95 私、試験を受けます!!!
サイオン様は優雅にも城内を裏口からお歩きになっていた。
私たち3人は彼の後を追いながらひたすら真っ直ぐに火の灯った燭台のある廊下を歩いていった。
他のどの王宮とも相違する点は、そこかしこに魔法陣が張り巡らされていたということだ。
星が描かれているものや、悪魔の顔のようなものまで実に多彩だった。
あちこちきょろきょろと目線を向けていると、サイオン様が語りかけてきた。
「あれは全て転移用の魔法陣だよ。我が国マギアージュは外敵からの侵入に備えああしているんだ。賊が忍び込もうものならただちに部隊が急行する仕組みになっている」
「へ、へぇ〜しっかりしてるんですね」
「まっ、そんな勇気ある賊がいればの話だがね」
私は彼のその何もかもを見透かしたような鋭い目つきにドキッとした。
これではマックスさんたちも容易に侵入できないかもしれない。
それにこの人はかなりの手練れだ。
前を歩いているのに背中にも目がついているみたいだ。
先程から放たれる異様な威圧感、圧迫感は全てこの人から発せられるものに違いない。
たった1人だというのに、まるで何百――いや何千人の部隊を目の前にしているみたいな。
焦りと動揺は私だけに留まらず、勇者たるスラッシュくんも肌でひしひしと感じていたみたいだ。
いつでも剣を構えられるようにローブから手を覗かせ、顎先からは緊張の汗を流していた。
そんな私たちの態度さえ、サイオンという男は全て察していたのかもしれない。
やがて歩き続けた果てに何もない袋小路に突入してしまった。
「あれ……何もないですね」
思わず私がそう言うと彼は髪をかきあげて気障な嘲笑を浮かべた。
「ここから先は我が国でも限られた人間しか立ち入る事を許されない区画だ。普段は隠されていて特定の魔力にのみ反応するのさ」
彼が一見何もない壁に手をかざすと白い魔法陣が浮かび上がり、やがてそれは私たちの足元全体を覆っていった。
その直後全員の体が白い光に包まれ、見知らぬ煉瓦の壁で囲まれた空間にやってきた。
「ここがキミたち志願兵の試験会場さ」
なるほど。あれも転送魔法の一つだったのか。
ああやってペラペラと喋ったのも、恐らくあの人の魔力でなければ魔法陣を起動させられないからだろう。
これは思ったよりも厄介な世界だぞ魔法大国さん。
候補者たちは私たち以外にも数十名ほどおり、それぞれが自信満々なご様子だった。
言うまでもなく魔法使いのみが一堂に介しており、戦士と思われる人物は誰一人としていなかった。
細っこい三白眼の青年がにやにや笑いながら近づいてきた。
「おいおい。もしかしてアンタらも志願兵?」
「えっ、あっ、ハイそうですけど……」
「ぷっ。ははは! やめとけやめとけ。ここはガキの遊びに来るところじゃねぇっての。とっとと帰んな帰んな」
青年の失礼極まりない態度にカチンときたのは、私ではなくレイブンさんだった。
彼は青年の前にどんと立ちはだかった。
「おたくこそズイブンな〝魔法使い〟じゃない? 今時丸腰でジーパンって……」
「へっバーカ。アンタらみたいなコッテコテのいかにも〜な魔法使いなんざもう古いんだよ。時代を作るのは俺たち新しい魔法使いさ」
彼の周りには似たような格好をした青年たちが4人ほどいた。
言われてみれば全員魔法使いというよりストリートで戯れていそうなティーンだ。
しかしここにやってきたということは相当な魔法使いなのだろう。
杖もなしに彼は指先から火の粉を上げて私たちに見せつけていた。
「俺たちがこの国を変える。ま、精々頑張りなよ旧式魔法使いさんたち」
「受けるだけムダだろうけどな。今年は俺たち全員が受かっちまうからな。だーっはっはっ!」
黒い帽子の男が大声でげはげはと笑った。
それに合わせてみんなも笑っていた。
そして彼らはサイオン様の元に向かっていった。
「『俺たちがこの国を変えるドヤッ』……だってぇ? えぇ? あんのクソガキどもが……!」
その場で杖を叩き割らんとする勢いでレイブンさんは怒りを露わにしていた。
