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113 私、奈落に落ちました。

「ふぅ……ここはお城の地下でしょうか……」


 女王の転移魔法によって私は謎の空間に辿り着いてしまった。

 足元がぬるっとしており、なんだか気味の悪い世界だった。

 なんだか、とても王族のいるような城とは思えないような。

 そもそもここは本当にお城なのかという疑問が生じてくる。

 彼女は『奈落』に叩き込んで永遠に拷問するとは言っていたが、その奈落がどこなのか検討もつかなかった。

 でもお城の兵士たちが『城に地下にはとんでもない化け物がいる』、『噂じゃ女王様に逆らった奴は奈落と呼ばれる地下牢にぶちこまれる』と言っていたような気がする。

 だが、城のどこにも下り階段はないし、正規プレイでは少なくとも訪れることのできない設定だけの施設だ。


 ここから先は何が起こるのか全くわからない。

 一番怖いのはステータスガン無視の即死イベントとかだ。

 状態異常が耐性に依存するものなら何も恐れる必要はない。

 この紫の豚の胃袋みたいな気色悪いオブジェクトも、本来は毒を与えてくるようなトラップアイテムであることは想像に難くない。

 遠目で見ると人間の白骨死体まで確認できてぞっとした。

 この粘液性に富んだ床も何らかの悪影響を及ぼすものとみて間違いない。

 この世の地獄に相応しい空間となっていること間違いなしだろう。何とも悪趣味な。


 とりあえずまたまた離れ離れになった仲間たちを探しに、ヌメヌメフロアを抜けようとした。

 しかしどこにも出口と思わしき場所は確認できず、代わりにほんの少しだが手の入りそうな小さな窪みのある肉の壁が確認できた。


「嘘です……よね?」


 指一本恐る恐る差し込んでみたが、ナメクジの体内に指を突っ込んでいるような背筋の凍るような気色の悪い感覚がした。

 まさかこれを通っていけとでもいうのだろうか。

 冗談じゃないぞ。

 これまで何度か恐ろしい体験はしたことがあるが、これが一番恐ろしいぞ。記録更新しちゃったぞ。

 でも他に出口らしい出口もないので、深呼吸し鼻と耳を塞いで勢いよく流れに身を任せて突き抜けようとした。

 全身ぬめぬめの肉のひだに挟まれ、吐き気を催したが出る時は一瞬だった。


 ほんと。その一瞬が精神をゴリゴリ削ってくる一撃だったのだが。


「ふぅ……………もう二度とごめんだ……」


 過去に死んでいった兵士の皆さんも、多分ここ通るのが嫌だったからあそこで死を受け入れたのだろうな。

 おぞましいぬめりを帯びた肉片をすり抜けるなんてファンタジーでもなければ体験することのない貴重な機会であったろう。

 うん。できれば永遠に体験したくなかった。


 そして肉壁をすり抜けた周囲はそんなものよりももっとおぞましい、目から摂取する鬱といった地獄のような空間が待ち受けていた。

 今しがた呪いのような体験をしたばかりだというのに、これは流石に心へし折り度が強すぎではないか。

 VRMMOなんかで出したら絶対アウト。

 いや売れない。物好きでも買わない。

 彼らは安全な空間にいつでも戻ることが確約されているからそんな楽しむという余裕も生まれてくるのだ。

 二度と帰れない自分で道を切り拓く他ない状況でここに突き落とされたのなら発狂じゃ済まないだろう。


 天井からは蜘蛛の糸か粘液に吊るされたような臓物の群れが蔓延っており、足元は壁なんて目じゃないほどの肉で埋め尽くされており、鼻腔には何やら嫌な臭いが立ち込めてくる。

