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105 黒騎士と魔法王国の百合姫

「じゃ、じゃあみんなこっちだからあたっ!」


 第4隊に晴れて所属となった私を含む新米兵士たちを率いて、早速シュタールさんが持ち前のドジぶりを遺憾無く発揮し、壁に頭をぶつけていた。

 そこにいた2名の新入りがはははと笑っていた。

 本当に大丈夫なんだろうか。

 ゲーム内だと、確か図書室にいたへんなメガネの学者さんがちょうどこの人と瓜二つなグラフィックだったと思う。

 せわしなくあちこちをうろつく割に転んだりドジ踏んだりするあたりが特徴と合致している。

 しかしまさか第4部隊を任されている隊長だったとは。

 あ、そうだ。


「あの隊長さん」


「シュタールでいいですよ。なんですかミランダさん」


 彼はメガネ越しに爽やかな笑みを浮かべて私の話を聞いてくれた。

 肌は綺麗だし、寝不足そうな目をシャキッとすれば中々の男前になりそうだ。


「シュタールさん、私実はその……私についてきてくれている妖精さんが居るんですが、その人も連れて行っていいでしょうか?」


「え、ええ。構いませんよ。人間はちょっと困りますが、そういうあなたの魔法に関わる物で、かつ国に害を及ぼさない程度であれば」


 そうして私はひっそり草木のある場所で、秘密裏に待機してもらっていた妖精さんを呼び出して連れてきた。


「す、すごい! とても興味深いぞ! 薬草の妖精なんて生まれて初めて見たよ‼︎」


《ま、マスター。この人はなんですか?》


「人間の言葉まで喋れるんだね! しかもミランダさんをマスターと、つまり主従関係を結んでいるわけだ! 素晴らしい!」


 部屋にやってくるや否やいきなり彼は目の色を輝かせて妖精さんに飛びついていった。

 何が何だか分からないといった妖精さんは引きつった顔つきで私の方に助けを求めてきた。


「リーフルさんは私が薬草の洞窟で偶然知り合ったところ、私についてきてくれた仲間なんです。薬草を作り出すだけでなくこんな風に種を育てる農園まで――」


「すごい! なんだこれは。見た事がないぞ! 新種の魔法か。妖精の力で呼び出されているものだろうか。こんなものどこの資料館にも載ってないぞ待てよもしかしたらこれは歴史の重大な局面に限りなく立ち会っているのではないか? だとしたらこれはとんでもないことだぞ!」


 さらに興奮が高まった彼は、もはや完全に魂をこちらに置いておらず、ひたすら暴走して早口で捲し立ててきた。

 い、いるな〜こういうオタクの人。

 いや流石に私のいた現代でもここまでのはいなかったかも……?

 沈みかけていた彼の目には野望と使命感の火がごうごう燃え盛っており、新米兵そっちのけで足元の散らばった本を蹴り飛ばして研究に没頭していった。

 なんだか他の人に申し訳ない。


「と、とにかくミランダさん。リーフルさんとこの魔法庭をしばらく貸してはいただけないだろうか! 城内のことは好きに回ってくれて構わないしここにある本で良ければ好きなだけ読み漁ってくれて良いから!」


 こちらの返事を待たずして彼は服のポケットから不思議な形をした鍵を手渡してきた。

 赤い宝石が埋め込まれた金色の鍵だった。


「それがあればこの城内を自由に回っていけるはずだから。しばらく私は研究に専念させてもらう。それじゃあ後はよろしく」


「えちょ待ってくださ――」


 しかし彼は速攻で部屋の隅でリーフルさんを連れて研究を開始してしまい、こちらには聞く耳を持たない状態になってしまった。

 ……こ、この人こんな迷惑なことしてるからあんな風に扱われているのでは……?


 とぼとぼ渡された鍵を持って、他の2名にも事情を説明した。

 彼らは別段怒り出すこともなく、むしろ「初出勤が自由にサボれてラッキー」くらいにしか思っていなかった。

 まあ意識高い系が選ばれてないよなどう見ても。

 サイオン様も人を見抜く力がおありのようだ。

 適材適所。欲しいところへ欲しい人材を派遣しておられる。

 ……ということは、私がシュタールさんに何か新しい刺激を与える人だと思われたのだろうか。

 それとも隠していた妖精さんを見抜かれて?