「……言わせておけ。試験が始まればすぐにわかる」
お、おお。
我らが男組は中々頼もしいな。
まぁ年齢的にもスラッシュくんとは近しいものがありそうだし、まだ青さの抜けない若者といった感じだろうか。
その後すぐに今度は別の人に話しかけられた。
「災難だったわねアナタたち」
その者は青と赤のツートンカラーの髪をしており、紫の口紅をつけていた。
右頬には星形の、左には月のタトゥーが入れてあった。
瞳の色も左右対称で金と銀の色をしていた。
服装はこれまたド派手な赤と金のラバースーツのようなもので、胸元からは細身ながらも逞しく実った筋肉が惜しげなく曝け出されていた。
女性らしいお淑やかな口調とは裏腹に低めの声で、つまりは男性であった。
「あいつらアタシにもあんな感じのコト言ってきたのよ。ホンットむかつくわ。……でも気にしないで頑張りましょう」
「あ、はい……あ、あのえっと……」
「あぁごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。アタシはラフィーゼ。ラッフィって呼んでネ」
お色気全開なウインクを男性陣にかましていたが、怖気が走った彼らはさっとそれをかわした。
男2人は見ただけで遺伝子レベルでの拒絶反応を示していたのか、早くも顔面が蒼白になっていた。
「私はミランダです。こっちはスラッシュさんで、こっちがレイブンさんです」
「よ、よよよよ、よろしく」
「あら可愛い〜。ボク、歳いくつ?」
「に、22ちゃい」
「まぁ2歳なの〜すっごいわ〜」
明らかにレイブンさんはラフィーゼさんに対して苦手意識マックスだった。
子供をハグするように全力で愛を注ぎにいく彼女……いや彼を低い姿勢をとって避け続けた。
「それにツンツンくんのアナタも! なんだか只ならぬ力を感じるわ〜。なんて言ったらいいのかしら、オーラみたいな? 他の人とは違うものを持ってるわね!」
両手をがっしりぎゅーっと握り、さすられ歴戦の勇者くんもゾワゾワと鳥肌を立てて硬直してしまっていた。
最後にラフィーゼさんは私の方に振り返ってきた。
「最後にあなた。私の見立てではこの中でイチバン才能があるわね。もう本当ダントツよ」
「えっ、あっど、どうも……」
サイオン様もそうだが、この人も勘が鋭いな。
こりゃあ下手に隠し事とかできなそうだ。
「うーん。悔しいけど今期はあなたたちで決まりかしらね。まぁまた来年チャレンジするわ。頑張れ私! ……あ、そろそろ説明が始まるわ。じゃ、また試験で会いましょうネ〜!」
別れ際にもキスを欠かさなかった彼ではあるが、なんと投げキッスではなく全員に頬キッスを行っていた。
その誰もが予想外だった動きに全員の時間が止まり、やがて男性陣が吐き気を堪えるように項垂れた。
ま、まぁ咄嗟にやられたらくるものがあるのかな……。はは。
面白い人だ。
「ど、どうなってるんだマギアージュ王国の試験は……! ゲテモノばっかりじゃないか」
ありったけの毒を吐き捨てるようにレイブンさんが言った。
そう言いたくなる気持ちも分からなくない。
というか、あんな個性的な人いたっけ。
たしかどっかの吟遊詩人があんな感じのキャラクターだった気がするけど、名前までは明かされていなかった。
そもそもこの潜入イベント自体初めてなもんでどうしていいのかさっぱりなのが実際のところだ。
そうして私たちはサイオン様の試験についての説明を聞いた。
「これから行うのはマギアージュ王国兵団の入団試験だ。諸君らは名誉ある魔法使いとして、この国を支える兵士となるのだ。しかしその資格を与えられるのは、この中でもほんのひと握りの魔法使いに過ぎない! 諸君らには今からここでその資格があるか否かを競い合ってもらう!」
最初に大きなクリスタルがその場に呼び寄せられ、彼がそれに手を触れた。
クリスタルは青白く光り輝き、その眩しさで全員の目を眩ませていた。
