72 私、船出です……?
「相変わらずうめー飯作りやがりますね、レイブンはひ弱でへなちょこなのに」
「酷い言われようだなぁ」
ジーカちゃんの言い分は罵倒というよりは、むしろ賞賛に近いニュアンスだった。
自分で釣った60匹の魚を半分以上1人で平らげ、美味しそうに舌で頬を撫でていた。
私もレイブンさんの調理技術には驚くばかりだ。
何気に料理人はパーティーや冒険には欠かせない重要なポジションだ。
ご飯はステキな1日を生きる上でなくてはならない要素なのだ。
そのご飯を司る料理人の良し悪しで、いや――もはや有無でさえその後の行方を左右すると言っても過言ではない。
いつも美味しいご飯をありがとうございますレイブンさん。
でもおふざけも程々にしておかないと身体のもの吐き出す事になりますよ……ふふふ。
何度も繰り返したキャンプだが、やはり何度やってもいいものだ。
夜空の光はきらきらと輝いているし、冷たい空気が焚き火で火照った体を冷ましてくれる。
とても良い気分だ。
今日はなんせジーカちゃんもいるもんね!
私はなんとなくジーカちゃんの側に近づいて、後ろからぎゅーっと抱きしめた。
「寝苦しいですどきやがれです……」
鬱陶しそうに私の手をどけようとしてくる。
可愛いけどやめたげないぞ。
今晩は一緒に眠るんだ。えへへ。
なんか後頭部がもふもふしてる!
ジーカちゃんって、硬そうな角と尻尾の割に髪の毛や体毛は結構もふもふしてるんですね。
鱗がちょっとゴツゴツしてるけど、ゼンゼン痛くないです。
もっとごろごろしてやるぞ〜。
鼻を髪の毛の奥にゴリ押しているけど、獣臭とかそういうのはなかった。
これで豚の死骸のような臭いや、腐った魚のような臭いがしてたら流石にちょっと失礼な顔を隠しきれなかったと思う。
……それにしても下世話な話だが、ジーカちゃんたち龍人さんってお風呂とか入るのかな。
垢とか溜まる種族には見えそうにないけど。
その辺は人間とは違うのかな。もふもふ。
「お、おいこらやめるです。くく、くすぐってぇです! 離れろ!」
耳の裏?辺りか後頭部かは分からないが、ジーカちゃんは嫌がりながらも腕に力が入らないようなご様子だった。
枕代わりにジーカちゃんの体をもふもふしてると、段々眠気が襲ってくるのを感じた。
とてもいい安眠枕だ。
「やれやれ……飲んでなくてもいちゃいちゃするんだねミランダさんって……ふわぁあ」
「れ、レイブン。見てねーで助けやが……はっ、あははははっ!」
愉快な笑い声が絶えない闇夜だった。
そんな夜があっという間に過ぎ去って朝日が顔を出した頃、寝相悪くも私はジーカちゃんを足蹴にしてしまっていた。
申し訳なさと陽の光で目が潰れそうになり、急いで起き上がって準備した。
こうして寝顔を見つめていると、200年も人生経験を積み重ねた子だとはとても思えなかった。
無邪気で優しい子供みたいだ。
こんな子が属性攻撃を耐え切って、鋭い爪や牙で敵を引き裂くとは信じられない。
いつまでも寝かせておいてその可愛い寝顔を独り占めしたかったが、旅のため致し方なく彼女を起こした。
全員が起きた後、私たちは港町に向かって爆進していった。
たどり着いた港町『サルトス』は漁師町でもあるため、屈強な海の男たちと磯の香りで溢れかえる青々とした熱気に包まれた世界が広がっていた。
そこら中で渡航のために行き交う人々が満載だ。
塩の味が目と鼻に流れ込んでくる。
市場の色とりどりで映え映えする品揃えには目移りしてしまいそうだ。
釣り上げられた魚だけではなく、貿易船から輸送された物品も存在する。
この辺りの地方では見かけない珍しいアイテムの数々が目を引くが、相応に値段も高い。
情緒も風情の欠片もない事を言わせていただくと、ぶっちゃけ遠方に行って現地でも購入はできるので、わざわざここで買うメリットは無い。
それほど割高なのだ。まぁこれを生業にしているのだから当然だけど。
だからというわけではないが、私たちは市場には目もくれず先へスタスタと歩いて行った。
楽しそうに見つめてるジーカちゃんには申し訳ないが、私たちはここで買い物をしに来たわけではない。
定期船に乗って西大陸に向けて進行していくのだ。
チケットが売り切れることはないので、観光する時間もあるっちゃあるが、今は目的優先といったところだ。
――ところが。
「西大陸への定期船が期限未定で出港見合わせしてるって⁉︎」
