108 魔法王国の歴史
「ハァハァハァ……! ね、ねぇ待ってよ! もっと研究や観察をばっ!」
《いやーっ! あっ、マスター! 助けてください! あのヘンタイが私に乱暴してくるんです!》
迷いに迷った部屋捜索は結局あのお風呂の人に聞くことで解決し、ようやくたどり着いたお部屋では妖精さんと隊長さんの逃走劇でいっぱいになっていた。
現在、足元の本で躓いて転んだシュタールさんが一歩不利になった。
珍しくガチの泣き顔でぷるんぷるんのおっぱいを揺らしながら私の方に駆け寄ってきた。
どんだけ酷いことしたんだこの人。
預けていた妖精さんがいくら人外の領域に突っ込んだ存在だからとはいえ、流石にこれは心配になる親心が発動してしまう。
「ま、待ってくれ……違うんだ……彼女……彼女? をとにかく調べるために……」
「まさか服脱がしたりしたんじゃないでしょうね」
「そ、それは服なのかい? 私にはただの葉っぱにしか見えないのだが……」
《そーなのよ。そうやって私を引きちぎろうとしたり、とにかくめちゃくちゃなんだから!》
まあこの人に異性に対するそういう欲求とか情熱は無さそうだ。
どちらかというと、そっちの欲が全部研究欲にいっちゃってるタイプだし。安全とも言えるし危険とも言える。
私が手を出すと、シュタールさんはそれを取って立ち上がった。
「……とにかく、リーフルさんに酷いことはしないであげてください」
「わかってる。わかってるとも……」
虚顔でそう言う彼の目は、既にあちらの世界に行っておられるようだった。
まるで信用できない。
完全にやばい研究にのめり込んでるやばいやつだ。
妖精さんを引き離すようにすると、彼はとても悲哀に満ちた表情で私を見つめてきた。
「た、たのむ待ってくれ! ここにあるものならなんでも自由に使ってくれて構わないからっ! け、研究も優しくするから!」
「……どうしますリーフルさん」
いやどうしますって言ったところでどうもこうもないだろうが。
リーフルさんはジト目を浮かべると、土下座で平頼みしているシュタールさんを見下ろしていた。
《マスターのためだから仕方なくですが……次何かおかしなことをしたらもう手伝いませんからね。この部屋全体を魔界級の食人植物の苗床にしてやりますから》
「は、はいっ!」
隊長とは思えないほど情けない声をあげて、彼は再び妖精さんを連れて研究に没頭していった。
私はそこにある大量の本棚から、一つ一つ検索して調べていくことにした。
当然現代社会のような検索エンジンだとか、パソコンだとかそういった手軽な情報逆検索機能などもないので、地道にひたすら人力総当たりだ。
どれもこれも「魔道力学書」や「太古人類史」のような小難しいタイトルが参列しており、この国の簡単な歴史や事象なんかはありそうにもなかった。
本の海を散策していると、シュタールさんがメガネ越しに覗き込んできた。
「何をお探しかい?」
「あ、あのですね。この国で起きた出来事とか歴史、王族とかについて簡単にわかる本とかないですよね……?」
「あぁ。なんだそんなものならほれ、あそこにあるよ」
彼が魔法が何かを使って指差した上の本棚から赤い光が点り、私たちの元に吸い寄せられるように一冊の本が飛び出してきた。
「あ、ありがとうございます」
なんだこれすごいな。
文明の利器と良い勝負できそうだぞ魔法文明。
ハイテクノロジーならぬハイファンタジーテクノロジーだ。
さっそく分厚めの赤い表紙が目立つ本を片手に、ふかふかのソファが設置されている箇所まで行った。
本には金色の文字で大きく「マギアージュ歴」と書いてあった。
著者はぱっと見、本の内外両方に書かれていなかったので不明。
なんかこの手際の良さからいくと彼がまとめて書き上げた疑惑さえある。
こういうの集めるの好きそうだし……。
早速1ページ目から読み上げていく。
まずこの世界には当初何も存在しておらず、ある日神と呼ばれる全知全能の存在がひょんなことから思いつきで大地を作り、癒しの恵みを与えて命を育んだ――的な創世神話が語られていた。
ぶっちゃけていうとこれがざっくりとしたファンタジアシリーズの属性魔法の概念だ。
太陽が「火」(光とする説もある)恵みの雨が「水」、与えた大地が「地」といった感じだ。
神によって魔法が生まれ、神が自身の心から邪念を切り離したのが「魔物」だとされている。
人類と魔物は長い間対立を重ね、やがて最後に残った神の要素である「光」と「闇」が決戦を行い、勝利した光が闇を封印し世界は平和になりました。脅威が消え去った人類は進化の過程ですっかり「魔法」を扱う才能が失われ、徐々に退化していく一方だった。
ところが闇が再び目覚め始め、人類は魔族との戦争を始めていた。
これが今私たちの立ち会っている歴史である。
そして100年に1度、世界に蔓延る闇を打ち払わんとする光の勇者が現れるとされる。それがスラッシュくんだ。
光魔法は世界でも5人といない希少な魔法で、闇を封印するためにあるばかりか、あらゆる魔法を飲み込むことができる強さを持つ。