「まずは最初の関門。諸君らに受験番号を与える。このクリスタルに触れ、光を放ち数字が浮かび上がった者だけが試験を受けることを許される。そうでないものはあちらの魔法陣からお帰りいただくようになっている」
途端に会場がざわついた。
あれは船着場で露天商さんがやっていた魔法球の強化版みたいなものだろう。
こうやってふるいにかけて残った者同士で更に競わせるというわけか。
なるほど。これなら生き残った強者のみを集めることができる。
「よぉしまずは俺がいくぜ」
自信満々に飛び出したのはいかにも戦士系なガタイのいいおじさまだった。
こんな見た目だけど魔法使いなのだろう。
彼が勢いよくクリスタルに手を触れると、それは真っ赤になって輝き出した。
しかしながら数字が浮かび上がらなかったようで、彼は何度もクリスタルに手をかけた。
「おい! おかしいぞ! これ壊れてるんじゃないか⁉︎」
「いいえ。壊れておりません。つまり貴方はクリスタルを光らせることはできても、試験を受けるに値する魔導士ではないということ。どうぞあちらの魔法陣からお帰り願いますよう――」
「ふざけんな! 俺はエドナでも名の知れた一流魔法使いだぞ!」
怒りに満ちた彼の炎魔法が炸裂し、サイオン様諸共クリスタルが炎の渦に包まれた。
しかしクリスタルも彼も無傷であり、それを見た男がもう一度炎魔法を放った。
――が、これも無傷で脱出され、やがてサイオン様が人差し指を突き立てた。
「『風魔法』」
彼がそっと呟くと、凄まじい竜巻が出現しおじさんの胸部を鋭い風の刃が突き刺した。
「ぐあああっ‼︎」
そうしておじさんは魔法陣の上に吹き飛ばされ、その場から消えていった。
「……とまあこのように、我が国の厳正なる審査に納得のいかない方はこちらから〝強制的に〟お帰りいただくようになりますので出来るだけ聞き分けのいい自主的なご退場を何卒お願いします」
それを目撃した一同はまたざわついた。
「お、おい……今のって単なる風魔法だよな……?」
「う、うそだろ。あんなのスピンの威力じゃねぇよ」
「流石は魔法大国マギアージュの超一級魔導騎士団の団長……!」
「お、おれあんなのに見られて戦えねーよ」
群衆の中には試験を受ける前に自主的に退場していく者も数名いた。
「ふっ。ほだされやがって馬鹿どもが……あんなものちょっと魔法かじった者には誰でもできるちゃちな手品だ」
三白眼の偉そうな青年は当然残ってクリスタルに手を触れた。
言うだけのことはあり、クリスタルは緑色に光り輝き数字には『2』が刻まれていった。
「これで最初の試験は『合格』ってことでいいよな?」
「……ええ。おめでとうございます。このように数字が現れれば審査を通過した扱いとなり、次のステージに進む権利を与えられます。これでこのクリスタルが壊れているわけでも、私どもが不正を行っているわけでもないということがご理解いただけたと思います」
「す、すげぇ……」
鼻高々に帰ってきた彼は、私が向かおうとした時また何か言ってきた。
「おいおい今のが見えてなかったのかよ。さっきのおっさんみたいに恥かいて消えることになるぞ」
「やってみなければ分からないので」
「へっ強情な女だ」
私がクリスタルに手を触れてみた。
この前みたいに壊れたらどうしようと考えていたが、今度は打って変わって何も起こらなかった。
「おいおい! クリスタルが光りすらしねぇじゃねぇか! だから言ったんだよムダだってな……?」
彼がバカ笑いした後、光を失っていたと思われたクリスタルくんが突然勢いよく主張し始め、そこら中に目が潰れるほど眩い虹色の光を放っていた。
「ぐわあああど、どうなってんだ!」
さらに周囲には風が吹き荒れ、結果をまともに観測できる人間がサイオン様しかいなかった。
やがて光が収まり、ちかちかする目をゆっくりと開けると、ここまで頑張ってきたクリスタル君は力尽きたように砂と化して消えた。
直前に出ていた数字は「1」だった。
「…………えっ?」
その余りにもおかしな光景に、会場中やサイオン様までもが声を失っていた。
やばい……。また壊しちゃった……!




