111 戦闘
サイオンさんの周りを囲う魔法陣からは、様々な属性が付与された魔法攻撃が飛んできた。
火柱、水槍、土鉾、氷柱などの波状攻撃を弾丸のように操り、私たちを追い詰めた。
「ちっ!」
特に構える必要も守りに入ることもないロシュヤさんは呪いの鎧と剣で全ての攻撃を弾いていた。
スラッシュくんも光魔法を全身に包み込んで属性攻撃を吸収させていた。
残る私はといえば無効にできる魔法は少ないので喰らうことには喰らうのだが、有り余る魔力によって大したダメージにもならなかった。
「ふふふ……本当に素晴らしいですね〝持つ者〟である選ばれし皆さんは……!」
皮肉めいた嘲笑でサイオンさんは攻撃を加速させていった。
効いていない魔法も何もしないよりはマシなのか、彼の手は止まることがなかった。
しかし全魔法を物ともせず叩き切れる黒騎士は剣を構えて金髪の魔法使いに向かっていった。
邪の刃に対して後出しで氷の盾を無数に宙へ浮かばせ防御した。
一枚一枚が紙屑のように叩き割れていったが、ロシュヤさんの力が及ばなかった箇所までは砕け切ることができなかった。
「魔法無効の武具なんてマトモに受けたら、いち底辺魔法使いとしてはかたなしですよとほほ」
「……ほざけ!」
金色の髪をかきあげながら、黒騎士の攻撃を全て紙一重のところでかわしている。
ぱっと見――魔法無効能力による強みならロシュヤさん、それ以外の剣術・魔術・そしてそれらを踏まえた総合的な戦術においてはサイオンさんに軍杯が上がる。
彼の余裕が気に食わないのか、黒騎士はひたすら真っ直ぐに剣を振るい、氷の盾を剥ぎ取っていった。
魔法だって無制限に使えるわけじゃない。
攻撃は全て鎧で受け、防御すら許さない単純な剣の一撃で徐々に追い詰めていく。
ロシュヤさんの戦法は割と理にかなったものだった。
それに彼が攻撃している間、先ほどまでの多段魔法攻撃は機能停止していた。
3対1という人数不利的状況に加え、自身お得意の魔法が全員に通用しないとあっては、さしもの一級魔道士も防戦一方だろう。
――と誰もがそう思っていた矢先。
「ぐわぁ!」
突然押し始めていたロシュヤさんの鎧が大きく宙を舞った。
見るとサイオンさんの手に艶やかな装飾の施された聖剣が握られていた。
「おっと――私、剣を使うのも得意なんですよ。この国の主義には反しますがね」
これまでの動向から誰も予想だにしていなかったサイオンさんの斬撃によって、またまた状況が一変した。
しかも彼は多段魔法攻撃と同時に剣撃を行えるようで、攻撃の手はむしろ増えてしまっていた。
まるでこれまでが本気ではなかったと言いたいように。
「なら俺が……!」
黒騎士に代わって剣で戦場に立ったのは勇者スラッシュくんだった。
光を携え、サイオンさんの聖剣と交わり合った。
「ほぅ……多少やるようですね」
もしあの時のやり取りを一部始終観察していたのなら、スラッシュくんが剣を使えることにも気づいていただろう。
さほど驚きもせずあっさりと勇者の一撃を捌き切り、更にはたった一振りで彼を大きく跳ね返した。
「な、なんだこいつの力は――!」
「まっ。鍛えているのは貴方がただけではありませんので」
剣の風圧でうっすらめくれあげたマントからは、魔法使いとは思えないほど筋骨隆々な肉の塊たる腕が確認できた。
剣に魔法に、今のメンツのどれも一歩以上上回るものだった。
勇者と黒騎士の両方を退けた今――
「さぁ。今度は貴方の力をお見せなさい」
彼の凶刃はとうとう私の元までやってきた。
さぁ来るなら来い――。
防御力最高峰の首筋で受けて立とう。
そうして彼の剣が私の首にぶつかろうとしていた瞬間。
「『重力魔法』」
ズシンとその場全体に大きな負荷がかけられた。
サイオンさんのみならず、私含めた全員が地面に叩きつけられた。
な――なんだこれ。
全く体が動かない……!
激しく重い鉛の塊でも乗せられているみたいな……いや、これはそんな「重さ」とかそういう次元じゃない……!
