01 私、転生しちゃいました?
「いや何回考えてもあり得ないエンドだわ〜」
ベッドから勢いよく身を乗り出して、そのような戯言を呟いたのは一人の女性だった。
だが彼女は起きたばかりで寝ぼけていたのか、ハッキリと視界が確立しなかった。
ぼんやり瞼の歪んだ景色から、目を擦って強引に開けてみるとどこもかしこも見慣れぬ家具に満ちた世界だった。
――あれおかしいな。
さっきまで『ファンタジア・クロニクルクエスト』をやっていたハズなのだが……。
ていうかここ、どう見ても私の家じゃないし……。
それなのに妙に見覚えがあるというか……。
気になってベッドから降りようとしたその時、彼女の耳にドタドタと忙しなく駆け巡る音が聞こえてきた。
勢いよく開かれた扉の先には、エプロンドレスを身に纏った女性が立っていた。
片手にバスタオルをつけた桶を抱えており、起き上がる彼女を視認すると、瞳に大粒の涙を浮かべて微笑んだ。
「ああよかった――。もう一生目を覚まさないんじゃないかと心配したわ。ミランダ」
……はい?
ミランダ? いやいや私の名前は丹羽美波ですけど。
そんな書館で憂いを帯びて佇んでそうな外国人の女性ネームじゃないんですけど。
……いや待てよ……?
ミランダっていえば確か……。
彼女は喜んで抱きしめようとする女性から逃れ、鏡のある洗面所に爆走して行った。
洗面所は思っていた通りの場所にあり、鏡にはよく知る人物が映り込んでいたんだ――。
「ミランダ……ミランダ・クロスフィールド……?」
そう私は――『ファンタジア・クロニクルクエストⅥ』に登場する死別ヒロインキャラクター、ミランダさんに転生したようなのだ。
◇ ◇ ◇
一通り顔をペタペタ身体をペタペタあちこち触って確信する。
このピンク色の美しい長髪、くりくりとした愛らしい栗色の瞳、キュートな唇にあるセクシーなほくろ。
ちょっと芋っぽいけど品のある可愛らしさを演出している絹のドレス。
そしてお淑やかに主張を続ける無いようであるような微乳。
サイズ感はまさしく「一般の成人女性」――。
どっからどう見てもミランダ・クロスフィールドさんのパッケージイラストそのものの姿だった。
一瞬出来の良いコスプレをした自分かと思ったが、それまでゲームでも見たことない銀のブローチがポケットに入っていた事からその線は極めて薄くなった。
てかこんなもちもちとした可愛らしい女の子が自分なわけあるか。
一体何億積んだらこんな別人レベルで整形出来るんだ。
傍から見れば『何あの子……気でも違ったのかしら』と言われてもおかしくない不審な挙動を取ってしまったが、今はこうして自分の気持ちとも折り合いをつけ、ミランダさんとして振る舞っている。
彼女に転生――したと思い至った切っ掛けは断片的な記憶の中にある。
うっすらと思い返してみて、ゲームをやっている自分と赤いりんごを見たときに救急車の光を連想させたので、この二つにはなんらかの因果関係があるとみて間違いないだろう。多分。
肝心のその詳細まではてんで思い出せないのだが、あのゲームのような悪夢を見た直後に胸の奥にある激しい痛みや苦しみを覚えた。
これらのことから恐らく現実世界での私は死んだのだろう。
そして何故かミランダさんとして生きる事になった……。わからん。
先程のお年を召した女性はミランダさんの母親ことマダム・リリー。
数少ない名前のあるモブだが、名前の出る機会がミランダさんの過去回想の初回一回しかないという大変貴重なキャラクターだ。
このゲームのクイズで『ミランダの母親の名前は?』と聞かれても首を傾げるプレイヤーは多い。
ちなみに私は全て暗記している。
というかめちゃくちゃやりこんでいた。
ほんのつい最近まで。
『ファンタジア・クロニクルクエストⅥ』。ジャンル・育成RPG。
ゲーマーの中でもコアな層にひっそりと愛されている『ファンタジア』シリーズの第6弾だ。
銀髪ツンツンヘアーの主人公が、様々な人と出会って成長し、悪と戦い平和を取り戻すという陳腐なサクセスストーリーだ。
その中でも一番話題性の高いキャラクターが何を隠そうこの『ミランダ・クロスフィールド』さんなのだ。
彼女は物語のとある局面――進行度でいえば中盤終わり頃に、いきなり死別してパーティーから離脱してしまう。
何の前触れもなく唐突に彼女が死んだ事で、当時プレイ中だった私も流石にショックを隠しきれなかった。
彼女について語るなら――とにかく不幸。それに尽きる。
スタッフはミランダさんに何か恨みでもあるのかと問いたくなるほど、彼女にとって辛く残酷なストーリーが続いていく。
まず彼女の齢5歳の時、盗賊の一団によって唯一の親友を目の前で殺され、旅立ちを決意したその数年後に故郷の村が魔物により全焼し、信じていた家族の生き残りによって奴隷として売り飛ばされ、出会えた主人公たちとも前述の通り最後には死別して、遂には今生とも別れを告げる。
