112 月光
「わ、私は……」
「ははは! 冗談に決まっておろう! うぬ如きがいかに強くとも妾の側で働くなど輪廻が3回流転しても足りぬわ!」
私の回答を待つまでもなく、女王は上機嫌に笑い飛ばしていた。
サイオンさんはほっとした顔つきになっていた。
そんなら出すなこんな提案。
まぁたとえ本気だったにしてもこんな人の側で一生を終えるなんてごめんだ。
もうオーブも手に入れたことだし、とっととこの空間から退散しよう。
仲間を連れて女王の間を出ようとしたその時、彼女の両手が大きく開いた。
途端に足元の時空が歪み、私たち3人は突如出現した黒い大穴に吸い込まれていった。
「な――」
言葉を発する余裕もなく、大穴は体を飲み込んだ。
「あははははははっ! 愉快じゃ愉快じゃ。非礼は許してやると言ったが、妾に楯突こうとするその罪深い心まではどうかのぅ。うぬらを『奈落』に叩き込んで永遠に拷問し続け、肉体も精神も崩壊しきったところで妾に従順な国家の犬としてのみ生きながらえることを許してやろうかのぅ。魂の洗浄じゃ!」
消え失せる寸前に、黒騎士さんが地面を激しく叩いていたことだけが微かに映り込んだ。
◇ ◇ ◇
「ザロス‼︎ お前は何をしようと企んでる!」
「女王様に対して図が高いぞ無礼者」
サイオンは魔法の通わない剣でロシュヤの首を押さえつけ、地面に頭をこすらせた。
「企む……?」
女王は上機嫌に服を揺らしながら語り出した。
「そんな大それたものではないわ。あの地獄から這い上がってきたものを生かし、次なる戦争の駒として利用してやるのみ。仮に死んだとしてもそれはそれで見る愉しみが増えるから良し……どう転んでも妾の得にしかならない戯れの一環に過ぎぬよ」
「なんだと……!」
「さっ。残るは妾の転移魔法も結界も無効にする忌々しい痴れ者であるお前だけじゃが……」
「私が檻に入れておきましょうか」
「ふん。どうせすぐに抜けてくる事じゃろう。まぁ暴れられても面倒じゃし適当にぶち込んでおけ。『それ』をどうするかは全てうぬに任せようぞサイオン」
「はっ。ありがたき幸せ」
そして彼は剣を黒騎士の首に突き立てたまま、せかせかと彼を歩かせた。
「ううむ……どうした騒ぎなのだ……」
「あらアナタ。寝てなきゃダメじゃない」
寝室に戻ったザロスは、聖母のような慈悲深い表情で先代国王であるマギアに語りかけていた。
「何かあったのかザロスよ……」
「何もありませんわマギア王」
「ははは何を申すか。王はもうそなたであろう」
「うふふ。私としたことが……でも私にとって貴方は特別な王ですのよ」
ゆっくりと両者は互いにベッドに入っていった。
「何せ私はアナタによって『愛』を賜った選ばれし人間なんですから……」
「そんなこともあったなザロスよ」
「私は必ずアナタの素晴らしい愛を、全世界に向けて差し上げたい所存でございます……ですから今しばらく、そのままでご覧になってくださいね……」
「楽しみにしておるよ。そなたとわしの求めて来た理想の世界を。争いのない平和で愛に満ちた世界を」
両者は月の光を背に受けて、まどろみの中に溶けるよう落ちていった。




