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その8 異世界転移

 どのくらい歩いただろうか?

 ダンジョンの中には昼も夜も無い。ギリギリ本が読める程度の明るさが一日中続いている。

 やがて俺達は大きな広場に出た。

 特補生クラスの完璧超人・五条が、俺の後ろから声をかけた。


「どうした中久保。急に立ち止まって」

「・・・水だ」


 そう。その広場には小さな泉があった。

 ダンジョンの中には、所々、こういった水場がある。

 ほとんどの場合、水質も問題なく、俺達が飲んでも大丈夫らしい。

 とはいえ、何も不思議はないのかもしれない。

 モンスターだって生き物だ。仮にダンジョンの中の水場が毒水だらけだとしたら、とっくに渇きで全滅しているだろう。

 

 もう一人の特補生クラスの男子、金本が、陰気な男子生徒の背中を押した。


「ダンジョンの水って飲めるんだよな。おい、漆川。お前試しに飲んでみろよ」

「いや、待て。金本」


 五条はそう言うと、バックパックから小さな袋を取り出した。


「それは?」

「水質検査キットだ。口に入れる前に一応調べておこう」


 どんなものかと好奇心で覗いたら、袋の中には色違いのチューブが四つと、色の付いたチェックシートが入っているだけだった。


「先ずは試薬の入った袋を破くのか・・・」


 五条は袋に書かれた説明書を見ながら、水質のチェックを始めた。

 手持ち無沙汰になった俺は、このメンバーのもう一人のプレイヤー、漆川に声をかけた。


「漆川。俺達は通路の見張りに行こう。お前は俺達がやって来た方を頼む」

「・・・いいよ」

「待った、中久保」


 俺達は五条に止められた。


「今、調べ終わった。試しに一口飲んでみたけど大丈夫そうだ。見張りは僕達が引き受けるから、君達は体の汚れを拭ってくれ」


 全員、体は汚れているが、中でも直接モンスターと戦った俺と漆川は、体中にモンスターの返り血を浴びている。

 特に三体分戦った俺は、まるで頭から血を被ったような有様で、髪の毛も乾いた血でカチカチになっている。

 すっかり鼻がバカになっていたせいで気付かなかったが、モンスターの体臭もかなりこびり付いているんじゃないだろうか?

 現金な物で、自分の汚れに気が付いた途端、急に体のあちこちが痒くなった気がした。


「そうね。実際、アンタ達酷い匂いだし。風下にいたら吐き気がするのよね」

「ちょっと、稲代さん」


 相変わらずズケズケと物を言う稲代を、茂木さんが慌てて止めている。

 いくら相手が稲代とはいえ、女子から面と向かって臭いと言われて、俺は内心で結構ショックを受けていた。


「・・・分かった。じゃあそうさせて貰おうか。行こうぜ漆川」


 俺は漆川を誘うと、水場へ向かったのであった。




 俺達は、替えのTシャツをタオル代わりにして、体の汚れを拭った。

 自分でもビックリするくらい、Tシャツはすぐに真っ黒になった。

 なる程、これは稲代が臭いと言う訳である。

 俺はさっき、茂木さんが凍り付いたような表情で、こっちを見ていたのを思い出した。


(マジか・・・。ひょっとしたら、あの時の茂木さんは俺の匂いが気になっていたのかもしれない)