……と軽く列挙してみるだけでこの胃もたれよう。
彼女にはとにかくこの世の不幸に愛されているとしか思えない程悲惨な人生が待ち受けているのだ。
想像しただけで身震いする。
潔い死に際もそうだが、彼女の精神力は並外れており、それがまた強く印象に残るキャラクターとなっていた。
どんな不幸にも決して根をあげて屈したりする事なく、いつも笑顔を忘れない明るく優しい彼女が好きなファンもいる。
しかしまさか自分がそのミランダさんになってしまうなんて……。不思議なこともあるもんだ。
焼きたてのアップルパイを口に放り込んで、ちょっと気になった事をやろうと思って椅子から立ち上がった。
「えーとステータスステータス……どうすれば見れるんでしょうか?」
とりあえず私は目を閉じて自分の個人情報を強く念じてみた。
するとどこからともなく風を切る音がして、目の前にパネルが広がっていた。
名前:ミランダ・クロスフィールド
職業:町娘
種族:人間
性別:女
年齢:18
Lv1
HP 14
MP 2
こうげき力: 2
ぼうぎょ力: 4
すばやさ : 7
まほう力 : 3
しんこう心: 5
うんのよさ: 0
きようさ : 3
固有スキル :なし
習得済み特技:なし
装備
頭防具:花の髪飾り
上半身:かわいいドレス
右 手:銀のブレスレット
左 手:木の杖
下半身:かわいいドレス
足防具:皮の靴
装飾品:おまもり
「うわ……私のステータス低すぎ……」
改めて見るとツッコミどころ満載のステータス画面である。
こんなんで旅出るとか舐めてるのか。
何気に運の良さ0が、今後の彼女の不吉な未来を暗示しているようでならない。
装備品も大概ふざけている。
第一「可愛い」ドレスって何だ。見る人によって定義ブレブレじゃないかそんなもの。
装飾品も「お守り」て。いや無いよりはマシなんだろうけど。
見て分かる通り、ミランダさんは回復魔法に必須のステータス、信仰心と素早さに恵まれた、典型的な僧侶・魔法使いタイプだ。
しかしレベル1故か、何一つ魔法も特技も覚えていない。
これから今まさに旅に出るところ――なのだろうか。
思案に暮れている頃、今度は大きな体格をした筋肉質の男が部屋に入ってきた。
当然彼の顔にも覚えはある。
「おお。ホントに目が覚めたみたいだなミランダ。みんなお前のこと待ってたんだぜ」
「……マ、マックスさん?」
戦士マックス。ムキムキの厳つい見た目によらず、困っている人を放ってはおけないという筋金入りのお人好しだ。
このゲームで一番最初に仲間になるのが彼なのだ。
HPはパーティーでもダントツ1位で、攻撃力と守備力が順調に伸びていく肉弾戦は任せろな前衛タイプ。
ちなみに大の犬好きである。
いやぁ、はてさて。自分がミランダさんになったというだけでも衝撃的なのに、この上割と推しのキャラクターにまで遭遇できるなんて。
ファンとして黄色い声援を張り上げたいところではあったが、グッと堪えて我慢した。
こうして見るとホントおっきいな。
身長190センチはあるんじゃなかろうか。いやはや同じ二十代とは思えませんな。
……今はミランダさん年齢で18だけれども。
よくいうアイドルとかがテレビで見るより小さく感じる現象があるらしいが、これはまさにその逆。
実物はかくも素晴らしい物なのかと心躍らせている私を見て、彼は不思議そうに「?」マークを顔に浮かべていた。
さてさて彼がいるということは当然主人公君、デフォルトネームは確か『スラッシュ』。彼もどこかに居るはずだ。
なかなかにとんがったネーミングの通り、こうと決めたら一直線! な感じが目立つ、基本クールだけど熱入るとやばい系の男子だ。
彼は16歳という異例の若さで旅立ち、そのまま世界を救っちゃうという大偉業を成し遂げるスゴイ奴だ。
と、ここで私には一つの考えが頭をよぎった。
まさか私、このまま旅に出るのか?
い、いやいやいや! 死ぬって!
てかもし仮に運良く死ななかったとしても、結局中盤で死んじゃうじゃんミランダさん!
まずい。これは非常にまずい。
なんでか知らないけどもうパーティーに入っちゃってる以上、下手に逃げたり家に引きこもって離脱とかできない。
ならどうする。
……もし私に、ミランダさんとしてできることがあるとすれば。
戦士マックスが引く手を止めて、私は立っていた。
「んっ? どうしたんだミランダ」
「わ、私……強くなりますっ! 死なないためにも‼ なっ、なのでその……修業とかしたいのですが⁉︎」
これが今の私、『ミランダ・クロスフィールド』として辿る、誰も見たことのない新たな人生の第一歩だった。
誤字脱字等、その他おかしな箇所を訂正しました。
「妙齢の女性」→「女性」に




