23 私、絶体絶命…………?
「わーっすごい……氷がキラキラ綺麗ですね……」
人を襲っていたかにみえたビッグフットさん。
彼らの仲間であり、長である「イエティ」さんが謎の凶刃に傷つき倒れて弱り果ててしまった。
そんな長を救うために、ビッグフットさんは火が起きている地を巡って片っ端から火消しをしていたという。
長を救う唯一の方法はビッグフット族に代々伝わる秘薬――『氷の特効薬』を傷に塗ること。
人間には効果が無いというそれは、ビッグフットに対して用いればどんな万病や瀕死の重症にも効果を発揮し、一発で治るほどの効能があるそうだ。
だが、そんな夢のような特効薬を入手する唯一の道もある日を境に絶たれてしまったという。
今、私たちが歩いているのはその洞窟の最奥部。
曰くビッグフット族の中でも長に次いで力を持つ者でも、特効薬の在処にたどり着くことすらできなかったという。
その入手を邪魔する『謎の力』の正体を探り、念願の特効薬を無事に手に入れて帰るのが今回私たちの受けた依頼だった。
《マスターは本当に心優しいのですね。何故彼らのような種族を助ける必要があるのでしょうか。マスターは今とってもお忙しい身だというのにっ》
妖精さんは細い腕を交差して組み、ぷんぷんと可愛らしい怒りを露わにしていた。
「だって……放っておけないじゃないですか。このまま私が見捨てちゃったらボスのイエティさん、死んじゃうかもしれないんですよ。それに私もビッグフットさんへ誤解からとんでもない非礼を働いてしまったのですから。ここは誠意を見せるためにも私が人肌脱げばいいんですよ!」
しかし妖精さんは今ひとつ得心のいっていないご様子で飛び回っていた。
もう謝罪もしたし、回復までしたからそれでその件はチャラ――そう言うのである。
たしかにその面だけでいうならこの話はそこでもう終わっている。
だからこれは私の気持ちの問題なのだ。
偽善――まあそうなのかもしれない。
こんなイベントだって正直あったかなかったかも分からないし、もっと他にやるべきことが私にはあるのだろうけど。
《……まあでも、それがマスターの良いところで私が大好きなところですよね! 無関係だった私もそうして助けていただいたことですし》
「うん。そうだよ。困ってる人がいるなら、私はできるだけの事はしたいな」
ミランダさんはそうしたのだろうか――散々不幸な目に遭ってきた彼女のことだから、きっと手を差し伸べていそうなものだけれども。
ゲームをやっているだけではわからない、さまざまなドラマに満ち溢れているのだ。それこそ、現実と同じくらい。
ただミランダさんとして生きているだけより、ずっと面白いじゃないか。
彼女のやりたかったであろう事、やりたくてもできなかったことを私が代わりにやってあげよう。
うまく言葉にはできないけど、それがただ強くなる事よりも大切な、私に与えられた役割だと勝手に思っている。
決意も新たに踏み出した足を止めるよう、それまではなんともなかった景色が突如猛吹雪に包まれていった。
「な……んですか……っ! これは……!」
《マスター! この先から何か力強い生命の波動を感じます!》
両腕で痛いほど差し込んでくる吹雪を遮るのに必死な私の側で、妖精さんがそのようなことを叫んでいたのが聞こえた。
波動――。
確かビッグフットさんもそのようなことを言っていたような。
一体何が待ち構えているのか。
気になって前に進もうと試みる両足は、荒れ狂う突風によってそれ以上動かすことができなくなってしまっていた。
妖精さんの生成してくれた『ホットリーフ』のお陰で寒さは感じない。
だが、風の勢いが強すぎて一歩も進むことができない。
強烈な力で押し返されているような感じだ。
「どうすれば――」
どうもすることができず、ただそこで立ち尽くしていた私に、妖精さんが魔法による手助けをしてくれた。
《一時的ではありますが、マスターにも私と同じ障壁魔法を張りました! 効果が解ける前に急ぎましょう‼︎》
「あ、ありがとう。リーフルさん!」
妖精さんの放った魔法は小さな緑色の円状になって私の周りを纏っていた。
先程までの足止めされていた強い風を一切感じない。
手も足も動く。視界もクリアだ。
よし行ける!
