31 私、負けイベントですか!? 〜暴君との強制戦闘〜
「よぉし。みんな準備はいいな? そろそろ行くぞ」
「うん。マックスさんこそ忘れ物ないよね?」
「俺も準備はバッチリだ。ミランダも妖精さんもいいな?」
「私も大丈夫です!」
《いつでもできてるわ》
「…………行くぞ」
こうして私たち4人と妖精1匹のパーティはオーネスを旅立ち、北東の関所に向かっていく事にした。
進むたびに荒れ狂う吹雪が、一行の行手を遮ろうとしていた。
「へぇっくしょぉおい‼︎ ういいぃ……寒ぃなぁ……」
人一倍寒がりのマックスさんは鎧に付随していたマントで腕から包みまくってガタガタと震えていた。
完全耐性のある私はともかく、他のメンバーは寒さ慣れしているのか、この猛吹雪の中にいても元気よく歩き続けていた。
レイブンさんなんかは完全に雪景色ではしゃぐ子供にしか見えなかった。
寒がりの彼を煽るよう軽快に雪の中で足跡を残しながらステップを踏み鳴らしていく。
「マックスさん大丈夫? もう全身凍っちゃって動けない感じ〜?」
「ば、馬鹿野郎! そそそ、そんなんじゃね……は、はっくしょぉおおおんっ‼︎」
硬い筋肉から熱を発している訳ではないのか、今の彼は見ていてとても寒そうだ。
自前のコートを脱いで「これ着ろよ……(イケヴォ)」とかやりたかったが、それやると目のやり場に困ったり仲間に古着を着せることになるので流石に断念した。
宝珠、マックスさんの分もあればよかったんだけど。
秘宝がそう易々と量産できるわけもないか。
雪は歩けば歩くほどより深く、より寒くなっていくというのに、肝心の関所は全くと言っていいほど見えてこなかった。
痺れを切らしたマックスさんが、震える歯を鳴らして叫んだ。
「な、ななぁ。あそことかに見えるロッジで暖を取らねえか? それかあの岩場でも良いぜ……こ、このままじゃ寒すぎて死んじまうよ」
「ロッジなんてどこにもないよマックスさん。寒すぎて幻覚見えてきちゃってるんじゃないの〜?」
「……俺たちは今出たばかりだからな。早々に引き返すわけにもいかない。関所に着くまでもう少しの辛抱だ」
2人ともあまり寒がりのマックスさんには寄り添おうとはしなかった。
とはいえスラッシュくんの言うように今来た道をもう一回戻っていくのも同じくらい大変なので、ここはどうにか頑張ってもらうしかないのだが。
「妖精さん……前私に掛けてくれた障壁魔法、マックスさんにも掛けてあげることってできますか?」
《無理ですね。私の魔法は飽くまで私が認めたマスターにしか及ばないので》
本当妖精さんは私以外の人間にはめちゃくちゃバッサリだった。
薬草の妖精さんがそんな血も涙もない事を言って良いのか。
仕方ない。バリアがダメならせめてこれだけでも。
「あの、マックスさん。これよかったら食べてみてください。寒さがおさまるはずですから」
必死で寒さに耐えているマックスさんに手渡したのは、以前私が妖精さんからいただいた薬草『ホットリーフ』だ。
同じように効果があるかわからないが、このまま寒さで雪だるまになるよりはマシだと思ったので、マックスさんに渡してみた。
マックスさんは奇妙なものを見るような目つきでそれを受け取ると、一気に全部丸ごと口に含んで飲み込んだ。
「うお……お……お……なんか不思議な味がすんなこれ…………おっ、おおおおおっ‼︎ なんかあったまってきやがったぜーっ‼︎」
そう言うと彼は燃料投下された蒸気機関車のように勢いよく雪道に人の形を残しながら突き進んでいった。
「お、おいマックス――」
「お前らも早く来いよ! 関所は目の前だぜ〜‼︎」
「ったく……調子に乗るとすぐにこれだ……」
「さっきまで寒がってたのにね〜」
呆れ顔の勇者と小生意気に笑う魔法使いは、一気に先頭に乗り出した彼を追いかけるべく雪道を駆け抜けていった。
私も置いて行かれないようにペースを合わせて走った。
「ぜーっぜーっ」
いくらステータス上は鍛えていても、肝心の体力にはほとんど影響しないため、生前から体力クソザコのナメクジな私はすぐに息が切れた。
結局私が最後尾になってしまった。
運動が苦手で嫌いだった私にとって、こればかりはどうしようもない事だった。
どうにか雪に埋もれた地帯をくぐり抜け、巨大な橋の前にそびえ立つ赤いレンガの関所が目に入ってきた。
門前には憲兵が2人ほど突っ立っており、しばらく暇そうに空を眺めていたが私たちがやってきた事を視認すると入り口を塞ぐように移動した。
「止まれ。この先許可なき者は立ち入り禁止である」
厚手の緑服を着た憲兵が勇者の前に立ちはだかった。
勇者はカバンの中から印の押された紙切れを取り出して憲兵に見せつけた。
「俺たちは『グラミール王国』の国王から正式に依頼を受けた者である。この先にある大国『ガルガンドラ』にて用事があって参上した」
「はっ。ではこちらの方失礼します」
憲兵は勇者の書状を受け取り、じろじろと見回した。