 俺は後悔と恥ずかしさを誤魔化すために、乱暴に体をゴシゴシとこすった。


 俺と漆川が体を洗い終えると、次は五条と金本、最後に女子二人が体を洗った。

 体を洗った、と言ったが、俺達以外のメンバーは、濡らしたシャツで顔や手足を拭った程度だ。

 それでもかなりスッキリしたらしく、みんなの顔には少しだけ元気が戻ったように見えた。


 俺達はこの水場で少し休憩を取る事にした。

 手足を拭った女子達が見張りに立つと、代わりに五条と金本が広場の中央に戻って来た。

 金本はナイフの束を担ぐと漆川に声をかけた。


「おい、漆川。今からナイフの手入れをするから手伝えよ。自衛官の荷物に砥石があったんだ。俺が研ぐから、お前はナイフをキレイにしろよな」

「・・・分かった」


 俺はチラリと五条に視線を送った。

 五条は小さくかぶりを振った。

 二人の背中が遠ざかると、俺は小声で五条に尋ねた。


「いいのか? あいつ多分、刃物を研いだ事なんてないと思うぞ? 最悪、ダメにしちまうんじゃないか?」

「良くはないけど、幸いナイフは数がある。それに――」


 金本はたどたどしい手つきで試行錯誤しているようだ。


「金本の性格だ。すぐにイヤになって投げ出してしまうと思う。だったら下手に止めるより、本人の好きにさせておいた方がいい」


 なる程。

 流石はクラスメイト。金本の性格を良く知っている。

 あいつに理屈は通じない。そのくせ自己評価だけは極端に高く、他人から何かを指摘されるとすぐにムキになって否定する。

 金本と話していると、会話というのは、ある程度同じレベルの人間の間でしか成り立たない、という事を実感させられる。

 ああいう人間とは永遠に理解し合えない。話をしようとするだけ時間の無駄なのだ。


 五条はバックパックからダンジョンの地図を取り出すと、一枚づつじっくりと眺め始めた。


「どうだ? 俺達のいる場所は分かりそうか?」


 五条は苦笑した。


「今分かっているのはさっきの広場と通路。それにこの水場だけだ。これで分かれば苦労はないよ」


 もっともだ。俺は自分のマヌケさ加減に思わず赤面してしまった。

 五条はしばらく黙って地図を見ていたが、やがてポツリと言葉を漏らした。


「けど、この地図は役に立たないかもね」

「――ここは十五階層より深い場所なのか?」


 俺は反射的に五条に尋ねた。

 自衛隊の地図は十五階層までしかない。それはここ、墨田区ダンジョンの調査が、現在、十五階層までしか進んでいないためである。

 地図が役に立たない=俺達は十五階層よりも深い場所にいる。俺は五条の言葉をそう判断したのだ。

 しかし、五条の返事は予想外のものだった。


「いや。今、僕達がいるのは地球以外の場所――異世界なのかもしれない」




 五条の言葉は信じ難いものだった。


「僕達がいるのは地球以外の場所――異世界なのかもしれない」

「異世界? 漫画やアニメに出て来るような?」


 まさか優等生の五条が、こんな突拍子もない事を言い出すなんて。

 俺は本気でコイツの正気を疑ってしまった。

 だが、五条は正気で――そして本気(マジ)だった。


「ダンジョンは異世界に繋がっている。そんな話を聞いた事がないかい?」


 ある。というか、結構有名な話だ。

 世界中のダンジョンは大本では一つに繋がっていて、そここそがこの世と違う世界。異世界なのではないか?

 そんな噂は、割とダンジョン発生の最初期の頃から囁かれていたそうである。


 それほどダンジョンとは、理解不能な存在なのである。

 ダンジョンはその発生から存在まで、あらゆる事が既存の科学では未だに説明ずにいた。


 ダンジョンはなぜ、どうやって、突然、世界各地の大都市で同時に発生したのか。

 どうして、ダンジョンの中では、日の光も入らないのにうっすらと明るいのか。

 そして、どんな工作機械でも掘削出来ないダンジョンの壁や床。

 敵性生物(ホスタルクリーチャー)という生物群の謎。

 極めつけは、人間の社会を根本から変えつつある、レベルという新たな能力。


 ダンジョンが科学で説明出来ないのは、何か別の物理法則にのっとっているから。――つまり、ダンジョンは、俺達の宇宙とは異なる法則に支配されている、別の世界の存在なのではないか。そう考える者も多かったのだ。。


「僕達、特補生クラスの生徒と自衛官が形態変換(トランスレーション)出来なかったのも、逆に君達一般クラスの生徒がレベルを得たのも、ここが地球の物理法則の及ばない異世界ならば、なんらおかしくはないのかもしれないだろ」

「それは・・・そうなのか?」


 そんな事はあり得ない。そう言ってしまっていいのだろうか?

 確かにおかしな話だ。今までプレイヤーだった者達は軒並みレベルを失い、今までモブだった俺達が突然レベルを得る。

 プレイヤーとモブが丸ごと入れ替わってしまったようなこの現象。

 それはここが異世界だから?

 異世界ではモブはプレイヤーになり、プレイヤーはモブに落ちぶれる。

 そういうルールなのか?


 俺の思考は女子の声で遮られた。


「中久保、交代。次はあんたが見張りね」


 稲代だ。

 稲代は俺を押しのけるように五条の正面に座った。

 水場では茂木さんが漆川に声をかけている。

 金本は五条の予想通り、早々にナイフの手入れを投げ出しているようだ。

 黙っていればいいのに、なぜか茂木さんに言い訳めいた説明をしている。


 五条は地図を片付けると立ち上がった。


「いや、ここは僕が見張りに立つよ。中久保はずっと先頭を歩いて疲れている。それにモンスターと出会ったら戦闘も頼まないといけないからね」

「ええ~っ」


 稲代は不満そうな声を上げたが、それ以上ゴネる事はなかった。

 というか、俺の方こそお前と二人で座っているのなんてゴメンなんだが。

 稲代も黙っていれば可愛い部類に入ると思うが、とにかく性格がキツ過ぎる。

 さっき臭いと言われたショックもまだ忘れていないし。

 俺は五条と一緒に立ち上がると、もう一度顔を洗ってスッキリするために水場へと向かったのだった。

次回「亀裂」

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― 新着の感想 ―
[一言] ダンジョンの床どころか次元の壁も抜けちゃったか、このまま異世界に行っちゃうのかそれとも元の世界に戻れるのか
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