02 私、強くなります! 初級編
かくして私こと『ミランダ・クロスフィールド』は、戦士さんの案内で修行場に行くこととなった。
戦士さん――ことマックスさんは、相変わらず怪訝そうな顔つきでこちらをちらちらと見つめている。
当然だ。
なにせ〝私〟はかつてのミランダさんではない、ガワだけ同じで全く別の中身なのだから。
この時点で既に彼女の人生のレールは大きく転換し、死別回避のルートに入っているのではないだろうか。
そもそも彼女が何か自発的に行動し、強くなろうなどとゲーム内で言った覚えはない。
多少この世界があのゲームと異なったとしても、ミランダさんはミランダさんたる生き方をして、最終的には死を迎える運命だったであろう。
だがそんなもの私は御免だ。
それに彼女が死ぬルートを回避した世界線というのも、いちクロニクルファンとしてはこの目で是非とも見てみたい。
そうこう考えているうちに、私たちは早速その修行場こと『初心冒険者たちの部屋』にやって来た。
初心冒険者たちの部屋というのは、書いて字の通り主にゲームに慣れていない初心者に向けて開かれる、戦闘など基礎的な事を教えてくれる施設のことだ。
ここは何も現実のプレイヤーだけではなく、本編中に登場した初心者たちも数多く利用している。
ほら、例えばあそこにいる金髪の少年『トム』くんがそうだ。
彼は各地の『初心冒険者たちの部屋』を訪れてはあーやって土人形と延々戯れているのだ。可愛らしい。
そんな彼と同じく、ピッカピカの初心者、レベル1の私が連れてこられた場所は、最もクリア簡単なFランク級部屋『土人形の巣窟』だった。
ここでは物言わず動かぬ土で出来た人形たちと模擬戦闘を行う事ができる。
土人形のHPはざっと20。その日の人形くんの出来と天候条件次第で、最大HPはこれより少々前後する。
とは言っても、腐ってもここは初心冒険者の為の訓練施設。
土人形の方から襲いかかってくることは決してない。
もっとレベルが上がると、今度は動く土人形を追いかけて攻撃を当てなければいけなくなり、そこそこ難易度が跳ね上がる。
それでも土人形が相手のうちは、絶対に『攻撃』は飛んでこない。
これを造った錬金術師によると、そのようなプログラム……もとい術式は組み込まれていないようだ。
まずは自分の限界がどこにあるのかを知る。
知ったのち、どこまでなら通用してどこからが通用しないのか、弱点を効率よく突くことができるのか、できないのか、徐々に個人のプレイスタイルを確立していく。
ゲーム狂時代、私はこういった施設を一度として利用も確認もすることなく過ごしていた。
まぁ初めのうちは脳死でストーリー進めたり、敵をめちゃくちゃ倒したりで忙しくて、利用する暇がそもそもなかったのかもしれない。
だからこの体験は非常に新鮮である。
とまらぬワクワクに身を委ね、ぴょんぴょん飛び上がって喜んでいる私をよそに、マックスさんはひょっこり顔を出してきて言った。
「それじゃ終わったらいつでも言ってくれよ。部屋の外で待ってるからな。大抵疲れて終わっちまうだろうから、こまめに休憩とか挟んで早めにな。ここ水置いとくぜ」
「はーい」
そう言って水の入った木製の水筒を置いていくマックスさんのお人好しっぷり。
個人的にツボです。たまらんです。
というか、現実にマックスさんが居たらこんな感じになるのか。
やべえ堪らねえ。ミランダさん生活万歳。
――っといけないいけない。
今は感心よりも強くなる事に時間を割かなくては。
もしここまで育成を進めていなかったと仮定すれば、この時点はストーリー序盤終了付近、『ミランダの帰郷』のはずだ。
つまりタイムリミットは最低でもあと三ヶ月ちょい。
この時間はシナリオ内に度々出てくる『そして〇〇日が経過した――』というアナウンスと、今後訪れるであろう施設の宿に泊まった時間の大まかな合算だ。
ゲーム内時間が現実のものと同様とは限らないので、実際はもっと短いかもしれない。
時間は1秒たりとも無駄には出来ない。
「よし……やるぞ」
手にした木の杖を握りしめ、眼前の罪なき土人形目掛けて思い切り振り回した――!
土人形は壊れるどころかその場から動くこともなく、のほほんとした表情のまま傷一つなく佇んでいた。
「あ、あれ……おかしいな。これダメージ入ってる……のかな? ……ええいもう一度!」
剣道部のような掛け声と共に、今度は持てる力の全てを注ぎ込んで土人形を殴りつけた。
すると「バキィ!」という音がして、手元を見ると木の杖が真っ二つに折れてしまっていた。
「あっ……ああああああ〜貴重な武器がぁあああ‼︎」
ミランダは木の杖を失った!