「くっ……な、なんなんだこの凄まじい力の波動は……!」
光魔法で防御していたはずのスラッシュくんや、あらゆる属性魔法を無効にできるロシュヤさんでさえ地に伏していた。
起き上がって状況を確認する事もできない私たちは、かろうじて動かせる首のみを上に向けて何が起こったのかを見ようとした。
カーペットの上を硬い何かがぶつかって、冷たい音がフロアに響き渡る。
「跪け。妾の御前じゃ」
その者の放つ『声』にも得体の知れない魔力を感じ、しばらく息をする事もままならず圧迫感で顔を水平にさせていた。
その後声の主の全貌がようやく私たちの眼前に現れた。
彼女は地面に落ちた私たちを通り過ぎていき、ゆっくりと玉座に腰をかけた。
「……ザロス女王様……!」
ザロスと呼ばれた女王はひと目で絶対的な支配者であることがわかる存在であった。
頭につけられたティアラには複数の宝玉が付けられており、金や銀にも似た美しい水色の髪が風に乗ってなびいていた。
宝石はじゃらじゃらとした服装にもいくつか散見され、更には左右の指全てにも指輪としてはめられている様子だった。
紫混じりの青い口紅を冷酷に歪ませ、跪く私たちを愉悦に満ちた表情で見下ろしていた。
「サイオン。お前が言っておった『優れたる者』がこやつらかえ?」
「はっ。中でもこちらの戦士は『勇者』だと呼ばれておるとか……」
女王を確認するや否や、それまであったサイオンさんの態度や声色が一瞬にして変化しており、微かに震えているようにも感じられた。
「ほぅ! 世界に数名とおらぬ『光魔法』を操る者であるか! ははは愉快じゃ! 年甲斐もなく心が弾むのぅ」
女王様は明るく聞こえるが、どこか歪で冷たい笑い声を上げていた。
と思えばその数秒後にはいきなりスラッシュくんの隣にまで移動していた。
「――いつの間に!」
「のぅ光の勇者よ。そなたがまことの勇者であるならば、妾に奇跡を見せてみよ」
「くっ、何を……」
「そうすれば此度の非礼は見逃してやろうぞ。それどころか、そちらの娘が奪った〝紙切れ〟や〝オーブ〟も与えたもうぞ。……もっとも、そのガラクタ玉は偽物であるがな」
彼女は袖から眩い光を放つ紺色の玉を取り出した。
どうやらあちらが本物のオーブであるらしい。
騙された私たちをそれはそれは愉しそうに笑いながら眺めていた。
「ふざけるな! ザロス。貴様は僕が倒す‼︎」
まだ全員が重力魔法から抜けられないところを、ロシュヤさんは自身の力のみで脱出をはかった。
その目論見は成功し、彼は剣を持って女王に近づくことができた。
しかしここまで空間移動や重力魔法を自在に操れた女王にとって、かろうじて突破してぼろぼろとなっている黒騎士の攻撃を避けるなど造作もない事だった。
「ぐわっ!」
それどころか彼女はロシュヤさんの背後に瞬間移動すると同時に魔法陣から鋭く黒い刃を解き放った。
ここまでまともに魔法攻撃でも斬撃でもダメージを受けなかった彼の鎧にはじめて裂傷を負わせた。
彼自身も経験したことのない傷を受けたことで、激しく痛みながら地面に悶絶していった。
「妾は今この者に話しておるのじゃ。痴れ者は下がっておれ」
これまでに見せたことのないほど冷徹で邪悪な表情に顔を歪ませ、女王は吐き捨てた。
傷つけられた鎧は、それでも徐々に斬られた箇所を塞ぐように勝手に再生してゆき、数秒もしないうちに元通りの黒鎧に変わっていった。
あれも呪いの一種なのだろうか。
尤も斬りつけられた当人のダメージまでは再生できておらず、ロシュヤさんはしばらく地面で転がったままだった。
「どうじゃ? できるじゃろう。勇者であるなら」
「何を……!」
地についたままの彼は、全身から目の潰れそうな程激しい光を放ち、重力魔法から逃れようと足掻いた。
しかし何度やってもマトモに動けるどころか、頭ひとつ起き上がらせることはかなわず、それを見た女王は大層がっかりとした顔つきになっていた。
「なんじゃ。所詮こんなものなのか。もう良い。飽いた」
そして今度はロシュヤさんを突き刺したものの軽く数倍の大きさを誇る黒い槍を彼の頭上に出現させた。
「死ね」
それが振り下ろされそうになった瞬間、私は今ある力の全てを出し切ってこの凄まじい圧力から脱出した。
そして彼を襲う黒い一撃を払い除け、女王の前に立ちはだかった。
「大丈夫ですか?」
「……ほぅ! なんと愉快な奴じゃお前! 妾の重力魔法を単なる力技で乗り切ったというのか! はははははっ!」
怒りと失望で侮蔑に近い感情を表していた女王の表情は、再び興奮と笑顔に満ち溢れたものとなっていた。
私が睨みつけようと、この人にとってはなんてこともない様子だった。
自分にとって興味関心のある事だけ。
それに対する好奇心でのみ動いている。
興味が無くなれば不要になって何の躊躇いもなく命だろうが構わず弄ぶ。
やはりこの人は――倒すべき悪。
狂ったような女王の高笑いが耳の奥に反響する。
「名を名乗る事を許そうぞ、そこな娘!」
「私はミランダ……ミランダ・クロスフィールドです」
「ミランダか……ふふ喜ぶが良い。うぬのような矮小でか細く、愚かな存在が今、妾という唯一無二の支配者の記憶に刻まれたぞ! これは未来永劫消えぬ一生の栄華である!」
ご満悦に頬を緩ませ、声を張り上げて高らかに喋っていた。
そんな女王の傲慢に、私は怒りのような呆れのような感情を腹の底から湧き上がらせていた。
こいつ。ゲームでも散々なクズだったが、こうして会話してみても他の追随を許さないレベルでの害悪な人間だな。
女王は全員の重力魔法を解くと、再び玉座に戻っていった。
「よかろう。この度不届きにも妾の神聖な空間を荒らした非礼は全て水に流してやろう。それどころかこのオーブもそなたらにくれてやろう」
女王は不躾にも大事なオーブを床に投げ飛ばし、カーペットの上へ転がしていった。
慌ててそれをレイブンさんが掴み取った。
「女王様……!」
納得いかない様子で見つめていたのはサイオンさんだった。
全ては女王の気まぐれ一つ。侵入者を許すも裁くも。
奪うも与えるも。
何もかもが彼女の掌の上なのだ。
彼の存在を無視して女王は喋り続けた。
「どうじゃミランダよ。妾の元で永遠に働いてみぬか? 望む物全て与えようぞ。うぬは他の人間とは違う。妾の愛を等しく受ける権利を持った真の選ばれし者じゃ」
それは全くもって、予想していなかった提案だった。