船着場の前でチケットを握りしめ、追い返された勇者さんに向かってマックスさんが大声で叫んだ。
「……どうやら海に巣食う魔物が原因だとか言われているようだ。出港の目処が立つのはいつになるかわからないらしい」
「まじかよ。どうなってるんだ一体」
「なんでやがりますか。魔物が怖くて船が出せねーってんですか。だらしねぇです。んなもんぶっ飛ばせばいいです」
「みんながみんなジーカちゃんくらい強ければ良いんだけどねぇ」
レイブンそんは仕方ないと、苦笑いしながらぽんぽんとジーカちゃんの頭を叩いていた。
あれ、海の魔物イベントってここだったっけ。
流れで毎回ボタン連打スキップしてたから、どの辺だったか忘れてしまった。
周回重ねるとだんだん攻略フラグとか要所要所でしか物事を記憶しなくなってくるな。
お陰で港でゆっくりする時間は増えたが、完全に港町で足止めを食らってしまった。
「おお。キミはもしやミランダ殿か?」
と、その時。
なにやら聞き覚えのある若々しい老人の声がした。
「あっ、あなたはギブラル王様! お久しぶりです!」
「ははは。なんだキミも西大陸に用があって来たのか。それともわしの国に来てくださるのですかな」
「え、えぇ。まぁ」
仲間たちはあの一件を知らないので、何事かとわらわら集まってきた。
まぁその説明も追々やっていくとしよう。
「じゃが生憎の出来事じゃったな。わしらもあれからここでもう長いこと待っておるが、一向に船が出港準備せなんだ。風の噂によれば再開は魔物がこの地方を去ってからとか……全く困ったものじゃ」
ギブラル王はため息をついて海を見つめなさった。
国王たる父上の登場に合わせ、娘のクララも現れた。
「まあお久しぶりですわミランダさん。その節はどうも……。こんなところでまたお会いできるなんて光栄ですわ」
「クララ様。……あっ、国王様、それにクララ様。こちら私がお供させていただいてるパーティーの皆さんです。まずこの戦士がマックスさん。隣の魔法使いがレイブンさん。龍人のジーカちゃん。そしてこちらの銀髪の青年が勇者スラッシュさんです」
「ほほほ。噂は聞き及んでおるぞ。世界に光をもたらすとされている勇者が各地で悪しき魔物どもを討伐し、人々の希望となっておると。わしはギブラル城の国王レオン・ギブラルという者じゃ。こちらは愛娘のクララじゃ。このミランダ殿には少なからず恩があってな。諸君らもよろしくたのむ」
「……うちの連れがどうも。よろしくおねがいします国王、姫」
「おう。よろしくたのむぜ。……にしてもすげーなミランダは。俺たちの知らない間に王様ともコネクション築き上げちゃってさ」
「ホントだよね。そのうち世界を支配しちゃったりして」
「も、もうなんてこと言うんですか」
魔王みたいじゃないかそれじゃ。
嫌ですわ。私はただのしがない町娘ミランダさんですわ。
「ギブラルって王国なんでやがりますね。ウチも王国ですよ。がるがんどらって聞けば泣く子も黙る大国家でやがりますよ」
「なんじゃと! ではキミはあの最強の都市国家ガルガンドラの龍人かね! いやいやこれはこれは」
なんかジーカちゃんが代表っぽい言い回しだけど、国王様はそんなことも気にせずジーカちゃんと国交を深めようと積極的に握手しにいった。
「……ログレスとは全然違うですね。お前良い王様でやがります」
「じ、ジーカちゃんったら!」
王様の御前だというのに……。相変わらずだ。
「ははは。龍人どのに太鼓判をいただけるなんて光栄じゃぞ」
しかし王様は怒るどころか楽しそうに笑っていた。
辛口なジーカちゃんが認めるように、レオンさんは本当に良い王様なのだろう。
早速クララさんとも仲良くなったジーカちゃんが、港町に向かってショッピングしに出かけた。
「いくつになっても女の子というやつじゃの」
「ジーカは強い子ですから。お姫様もガッチリお守り致しますよ」
「ほほほ。頼りにしておるぞ。……して、時にちょっとキミたちへ提案があるのじゃが」
「なんでしょうか」
「どうじゃろう。ここは船を借りてわしらで海の魔物退治に乗り出してはみないか?」
「ええっ⁉︎」
ギブラル王からの提案は、結構アグレッシブなものだった。
海の魔物――北欧神話やゲーム作品に登場する漁師や海の世界の天敵、クラーケンのことだ。
私たちは足場の悪い海上で、そんな恐ろしい巨悪と戦わねばならないようだ。