攻撃力と一緒に私のテンションまで下がってしまった。
どんだけ脆いんだ初期装備。
そんでもってどんだけ硬いんだ土人形。
このゲームに耐久度とか無かったと記憶してたんだが、それすら上回るヘボっぷりだったという事だろうか。
だとしたら少々凹む。やはりゲームと現実は違うという事だろうか。
しかもたった数回軽い木の杖振り回しただけだというのに、既に私の身体はぜぇぜぇと息を切らしていた。
体力無さすぎだろう初期ミランダさん。
本当にこれじゃ一介の町娘を出ないではないか。
やはりまだパーティーの後ろの方にくっついて極力戦闘参加を避けて、経験値だけを寄生虫のようにちゅうちゅう吸えば良かっただろうか。
いや。むしろ今こんなレベルなのに、いついかなる危険に遭遇するか分からない旅路で、絶対に死なないとは限らない。
マックスさんがスキル『博愛の精神』を覚えてメンバーの盾になってくれるのはストーリーでも後半中の後半。
レベルではなくストーリーイベント(それもミランダさんが抜けた後)に習得するという嫌がらせみたいな仕様なのだ。
よって敵にいつかタゲられた日には死別を待たずして死亡してしまう。
もしかしたらゲーム同様イベント外の死では生き返らせてもらえるかもしれないが、そこで一発人生終了かもしれないのに、そんな危険な賭けには出られない。
意地でもここで強くなるしかないのだ。
この付近だったらええと、次の街までに大体レベル10〜15までになっていればいいな……。うん。
「無理ゲーが過ぎる‼︎」
私はしきりにステータス画面を確認してみるが、何度見ても私のレベル欄に刻まれた数字は「1」のままだった。
しかも「攻撃力」の値は武器破壊によってとうとう「0」になっちゃってるし。
「0」って事はないでしょ「0」って‼︎
もうそれ今後ダメージを与えられないじゃないですか!
蚊の方がまだ攻撃力あるじゃないですかそれ!
ということは裸ステータスのミランダさんは元々攻撃力0ということ。
いやまあレベル1だし物理系キャラじゃないから分からんでもないんだけど……。そういや公式のキャラ紹介で「虫も殺せぬ乙女」とか書いてあったな。
どんだけ箱入りなんだ町娘。
記憶していた加入時レベルは確か「8」だったこともあり、それほど弱さを感じなかったミランダさんだが、今回は初期も初期のクソザコミランダさんがありがた迷惑にも拝めたというわけだ。
どうする。とりあえず武器を新調しなければお話にならないだろうけど、生憎の所持金が…………
【ミランダ・クロスフィールドの所持金は 現在0Gです】
「全てにおいて詰んでる‼︎ お小遣いくらい貰っててミランダさん‼︎」
多分パーティーで財産共有とか出来るのかもだけど、折角彼らが汗水垂らして稼いだ金を「武器壊れちゃいまちた! お金くだち!」なんてどのツラ下げて言えようか。
またマックスさんに頼るわけにもいかない。
あの人多分頼んだらなんでもしてくれそうだけど。
「仕方ない……今は素手でなんとかしますか……」
このまま何もしないよりはマシと、私はひたすら土人形相手にスパーリングを繰り返した。
攻撃力0なのでお互い壊れ知らずのぽかぽかほんわかデスマッチだ。
もしかしたらクリティカルヒットが出ていずれ倒せるかもだし。
ちなみに攻撃力0の状態でも、クリティカルダメージは必ず1以上出る。多分クリティカル出したのに大きく「0‼︎」と表示されるシュールさをプレイヤーから突っ込まれない為の苦肉の策だろう。
「よーしなんとか頑張るぞ〜」
◇ ◇ ◇
なんか数えてはいないが、既に1000回は達しただろうか、流石にちょっと疲れてきた。
木の棒振り回すより体力消費は抑えられているものの、なかなかクリティカルヒットに恵まれず、ようやく最後に殴った一発がクリティカル判定となり、ボコボコに殴られ続けた土人形はコテっと地面に倒れた。
「や…………やったぁ〜…………」
大汗に塗れ疲れ果てた私を嘲笑うように、土人形君は倒れて2秒で充填・もとい復活を果たした。
まぁこれは訓練所の仕様なので驚きもしないが、ちょっと複雑な気持ちにはなる。
大の字になって地面に横になると、どこからかファンファーレのような音が聞こえて来た。
【ミランダさんのレベルが上がりました】
「お、おおおつ、ついにぃ〜……」
ようやくこの地獄から解放されるように攻撃力が増加し「2」という数字を刻んだ。
するとまだまだアナウンスが続くようで、気になった私は閉じる前に見てみた。
【スキルを獲得しました】
不屈のタフガイ
効果:武器を装備していない状態で与えるダメージが常時2倍
取得条件:素手状態の通常攻撃を通算1000回以上行い、かつとどめをさす
「お、おお……なんかスゴイスキルもらっちゃった」
それは生前プレイした中でもまだ見ぬスキルであった。
攻略情報でなんとなくある事は知っていたのだが。
やっぱり1000回以上殴ってたのか。
こうしてきちんとカウントアップされると安心する。
しかし私の獲得したスキルはどうやら一つではなかったらしい。
「なんだろう……まだあるみたいだけど」