48 楽しい楽しい空の旅ですよ……。ねっ?
突然、私たちの前に大きくて黒いドラゴンが現れた。
まさかさっきの――一瞬そう思ったが、よく見るとどうやら別の種のようだ。
鼻息を吹き上げ、黒い巨体で私たちの行手に立ちはだかっていた。
「さぁ今やりやがるですよ! お前、ジーカの動きに合わせるです!」
「は、はいっ」
まずはジーカちゃんが右に向かって飛び出す。
そして彼女はその小さな口から熱を集めて一気に炎を吐き出した。
それに合わせて私が日本刀を振り回した。
「炎」+「なぎはらい」の連携技、「火炎切り」だ。
黒いドラゴンは炎を纏った刀の一撃で身を切り刻まれ、焼け焦げた身体が地に崩れ落ちた。
「す、すげぇ……!」
マックスさんたちがその様子を見て唸っていた。
連携技はこんな風になんらかの攻撃と攻撃を組み合わせて行える必殺技みたいなものだ。
発動条件は連携技の要員が戦闘可能状態にあること、平たく言えば「眠り」や「混乱」、「麻痺」や「死亡」などの状態異常になっていないこと。
……ってあれ。
これ本来勇者スラッシュくんが習得するはずだった連携技では……?
やっちゃった?
ま、まぁでもこの連携技は発動条件が片割れ『剣を装備している人間1名』だからマックスさんでも誰でも出来るから良いか。
それにしても。
「ジーカちゃんすごいですね……炎吐けちゃうなんて」
「当たり前です。ジーカ龍人なので。お国じゃなうての龍だったのですよ」
「へぇ〜ほんとかなぁ」
「なんでやがりますかその表情。そんなに疑うってんなら国に着いた時、みんなから話を聞かせてやるですよ。ジーカの武勇伝を」
「期待せずに待っとくよ」
すっかりジーカちゃんの扱いにも慣れたのか、レイブンさんは彼女を子供のようにぽんぽんと頭を撫でていた。
それを嫌がったジーカが手をかわして、レイブンさんの手に噛み付いた。
ドラゴン溢れる厳しい道中を抜けると、今度は狭くて細い崖道に出てきた。
この辺が多分第七層に当たる部分だ。
下を見るとものすごい高さの崖なのでうっかり足を滑らせてしまうと落ちそうで不安になるが、それ以上に不安なのは高所恐怖症のレイブンさんだった。
「あばばばばば」
半分白目剥いて足ガクガクさせちゃってるし。
「おいおいどうしたんだよレイブン。まさか怖いのか?」
「人間、さっきジーカに向かって偉そうにしてた癖にこんなのがダメなんでやがりますか?」
ここぞとばかりにマックスさんとジーカちゃんのいじられコンビが牙を剥く。
レイブンさんは必死で否定するも、先々行かれる仲間に置いて行かれ、とうとう最後尾で丸まってしまっていた。
無理もない。
この高さは流石に私だって怖い。
ゲームでも多分ここ落ちた気がする。
余所見厳禁なのと、他と色が違う赤い地面には注意しなければならない。
そこは乗ると崩れる罠で、一気に第四層あたりまで落下したような記憶がある。
この果てしない道のりをもう一度やり直さなければならないというのは、心にくるものがある。
ここはゆっくりでも慎重に、そして確実に進むべきだ。
その点で言うと今のレイブンさんの行動は正しい。
「レイブンさん。ゆっくりでいいですよ。私ちゃんとここにいますから」
しかし彼はすでに魂ここに在らずというような真っ白い抜け殻状態に成り果ててしまっていた。
ありゃりゃ。
下を見なくてもしきりに吹いてくる突風が身を揺らし、定期的に落ちそうになる不安があるけど、彼もその犠牲となったか。
仕方ない。私は彼の方にゆっくりと手を伸ばし、そっと引っ張っていった。
頭は完全に意識の糸が混濁としていたが、身体はどうやらまだ動くようで、引っ張る力に合わせてそろりと足が前に出ていた。
「なにやってんだよーミランダ。もっとグイッとやれ! グイッと!」
「そうでやがりますよ。そんなやつぶん投げて上へ行くです」
「2人とも恨みからスゴイこと言いますね⁉︎ そんな雑なことできるわけないでしょ! 私たち仲間なんですから」
仲間――何気ない私のその一言にスラッシュくんがぴくりとなった。
先頭にいた彼も、ずけずけと私の方までやってきた。
「そうだ。レイブンは大切な仲間だ。俺が後ろを支える。ミランダは前に行ってくれ」
「スラッシュさん……」
こうして2人が支える厳重警戒体勢でレイブンさんは頂上まで運ばれていった。
その間何もなければ本当に幸せだったのだが、やはりというかモンスターが空中から一番前に舞い降りてきた。
「くそっ! こんな時だってのに!」
まさしくマックスさんの言う通りだった。
翼をひるがえした翼竜が、私たちに向けて金切声を上げる。
騒音で床がガタガタ揺れて軋むと、なんだか崩れ落ちてしまいそうだったが、幸い足場はキープされたままだった。
私が対応するつもりだったが、スラッシュさんと入れ替わりで先頭に立っていたマックスさんとジーカちゃんで連携技『火炎切り』を発動し、翼竜を崖の下に切って落とした。
「前方からの敵は俺たちに任せろ!」
「助かる!」
そうしてひたすらぐるぐると螺旋状にこの『絶壁』を登っていった。
ここまでくれば山頂も間近なのだが、幾度となくドラゴン系モンスターによって進行を遮られ、たどり着く頃には日が暮れてしまっていた。
ようやく平地にたどり着いたことで、失われていたレイブンさんの意識が戻り始めた。
「ふーっ……スラッシュくんにミランダさんありがとうね」
「いやぁお礼なんてとんでもないですよ。……まだやることがあるんですからっ。ねっ?」
「…………えっ?」
「あぁそうだなミランダ。雪道でのお返しも残ってるしな」
「えっ? えっ? あ、あのすみません何を……」
そう。山頂にたどり着いたらやりたかったこと。
私がレイブンさんの体をがっちりと抑えると、マックスさんが手際良く彼の体にロープをくくりつけた。
ロープの先は硬い不動の鉄柱に結ばれており、そうそう解ける心配はない。
遠慮なく彼には空の世界を堪能してもらおう。
「え、えちょなにこれ。何する気なの2人とも!」
「ジーカ。さっきの恨みも込めて思い切り蹴飛ばしていいぞ」
頂上の崖っぷちに私がレイブンさんをスタンバイした後、マックスさんが満面の笑みで彼女に声をかけた。
その意図を把握したジーカちゃんはにやりと笑った。
「こうでやがりますか?」
そしてドスンと勢いよく背中に足跡ができるほど力強くレイブンさんを蹴飛ばした。
「えちょちょっとこれなにこれ怖い怖い怖い――うわああああああっ‼︎ 助けてぇええええええっ‼︎」
レイブンさんは紐に吊るされ、崖下まで真っ逆さまでスカイダイビングしていった。
紐は切れることなく伸びていき、ある程度底の方までいくと跳ね返り登っていき、また彼を底の方に叩きつけていった。
よしよし報復完了。
私たち3名は腕をガッツポーズにして交差させた。
遠くでスラッシュくんが呆れ顔で「やれやれ」のポーズを取っていた。
夕暮れの山頂は絶景で、そこかしこにレイブンさんの悲鳴が崖中にこだましていった……。




