉱山での暮らしとそこで出会った面々の顔を思い出し、エデンは大地に身を横たえたまま小さく笑みを浮かべていた。


「待たせた」


 給金の受け取りから戻ってきたラバンの声を聞き、エデンは投げ出していた両腕を振り下ろすようにして上体を起こす。

 胡坐あぐらを組んでラバンの顔を見上げ、肩を落として力なく口を開いた。


「あんまり役に立てなかったよ。もう少しできるかなって、そう思ったんだけど……」


 ふがいなさを噛み締めるエデンに対し、ラバンは左右にかぶりを振って応じる。


「思った以上の働きだった。何も恥じることはない」


 言うが早いか、彼は踵を返して歩き出す。

 数歩進んだところで立ち止まると、ラバンは依然として座り込んだままのエデンに対し、背を向けたまま素っ気ない口調で告げた。


「何をしている。帰るぞ」


「え——? う、うん……!」


 エデンは慌てて立ち上がり、一切後方を顧みることなく歩を進めるラバンの後に続いた。


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