尤もこれは神の半身たる「闇」の魔法でも同じことが言えるのだが。
闇を倒せるのは光だけ。またその逆も然り。
そう考えるとロシュヤさんの強烈な「呪い」魔法の装備も相応に異質なものだ。
マギアージュ歴においても、あの装備だけは触れてはならないものだとされていたようで、開けば災いを呼ぶパンドラの匣的扱いを受けていた。
ほとんど失われてしまった魔法能力であったが、それを何世代にも渡って維持、存続に繁栄し続けた一族があった。
それがこのマギアージュの王国を設立した王家である。
彼らは他の王家よりも強大な魔法を扱えたため、世界の中心として長らくその王座に君臨していた。
ところがマギアージュ王家同士の内乱のクーデターに遭い、更には強大な魔物による追い討ちで一度は滅びかけたという。
その終わりゆく栄華を再び取り戻したのがかつての国王マギアだ。
彼の欲深き采配と才能と行く末を見極める「目」によって、マギアージュは一転して魔法大国としての地位や名誉を獲得した。
世界にその名を轟かせ、震撼させたマギアージュであったが、未だかつてのように大陸全土を支配するほどの力があるわけではなかった。
やがて歳を取り、引退した国王に代わって彼の妻――ザロスがここ数年で頭角を表してきたようだ。
彼女は夫の成し得なかった世界支配を達成すべく、あらゆる国家に宣戦布告し、その都度勝利を収めてきたそうだ。
そしてこの瞬間である今が最も新しい歴史であるため、数百ページに上る分厚い歴史書の後半は、空白のページとなっていた。
これより先を目撃し、歴史の証人となるのは私たちだ。
それからザロス女王のくだりや、ラフィーゼさんが幼少期に体験した王国軍の詳細な情報なども読み返して調べてみたのだが、これといった記述はなされていなかった。
だが、ところどころ霞がかって読みにくい箇所や破れたようなページがあるので、なんらかの事情で誰かが意図的に情報を隠蔽いた事は間違いない。
王国にとって不都合な歴史が記されていたのか、女王の地位が危ぶまれるほどのものでそれが知れ渡る前に手を打ったか。
ラフィーゼさんが20才程だとして、ザロス女王就任から現在に至るまでの期間と彼の幼少期は完全に一致している。
マギアージュ初の女王による略歴に描かれていない「何か」にあたる箇所が黒である可能性は非常に高い。
すっかり読み耽ってしまい、窓を見るともう約束の今晩に差し掛かりそうになっており、焦って本を閉じた。
戻ったらまたこの失われた部分について聞いてみるか。
大方知らないと答えられるか、はぐらかされるかの二択になるだろうけど。
いっそソフィア様に聞いてみるのも手か。
彼女もまたラフィーゼさんと同年代かもしれないし、生き証人として女王の悪事を目の当たりにしてきただろうから。
人々が寝静まる前に、私はそっと部屋から出て各部隊に所属している仲間たちに声をかけに行った。
◇ ◇ ◇
「王女サマから呼び出されたぁ? それって本当?」
レイブンさんをなんとか捕まえて、私とスラッシュさんの3人は例の風呂男の部屋に入った。
どうしてそこを選んでしまったのか、問われるとわからないがなんとなくここが集まって話すのにちょうど良かったからだ。
鍵もかけられるし。
ちなみに風呂男は絶賛お風呂タイムだった。
無視して割り込んだ。
「夜までにはあそこの塔に入っておきたいんですけど……」
「うーん。でも第3の隊長さん曰く、あそこの塔へは誰も侵入できないように橋にも厳重な警備が敷かれるそうだよ?」
「どこか入れそうなところないでしょうか……せっかく入り口に入るための鍵はもらったのに……」
「……それなら裏庭を通って、窓から塔へ向かってよじ登ろう」
「正気ですか?」
スラッシュくんはたまにこういうトンデモ提案をしてくることがある。
だが、彼は至って真面目に話している。
たしかにご丁寧にも登れそうな凹凸があったっちゃあったけども……。
ゲームじゃないんだから落っこちたらどうなるのか分かったもんじゃないという恐怖心が常につきまとう。
しかし出入り口が固められているのならそれもやむなしかもしれない。
「うーん。そんじゃ見張りと交代申し出るってのは?」
「まず許可してもらえないだろうな。あんたら新米兵士には荷が重すぎるってな」
「そうですよね………………って! 何ナチュラルに会話に参加してきてるんですか! あと服着てください!」
鉄仮面の兵士は首から下を泡まみれの裸体で私たちのすぐ近くまで入り込んできた。
というか、今の会話丸聞こえだったならまずくないか。
「安心しろよ。俺ぁこう見えても口の硬いほうなんだ。それにこの部屋では何が起きても一切他言無用なのがルールなんだぜ」
「そ、そうなんですね……」
そんな堂々と全裸で言われてもなんの説得力もなかったが、この人は何故か他の兵士とは一味も二味も違う気がしたのでまぁ一応信頼してもいいのだろう。
というわけで私たちはスラッシュくんのプランを前提とし、裏庭目指してひっそりと歩いていった。