 定期的に何かが唸るような生暖かい風が吹き抜けており、生き地獄そのものといった様相と化していた。


 何をどう間違えた人間がこんなところに送られるのだろう。

 いや、それが女王様に逆らった大罪だとしても重い。重すぎる。

 これは生きることを諦めそうになる空間だ。

 しかも拷問するとか言ってなかったか。

 こっから粘液性の触手とか降ってくるならリアルに狂うぞ。


 とか何とか言っていたら本当に天井から得体の知れない化け物が落ちてきて、私は悲鳴を上げた。


「いやーっ‼︎」


 天より降り立ち目の前に現れたクリーチャーはもうなんというか、死体の内臓をそのまんまもってきたような精神衛生上よろしくないような怪物であった。


「こないでーっ!」


 火魔法で存在ごとこの世から消し去ろうとした。

 奴は黒焦げになって塵一粒も残さずに無くなった。

 なんなんだろうか。奴は。

 アンデット系……ならば蒸発していたはずだが。

 という事は別系統の化け物。

 正真正銘のモンスターに出会った気分だぞ。


 しかし悲劇はそれだけに留まらず、歩いていくと今度は地面から巨大なワームが飛び出してきた。


「ひいいっ!」


 またしてもぬめぬめの液体を(しかも緑色)に全身を包み込み、奴が咆哮するとその体液がこちらにも飛び散ってきた。

 なんかもう全部において不快だ。

 一段と腐敗臭が強くなってきたし。

 もう全部消えてしまえ。


「『絶対零度』!」


 今現在使える氷属性最強の魔法を使い、あちこちを氷結させた。

 そして氷塊と化したワームをそのまま更に奈落の底に突き落とした。

 この薄暗い奈落にも更に穴の奥があり、そこから落ちたらもう二度と日の光は拝めそうになかった。

 申し訳ないことをしたが、襲ってきた時点で慈悲はない。


「へぇ。こいつはすげぇや。中々の魔法だなお嬢さん」


 飄々とした口調と軽薄そうな声が背中から聞こえてきたので、新手の敵か!と武器を構えた。


「おいおいおい。そんなにはしゃぐんじゃないよ。おじさんはこれでも無害な一般市民Aなんだからよ」


「む……無害な一般市民がこんなおぞましい空間にいるはずがありません!」


「おっと。こりゃ一本取られちまったな。流石だぜ」


 振り返って見たのはどんな化け物かと思えば、ここ数時間でようやくまともに拝見できた確固たる「人間」であった。

 とりあえず敵視を解き、警戒心を強めながら間合いを取って出来る限りの範囲まで近づいた。


「やれやれ。まぁただのおじさんではない事は認めちゃうけども。少なくとも今はお嬢さんの敵じゃあないぜ。信じてくれや」


 ここまでのあれこれをみていったい何をどう信じるに値するのかは分からなかったが、一先ず彼の言う通りにしてみた。


「俺はジャック。ま、元上の世界の住民さ。これでもクイーンの召使いだったほどの男だぜ俺?」


 たしかに服装は高級そうなものだし、失礼だが一見小汚い印象が見受けられるぼさぼさの髪と髭面の顔からは想像もつかない様子だった。

 ただものではないだろう。

 常人ならとっくに気の狂いそうなこの空間にとどまっていて、あんな態度をとっていられるのだから。


「お嬢さんも女王様に反発して泣きを見たクチだろ? お名前くらい頂戴してお近づきになりたいものだな」


「私はミランダ。ミランダ・クロスフィールドです。あの、ここに私の他に落ちてきた人っていませんでしたか?」


「あぁいるぜ」と彼は呟いた。


「ここにな」


 そう言って決めポーズで自分の胸に親指を突き立ててきた時は殺意と共に無視しようと思った。


「あーこらこらまちなさい。全く冗談が通じないんだから若い子は……あっ待って待って待ってください。おじさんが悪かったから謝るから話を聞いて」


「もう……なんなんですか」


「いやね。おじさんも寂しいわけよ。こーんなわけわからんグロテスクな化け物溢れる空間に一人いてさ」


「何でこんなところにいるんですか」


「ま、抜けられねぇってのが一つあるな。俺はな。ここの監視を任されちゃってるわけよ」


「監視?」


「まぁ罰ともいえるな」


 胡散臭いおじさんが語るには数年前、召使いだった彼は女王就任時に過去の体制の改革と称されて、奈落送りになったそうだ。

 当然反発したことで刑が更に重くなり、ここで永遠の監視を命じられたそうだ。


「なっ? ひでぇ話もあるもんだろ? 先代王様のいた時はそりゃあもうひーこらひーこら。もう身を粉にして汗水垂らしながらお国のためにえんらこら尽くしたってのによーうーうー」


「嘘泣きやめてください。腹が立ってくるので」


「ったくホントにお堅いんだからお嬢さん」


「もういいですか。それじゃ」


「あーこらこらこれ! わん!」


「……何で今鳴き声をあげたんですか」


「そこはねあなた。『ここで何を監視してるんですか』とか『おじさんってとってもダンディでハンサムなんですね素敵です』とか色々言う事があるでしょうよもうねぇ?」


 前者はともかく後者は一生涯いう機会はないな。

 たとえ人生何回やり直すことになっても洗脳されても親が死んでも言わないな。うん。


「いやそれは流石に拒絶がいきすぎじゃない? ナイーブなおじさんのやわらかハートをいじめて良心は痛まないの?」


「ナイーブなおじさんはあそこでとっくに骸骨になってますから」


「ははは。やり辛ぇ。いや面白ぇ。全く全く」


 ジャックさんは全く信用できない人だったが、少なくとも女王やログレスみたいな根っからの悪い人ではなさそうだった。

 そもそもこんな右も左もわからない私なんて騙すのに格好のカモであるのだから。

 いつでも絞り通ろうと思えばやりようはあったはずだ。

 それを敢えてせずにこうして疑われてでも身の上話を語ってくれたということは、まぁ少しは相手にしてあげたとしてもバチは当たらないだろう。


 そして私はおじさんに案内されて奈落ツアーに臨むことにした。

 このままワームたちといつまでも戯れていても埒があかない。

 出口はなくとも仲間を見つけてここを出る。

 そのためにはこの人の協力が必要だ。

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