98 入団試験③
「次は私と戦いなさい」
ローザちゃんは紫の瞳でじっとこちらを見つめてきた。
彼女は真剣そのものだった。
「ちょ、ちょっと待ってください。順番的にもローザちゃんの対戦相手はグラフスクールさんですよ」
「分かってるわ。その後で戦いなさい」
すっかりローザちゃんはその気になっていた。
うーんどうしよう。
今は適当にはぐらかして次に進むか。
「ま、まぁそれならまたいつか……」
「絶対よ」
くるりと振り返った姿はまだ幼さを残しながらも凛とした大人顔負けなものだった。
彼女だってすごい実力者だ。
まともに正面からやりあうなんてしたくない。
真面目に睨まれたことでどっと冷や汗が湧き出してきた。
「それじゃ、アタシもミランダちゃんに続いて合格させてもらうわ」
「それはどうかな。俺がいることを忘れるなよ」
「ええ勿論よ。だからいい加減こっちを向きなさいスラッシュくん」
ここまでのやり取りで散々その身に染み付いた恐怖が抜け切らない勇者くんは完全に後ろを向いたままの姿勢を保っていた。
ある意味学習したということか。
正面を向いたらキス魔の餌食にされかねない。
しかしそれは置いておくにしても、このカードは魅力的だ。
多彩な魔法を操るラフィーゼさんに、伝説の勇者スラッシュくん。
勝負の行方が全く読めない一戦の火蓋が、今切って落とされた。
先行したのはラフィーゼさんだった。
手から発生させたのは薔薇の棘のような植物だった。
おそらく土魔法の一種、【シード】の応用魔法だろう。
放たれた荊の檻がぐるぐると逃げる勇者の身体を捉えて縛りつけた。
そしてそこへ雷魔法の青い電流を流し、感電ダメージを与えていた。
「そこから脱出できるかしら?」
流し続ける電流と荊の棘によって、スラッシュくんは身動きが取れなくなっていた。
しかしそれらを全て一掃するように、彼はその身を発火させた。
炎魔法だ。
炎の竜巻が彼を縛り付ける枷を焼き焦がし、今度はそのまま炎の剣をお返しにぶつけていった。
すぐさまラフィーゼさんは左手に氷の盾を出現させたが、火力及び速度はスラッシュくんの炎魔法が上回っていたのか、彼の左腕は氷装の防御を貫通させ灼いていた。
「そうこなくっちゃ」
黒く焦げた腕を回復魔法で治していると、その隙を見逃さないスラッシュくんが畳み掛けの反撃に転じていた。
風魔法と雷魔法の組み合わせで、嵐を呼び起こしていた。
先の試合でローザちゃんがやっていた合成魔法だ。
組み合わせこそ違うが、ひと目見ただけでものにできるのは流石としか言いようがない。
才能の違い。天に選ばれし勇者。
並の魔道士を遥かに凌駕する魔法で、ラフィーゼさんを追い詰めていた。
しかしスラッシュくんを天才とするなら、彼もまた超一流の魔法使いなのだ。
守っていただけのはずが、彼は持ち前の複数魔法同時展開という多彩さでいつの間にか形勢を傾けさせていた。
スラッシュくんが二つの魔法を合わせて戦うなら、彼はいくつもの魔法を個々に放っているという感じか。
氷の刃に炎の渦、土の荊に水の鎧、更に風の剣に雷の雨を降らせて怒涛の魔法攻撃を行っていた。
荊に足を取られた勇者が風の剣によって身を裂かれ、空を舞った。
その一点に魔法攻撃を集中させ、雷に炎に氷が一直線になって彼の身を貫いた。
それらの衝撃が爆風となって周囲に巻き起こり、砂塵を巻き上げていた。
誰もが勝負はついた――そう思っていたことだろう。
しかし粉塵の中で光り輝くものの存在感を、その場にいる全員が感じ取っていた。
たしかに彼は勇者だが、ラフィーゼさんほど多くの魔法を扱えるわけではない。
しかし彼にあってラフィーゼさんに無いもの。
それは純然たる勇者の証である光魔法。
彼は光の加護を一身に受けて天空から降臨しており、救世主のように地上へ降り立った。
ここまで優勢に進めてきたはずのラフィーゼさんの額から、一筋の汗が駆け巡って滴り落ちる。
背中に光の翼でも生やしているかのようなスラッシュくんの風貌に、皆息を呑んでいた。
光魔法は勇者に与えられた特別な魔法。
奇跡を呼ぶ魔法なのだ。
自身に使えば傷ついたはずの身体を癒し、ひとたび相手に向ければそれは神の一撃となってあらゆるものを切り裂く剣となる。
ただならぬ眩い光を直撃させられ、放っていた属性魔法が全て無に帰されたラフィーゼさんは、光が止むとその場に倒れ込んだ。
「勝者スラッシュ!」
「やった! すごいですスラッシュさん!」
激しい戦いを終え凱旋する光の勇者は、敗者に背中で「希望」を語っているようだった。
まさに伝説。
その様子を見て、地に落ちたラフィーゼさんも満足そうな表情になっていた。
「うーん……やっぱ敵わないわね」
これで私たち2人は兵士として一応合格が確定した。
彼の聖戦を讃えるように、また合格を祝うように私たちは握手した。
後はレイブンさんが勝ち残ればベスト4入りだ。