「……失敬しました。どうやら本物に間違いないようですね。『絶壁の登山道』はこれより遥か先にございます。どうかお気をつけて」
「お勤めご苦労」
勇者は憲兵の肩を叩いて、関所を通り抜けていった。
スラッシュくんは基本厨二病が抜け切らないお年頃なので、よくこうやって格好つけるところがある。
背中で語る男――にはまだなっていなかったが、世界の命運を背負って使命に向かい突き進む彼の姿は中々に頼もしかった。
残された面々も憲兵に頭を下げて、関所を通り抜けていった。
関所の向こうはすぐに橋になっており、その先はまだまだ長そうだった。
幅はそれほど広くはなく、下を見下ろすと切り立った崖から続くものすごく深そうな穴があった。
「ひ、ひえぇ……こわいよぉ」
レイブンさんは高いところが苦手なので、底の見えない程高い橋の上でぷるぷると震えていた。
生意気なこと言って、案外可愛いところあるじゃないか――なんて知ってたけども。
なので彼を連れて高い塔の屋上とか行くと、ちょっと面白い会話イベントがあったりするのだが、今度連れて行ってみようか。
「なんだよレイブン。落ちたりしねえから怖くねえよ。ほれほれ!」
「うわっ! わわわっ! あ、危ないじゃないか。み、ミランダ〜助けてよ〜」
先ほどまでの仕返しと言わんばかりに、マックスさんはとてもイキイキとしながらレイブンさんをからかっていた。
涙目になってこちらを見つめてくるレイブンさんは完全に犯罪臭しかしなかった。
やべぇ。こいつら可愛いぞ。
マックスさんは何度もニヤニヤとレイブンさんをつつき、その度に彼は悲鳴を上げていた。
落ちないにしても、相当な高さだし怖いのも頷ける。
みんなと一緒じゃなきゃ、絶対に渡りたくない。
やがて全員が橋の中央まで渡り切ったところで、周囲から地鳴りのような轟音が響き渡った。
「なっ、何だ⁉︎ 地震か⁉︎」
真っ先にレイブンさんがびびって頭を抱えながらしゃがみこむ。
マックスさんとスラッシュくんは互いに背を合わせ、剣を抜いて臨戦態勢に入った。
するとズドンと橋の下から巨大な何かが勢いよく顔を出した。
ぐらりと石の橋が破片を舞い上げながら大きく揺れ動く。
必死で床に手をつけてふらふら立っていると――煙陣から怪物が姿を現した。
「くそっ! 『暴君』だ!」
マックスさんのその叫び声で、ようやくその正体を思い出した。
何もないところでいきなりエンカウントしてくる強敵――『暴君』の二つ名をもつ怪物。
全身漆黒の硬い鱗に包まれた、龍のような太い蛇だった。
外見上目玉や鼻は存在していないようだったが、代わりに鋭敏過ぎる研ぎ澄まされた超感覚でそれらを補っていた。
タイラントに対する対策は――これといってない。
いわゆる負けイベント。
初見ではその圧倒的な強さから自信をなくし、しばらくプレイを断念するか、開き直ってひたすらレベル上げをするかの二極化する。
彼を倒せる適正レベルは『70』――いや、場合によってはそれ以上必要な化け物なのだ。
余りにも硬い黒き装甲は、並の冒険者はもとより熟練冒険者であってもかすり傷ひとつ付けられないほどの強度を誇る。
そしてすさまじい反射神経から繰り出される予測によって、大抵その馬鹿みたいに高い攻撃力による『反撃』で手痛い返り討ちに遭う。
守備をガッチガチに固めればいいとかそういう問題でもなく、ある程度時間が経過すると、強制的にこちらのHPを1にしてくる大技『ジェノサイド・サイクロン』を使ってきて戦闘が有無を言わさず終了する。
確かここは強制イベントだったような。
そのあと色々紆余曲折を経て絶壁の登山道に向かう事になるはずだ。
何か海外移植版で手を加えられていない限り。
皆さんのレベルは「36〜40」。
かなり強い部類に入るのだが、それでも目の前の暴君とまともに相対するには全然足りない。
怒りに満ちた殺戮の暴君にHP丸ごと削り取られて全滅するのがオチだ。
そうなる前になんとか逃げ出したいものなのだが、この戦闘からは離脱できない。
ある程度のところまで進んだら、謎の力が働いてそれ以上進めなくなるのだ。
むざむざ仲間が殺されていくのを眺めるしかできないのか。
いや、それだけは避けねばならない。
戦闘前の筋トレを済ませ、私はみんなの前に立って暴君へと刀を向けた。
「み、ミランダ――?」
「こっちよ暴君! お前にとって美味しい美味しい餌はこっちよ! 狙うならここにしなさい!」
私は日本刀の柄の部分を胸の前に押し当てて、全身全霊で暴君に向かってアピールした。
これで仲間は狙われないはず。
そしてその通りに、暴君の鋭く大きな牙が私の肉体に噛み付いてきた。
「――っ‼︎」
しかし一度だけならどんな攻撃でも防げる加護のお陰で、私は痛くもなんともなかった。
だが、地面は暴君の硬い身体によって勢いよく削られていき、橋にはヒビが入り始めていた。
なんとか橋が崩れないよう時間内に暴君を追い返す――!
握られた日本刀の切先が、漆黒の暴君に向けて光を放っていた。