 いやいや。それほ流石にエスパーか何かを疑うぞ。

 ……尤もシュタールさんには刺激じゃなくてしごきを与えて欲しいくらいだが。

 初日からこんなんで大丈夫なのかこの王国は。

 まああんなすごい試合しちゃって、私には多少の事が起こってもなんの心配もいらないと思っておられるのかもしれないけど。

 ともあれこちらとしては願ってもない話だ。

 自由に動ければそれだけ早く情報収集に精を出せる。

 早速私は与えられた余暇を謳歌すべく、まずはこのだだっ広い城を歩き回った。

 一度ここを出てしまうと、もう二度と戻ってこられなさそうな程複雑回帰しているお城だったけど。

 赤く大きな扉には鍵がかかっていたが、渡された鍵を使えば容易に開く事ができた。

 すごいや。本当にどこでも使えるマスターキーだぞこれ。

 ゲームでも鍵がないと入れない宝物庫とか王様の部屋とか色々あったのだ。

 正規入手ってどうだったっけ。あっちの方はなんか成り行きで手に入れたからよく覚えてないや。

 あちこちの鍵を盗賊か鍵開け魔のように開いてゆき、そこに居る人物や物を探していった。

 しかしこれといって目ぼしい人やものは未だ発見されず、更には当初恐れていた通り私は広い城内で完全に迷子になってしまった。


「し、しまった!」


 しかもなんか袋小路みたいになってるし。

 魔法陣も敷かれていないので、完全なる行き止まりと見て間違い無いのだが、戻ろうにも階段がどっちだったか分からなくなってしまった。

 慣れてない場所は全部景色が同じに見える。

 一面赤のレッドカーペット地帯。

 なんか魔法なのかデザインなのかしらないけど空間がやたらぐにゃりと歪んでいるし。

 それらの要素も初見の私を混乱させる原因となっていた。

 落ち着け。この城のマップを思い出すんだ。

 ゲームだと確かこの先に向かいの塔への連絡橋かなにかあったはず……。


「ソフィア! キミはどうしてわかってくれないんだ!」


 ようやくその橋らしきものを窓から確認できた矢先、突然若い男の叫び声が聞こえてきたので心臓が張り裂けるかと思った。

 だが叫び声の内容から誰がどう喋っている状況なのかを把握した。


「わかっていないのはあなたの方よロシュヤ。お国の為に戦争するなんて! 大勢の罪なき生命が奪われていくのよ?」


「わかってるさソフィア。だから僕は相手を殺すつもりはない。生捕にして協力してもらうのさ」


「それだって同じよ! 家族を引き裂かれる痛みは誰よりもあなたが知っているはずでしょう⁉︎ それをそんな……」


「違う。僕は敵を傷つけたいわけでも、お国に顔を立てたいわけでもないんだ。……これは僕自身の付けなくちゃいけない決着なんだ。全てが終わったらソフィア、キミをこの城から迎えに行くよ。何もかも2人でやり直せばいいんだ」


