第九十九話 見 舞 (みまい)
異種の骸を残して廃石場を後にした少年、アシュヴァル、シェサナンドの三人は、幸いにも無傷か軽傷で済んだ抗夫たちと共に負傷者の救出作業に加わった。
麓の町はラジャン率いる彪人の戦士たちのおかげで大事に至らなかったらしく、状況を聞き付けた人々が続々と鉱山へと駆け付けてくる。
町人たちは坑夫たちと力を合わせ、深手を負って身動きの取れない負傷者の応急処置や搬送に当たっていた。
傷を負った者たちの中でも、イニワ、ベシュクノ、ウジャラックのけがの度合いは深刻で、しばらくの間は安静を保つことを医者によって命じられる。
多くの負傷者を出した大規模な異種の襲撃であったが、一人も死者が出なかったことは不幸中の幸いだった。
異種狩りの戦士たちを引き連れて戻ってきた少年の話は鉱山中の誰もが知るところとなっており、立ち寄った先々で感謝を浴びることとなった。
だが皆から預かる誉れも、一人異種の前に身をさらして皆を守った宰領イニワ、避難誘導に当たったウジャラック、けがを押して飛んでくれたベシュクノ、果敢に戦ったとされるもう一人の用心棒、鉱山で働く抗夫たちと、町に暮らす住人たち、皆の協力があればこそだ。
そして何より、里長ラジャンと彪人の戦士たちがいなければ、鉱山も町も、そこに生きる人々も無事では済まなかっただろう。
彪人たちの戦いぶりは想像を絶するものだった。
思い返せば身体が震え出しそうになるほどに凄絶な光景だったが、彼らを恐れる気持ちは、今となってはどこかへ消え失せてしまっていた。
「里にて待つ」
異種を討ってくれた感謝と、依頼料の残りは後ほど支払う旨を伝える少年に対し、里長ラジャンはただひと言だけ短く告げた。
今度こそは逃げたりしないと言葉を尽くして伝えるが、その点についてラジャンはまるで頓着していない様子だった。
鉱山に異種が残っていないことを確認するや、彼はその足ですぐさま里へ取って返してしまう。
拍子抜けするほどあっけない対応は、未払いのまま逃亡する意志がないことを見抜いていたからだろうか。
それとも剣と同じように、自身やローカに対しても興味や執着を失ってしまったからだろうか。
さまざまな可能性に思いをはせるが、結局納得のいく答えが出ることはなかった。
夜になっては、半年間毎日のように通い詰めた酒場を訪ね、久しぶりに主人と給仕の二人と再会を果たす。
共に店を訪れたシェサナンドをじろじろとなめ回すように見詰めながら、給仕は口元をほころばせて尋ねる。
「あんたもアシュヴァルのお友達?」
「はあ!? そんなんじゃねえよ!!」
「なっ!? 友達なんかじゃない!!」
「仲、いいんだ」
躍起になって身を乗り出す両者を前に、給仕はおかしそうに含み笑いを漏らしていた。
鉱山を守って異種を討ったラジャンと彪人の戦士たちは、アシュヴァルとシェサナンドを残して里に引き上げている。
鉱山の住人たちと一緒に負傷者の搬送に加わった結果、二人は退去する彪人たちに合流しそびれてしまっていた。
聞けばラジャンも状況を把握しており、アシュヴァルとシェサナンドの残置は彼の指示によるものらしい。
里への引き上げを翌日に繰り下げた三人は、食事を終えるや酒場の床に倒れ込むようにして眠った。
翌朝、目覚めた三人は店主の用意してくれた朝食を取ったのち、イニワらを見舞うために診療所へと向かう。
数多くの負傷者が狭い室内に収まり切らずに通路まで溢れている光景は、昨日の襲撃の深刻さの程をつぶさに表していた。
寝台に身を横たえるイニワは身体中の至る所に治療の跡が見られ、ベシュクノは折れた翼を副木で固定されている。
全身を岩壁にたたき付けられたウジャラックは、全身に包帯を巻かれて寝台の上に横たわっていた。
今日のうちに、再びこの地を発つ予定であることを告げる。
残って鉱山の皆の助けになりたい気持ちは多分にあったが、いち早く彪人の里に戻って謝礼の残りを支払うのが、不義理を働いたことに対するせめてもの償いだからだ。
それに何よりも、つり橋のたもとに残してきた少女のことが気掛かりで仕方なかった。
「王子さまは一刻も早く姫君の元に駆け付けるのが役目さ」
「山のことは山に暮らす者たちでどうにかする。おまえはおまえのことを第一に生きろ」
普段通りの軽口をたたこうとし、ベシュクノは痛みにうめく。
イニワは言うだけ言うと、なんの前触れもなく泥のように寝入ってしまう。
一切の身動きを封じられたウジャラックは、天井を見上げたまま「またいずれ」と短く別れの言葉を口にした。
その後は三人以外の坑夫たちを手早く見舞い、治療の邪魔にならないうちに再び酒場へと引き返す。
主人は異種の襲撃後の混乱の中にあって、今回も数日分の食事を用意してくれていた。
少年は手を取って感謝を伝え、アシュヴァル、シェサナンドと共に酒場を後にする。
「——ね。あんたさ、ここに残んない?」
出発の直前、長机に身を預けていた給仕が不意に漏らす。
「は? 俺が? なんでだよ……?」
困惑を隠せないのは、突然声を掛けられたシェサナンドだ。
意図を問う彼をいつもと変わらない笑みでもって見詰めると、給仕は「なんでも」と言い捨てて背を向けてしまった。