私は魔法が消えてしまう前にと、脇目もふらず一直線でその謎の力の発生源に向かって突き進んでいった。
この障壁魔法で遮られているからいいが、相変わらず景色は一面猛吹雪の真っ白な空間のままだった。
どこまで歩いているのか、右も左も上下左右も前後さえ分からない状況だった。
しかし妖精さんはその者の放つ『波動』を感じ取っているようで、彼女についていけばいずれその場所に到達すると確信していた。
間もなく、白い吹雪の中で紫色に光る〝何か〟が見えてきた。
二つ光っていることから怪物の目のようにも見えるし、両腕から力を解き放っているようにも見えた。
おそらくあれが洞窟全体に吹き荒れる吹雪の、そして『謎の力』の根源だろう。
元はただの一般人で魔法とは無縁の私にも、はっきりとその威圧感が伝わってくる。
力の根源に近づく度に風は徐々に薄くなっていくのに、そのえもいわれぬ澱んだ雰囲気は強くなるばかりだった。
ようやくその終点にやって来ると、それまで私の周りに張り巡らされていた障壁魔法がタイミング良く解除された。
なんとか間に合ったようである。
ここまで来るとバリアが無くとも、自分の足で立っていられるようでありほっとした。
息も絶え絶え、私はその力の根源に向けて目を見開いた。
『ゲヘヘヘヘ。おいおい久しぶりのお客様がやって来たと思いきやあのデカブツ共じゃなくてガキと女かよ。こりゃとんだ珍客襲来だぜ』
その魔物は氷の溢れる洞窟の終点で、禍々しい邪悪な光を両目に宿し、周囲の氷塊を玩具にしながら浮かせて愉しんでいた。
顔つきは鉤鼻のリスザルそのもので、左右に飛び出した眼球と異様に発達した前歯が特徴的な、白い毛皮に覆われた細身な筋肉質の猿だった。
その飄々とした面構えからは想像もつかないほどの邪気を全身から解き放っており、間違いなく洞窟全体を覆う謎の力の根源はこいつであることが一目で理解できた。
さしもの妖精さんも彼の存在を一瞥すると、その圧倒的な威圧感から静観を決め込むしか出来ないでいた。
「あなたなんですね? ビッグフットさんたちの薬を取らせないようにしているのは」
『ヘッ。あーそうだよ。あんなデカイだけが取り柄の猿どもにこんなお宝は相応しくねえからな』
《猿って……あなたも似たようなもんじゃない》
ようやく開けた口から飛び出した冷淡な発言も、妖精さんの顔つきから強がりであることは明白であった。
額から汗を滲ませて眼前の怪物を睨みつけていた。
『オレ様をあんな奴らと一緒にするんじゃねえええええっ‼︎』
怒り狂う怪物の激昂で、周囲の岩や氷は砕け散り、風圧が強烈な風を呼びながら私たちを引き裂いた。
妖精さんはそれを予期していたのか、瞬時に私にも再び障壁魔法をかけてくれたが、邪悪な咆哮一発で消し飛んでしまった。
『いいか雑魚ども! オレ様はなぁ⁉︎ 偉大なるあのお方から力を賜って、今や全知全能、最強最悪の力を手に入れたスノーエイプことマスター・ガリング様だぞ!』
醜悪と憎悪に満ちた表情で、彼は紫の雷を片手に集めてバチバチと鳴らしていた。
《何が全知全能よ――私のマスターの方がよっぽど強くて頼りになるわ!》
「ちょ、リーフルさんこんなところでヨイショしなくても!」
それを聞いてガリングの目つきが変わった。
『面白ぇ……。ここまでたどり着いた時点で並の人間じゃねえってことはよぉく分かってるつもりだ。ならその力ってやつを拝ませてもらおうじゃねぇかぁあああっ‼︎』
かくして闇の力の根源、ガリングとの決戦が始まった。
まずこれだけは忘れられない。
寝ても覚めても歳を食ってもやめられない〜な筋トレ。
これにより一度だけあらゆる攻撃を無効にするバリアが完成する。
そして予想通り、戦闘中に行ったその一見意味不明な行動に腹を立てた猿が集約した闇の力をこちらにぶつけてきた。
『舐めてんのかぁああ! 死にやがれ!』
しかし通常なら焼け焦げて本当に死んでいたであろう強烈な一撃も、今の私に届くことはない。
『何ぃ!』
そうして私は『反撃』の準備を進めていく。
盗賊さんたちは人間相手だったので試せなかったが、今なら使える。
苦難を乗り越え入手した伝家の宝刀――日本刀が。
鞘から勢いよく抜き出した刀身が、邪悪なる存在に向けられる。
冷たい空間を切り裂くように、私の初剣撃がガリングの胸部目掛けて繰り出された。
『ぐああああああっ‼︎』
やった――。
レベル差によって発動したスキル『ジャイアントキリング』による強化補正+攻撃力120増加による一撃だ。
手応えもある。これを受けて無事で済むはずが――
『…………なーんてな』
しかし眼前の邪悪な猿は、胸で日本刀を受け止め弾き飛ばした。
あ、ありえない――。
たしかに胸を切り裂いたはずだ。
予想だにしなかった光景に焦りを覚えてじろじろと切りつけた箇所を見渡す。
切り傷こそ間違いなく出来ているものの、大した深手になってはいないようで、やがて直ぐにその傷が塞がれていった。
そしてその瞬間に遅れて先程のガリングによる一撃に対する、もう一つの『反撃』が繰り出された。
巨大な竜巻が闇ごと吹き飛ばそうと彼に襲いかかるが、それを見てから片手で跳ね除けてしまった。
「そ、そんな……」
『効かねえよお前らのチンケな魔法なんざ‼︎ あの方から授かったこの闇の力があればあらゆる魔法は無に帰しちまうってわけだ!』
そんなバカな。
第一こんなに強い敵が中盤もいいところなこの地方にいるはずがない。
しかしこれでいつもの鉄板パターンを覆された私は、一転して大ピンチとなってしまった。
頼みの綱の筋肉の加護も剥がされ、これまでそれなりに効果のあった十八番の魔法さえ通用しない。
ならばと思い新調した新しい武器による一撃もまるで歯が立たない。
『もう――終わりか?』
怪物の言うように、私たちに出来る手立てはもう何も残されていなかった。
『ならそろそろくたばるんだな人間。暇つぶしにもならなかったな』
諸悪の根源の放った闇の雷鳴が、私たちに向けて無慈悲にも振り下ろされていった。