 ロシュヤがソフィアに歩み寄ると、彼女は首を横に振って拒絶した。


「……そんな事、あの人が許してくださるわけないわ。すぐに追手がやってきて、捕まって終わり。私たちはあの人から逃れる事なんてできないのよ」


「できるさ! 僕とキミの2人でなら! 戦争を終わらせて、この国の呪縛から救い出してみせる! 必ずだ! 約束する!」


 しかし彼の懸命なアプローチも虚しく、王女の顔は曇ったまま――俯いたままだった。

 やがて彼女は再び塔に向かって歩き出していった。


「ソフィア!」


 必死で呼び止める騎士の前に、サイオン様が立ちはだかる。


「……サイオン!」


「おやおや。こんなところでソフィア様と仲睦まじく内緒話ですか。随分お熱いことですな」


「……盗み聞きとは感心しないな。自分の兵はどうしたんだ」


「失礼。たまたま通りかかったものですから。ご心配めされなくとも、彼らは私より優秀な人間ばかりなので。現場が立派ですと、頭は暇を持て余して仕方ないのですよ」


 彼は石橋をコツコツ音を立てて真紅のブーツで歩きまわった。


「それに、今期の志願兵たちはとんでもない才能を秘めている国宝級の魔道士が数名おりますので――下手をすれば貴方以上の強さを持つ人間がね」


「くだらない。そんなものに興味はないよ。それにそんなに優秀な魔道士たちを集めても、結局戦争に使うんじゃなんの意味もない」


「今の発言、元国王様や女王様にはお聞かせできませんな」


「何がしたいんだサイオン。僕とソフィアの関係を引き裂くことがお前の理想か? 上層部に掛け合って目障りな僕を消すって腹積りかい」


「とんでもない。貴方はこの国唯一の〝厄災〟を身に纏いし者。その価値を承知の上で置いているわけですから。私ごときの軽率な独断で貴方を追い出したとあっては私の沽券に関わります」


 サイオン様はゆっくり、ねっとりとした指遣いで騎士の肩を掴んだ。


「ただ――世間知らずの若造1人が抱く青臭い理想通りになるほど、この世界は甘く無いということです」


「……肝に銘じておくよ」


 そうして2名は緊張感と殺伐とした空気を漂わせつつも、お互いその場から離れていった。

 サイオン様は塔の方へ、ロシュヤは城の方へと。


 私はしばらく呼吸をするのも忘れてこの名場面を伺っていた。

 かっこいい……。生で見るとこんな感じなのかあの人たちは。


 ロシュヤとはこの国で昔から雇われている用心棒のような存在である。

 その扱いは別格であり、城内には彼専用の個室があるばかりかこうして王女様と面と向かって対等に話すことを許された唯一無二の騎士である。

 彼は生まれつき魔法の使えない純粋な戦士であったが、代わりに彼にはあらゆる魔法を受け付けず外すこともできない呪いの防具――漆黒の鎧と、敵のいかなる魔法をも貫くとされる同じく呪いの武器である漆黒の剣が装備できた。

 それら二つのアイテムはこの国で発見され、以降その邪悪さから禁断の地と呼ばれる大地にて地中深く埋めていたものだったが、彼の登場に差し当たって何故か地表に現れ出て、彼の全身を纏い始めたのだ。

 こうした縁もあって、彼は魔法王国きっての最凶の用心棒、とっておきの『切り札』として重宝されてきたという経緯がある。

 それゆえの高待遇であった。

 しかき彼自身はその事をあまり良く思っておらず、一目惚れした心優しい王女とこの国を出るべく、ああして何度も密会を重ね将来について語り合っていたというわけである。

 もうじき、この国は戦争に差し掛かる。

 魔法が使えるものは少ないが、単純な兵力でいえばマギアージュを凌駕する騎兵大国『ゾーレ』。

 マギアージュほどではないが、それなりに魔法に優れたものが多く、魔法大国としての地位を虎視眈々と狙っている隣国『プリマイラ』。

 そして最後に侵攻予定の龍人大国『ガルガンドラ』だ。


 これらの全てに対して宣戦布告したマギアージュは、来るべきその時に備えて兵力をかき集めている。

 まずは1番の近場である『プリマイラ』軍と戦争になる。

 魔法使いが多い鏡合わせのようなこの国で、まず間違いなく黒騎士のロシュヤも駆り出されることになる。

 私たち主人公側も、ロシュヤさん寄りに戦争を止めるべくサポートすることになるのだが……。

 どうする。ここで会っちゃってみるか。

 私はまだ橋の上で立ち止まって一向にお城に入ろうとしない騎士の元に向かっていった。


「何者だ!」


 気配を察知した彼が漆黒の刀身をこちらに向けてきた。


「は、はじめまして。私はミランダ。この度入団試験に合格し、この国の兵士となった新米です。よろしくお願いしますロシュヤさん」


 彼は私を認識した後、取り出した剣をしまった。

 ロシュヤさん……こうして近くで見るとやっぱりカッコいいです!

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