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その7 脱出開始

 俺は全員に対して、自分がモンスターを倒した事、その際にレベルを得た事、等を説明した。

 茂木さん達は黙って聞いていたが、金本だけは別だった。

 金本はなぜか俺に食って掛かったのだ。 


「中久保は能無しザコモブクラスだろうが! レベルアップなんてする訳ねえんだよ! ウソをついてるんじゃねえぞ!」


 コイツはバカなのか?

 こんな状況で、ウソをついて俺に何の意味がある。仮にそんな事をしてもすぐにバレるに決まってるだろうに。


 ・・・いや。そう言えばコイツはこんなヤツだった。

 俺は久しぶりの金本(バカ)との会話に、早くもうんざりさせられていた。

 ここで完璧超人・五条がバカ(金本)の言葉を遮った。


「よせ、金本。中久保がそんなウソをつく理由がない」

「あるぜ! コイツは、茂木達女子の前でカッコ付けたいだけに決まってる! モブのくせに目立ちたくて適当な事を言ってるんだよ! 陰キャの妄想だ! 妄想!」


 この根も葉もない決めつけには、流石の俺もカチンと来た。

 コイツ、分かって言っているのか? ここはダンジョン。そして俺はモンスターと戦う事の出来るプレイヤーだ。

 もし、今後もお前達が形態変換(トランスレーション)出来ないようなら、お前はイヤでも俺を頼るしかないんだぞ?


 流石に五条はバカ(金本)とは違って、ちゃんと現実が見えているようだ。

 彼は俺と漆川――この場のもう一人のプレイヤーへと振り返った。


「ここでは落ち着いて話も出来ないようだ。一先ずこの広場を離れよう。中久保と漆川の二人は、モンスターが来ないか通路を見張っておいてくれ。僕達は手分けして死体の中から使える物がないか探そう」

「私達が死体を?!」

「ウソだろう?! そんなのモブクラスの漆川にでもやらせればいいじゃねえか! 何で俺達プレイヤーがそんな事をしなきゃいけないんだよ!」


 案の定、五条の提案は、稲代と金本に猛反対された。

 五条は二人を無視。茂木さんに振り向いた。

 茂木さんは青ざめた顔で頷くと、自ら率先して自衛官の死体の方へと向かった。


「じゃあ中久保、漆川、頼む」

「ああ、分かった。漆川、お前はあっちの通路を任せた」

「・・・いいよ」

「おい! 中久保! 待てよ!」

「五条くん?! ねえ、ホントにやらなきゃダメなの?!」


 俺達は二人を無視。それぞれの役割に従って行動を開始した。

 この部屋の空気は五条が言うように悪すぎる。

 それに人の血の匂いが、より高レベルのモンスターを引き寄せるかもしれない。

 安全のためにも、ここから離れるというアイデアには賛成だった。




 作業は十分程で終わったようだ。

 ようだ、と曖昧な表現になってしまうのは、今は全員のスマホが壊れていて時間を知る事が出来ないからである。

 見つかったのは武器と水筒、それとダンジョンに入る前に渡された携行食料。それに自衛官の持っていたバックパック。後、生徒が持っていたハンカチ等の清潔な布類である。

 携行食料、と言っても、コンビニで売っているようなエネルギーゼリーだ。それと飴が少々。

 元々、このダンジョン実習は日帰りの予定だったので、食料類はそれだけしか持ち込んでいなかったのである。


「モンスターの死体が食べられればいいんだけどね」


 五条はそう言うとチラリとモンスターの死体を見た。

 モンスターの肉は食べられない。有名な話だ。

 正確に言えば食べる事は出来るが、胃で消化出来ずに腹を下してしまうのである。

 これは人間だけに限らず、犬猫や豚等、動物に食わせても同じ結果になるそうだ。

 一説によれば、モンスターは俺達の住む世界とは別の世界の生き物だと言われている。

 違う世界で生まれ、違う生物体系から進化した全く別の異生物だから、その肉を俺達の体では分解・吸収出来ないというのだ。

 つまりは、俺達にとってモンスターは、地球外生命体――エイリアンのようなものだというのである。


「下着の替えはいるかい?」

「・・・そうだな。せめてシャツくらいは着替えるか」


 俺はビニールのパックに入った下着の上下を受け取った。

 ダンジョンの中で漏らしてしまった時のため、全員が携帯している替えの下着である。

 どうせなら汚れた服も着替えたい所だったが、どの死体も引き裂かれた上に血まみれで、無事な服は一つも見付からなかったそうである。


 俺が通路の影で清潔な下着に着替えて戻ると、丁度、茂木さん達が作業を終えた所だった。

 茂木さんと稲代は、集めた水筒から水を移し替える作業をしていたのである。

 金本がナイロンロープで結んだナイフの束を背中に背負った。

 その数の多さに、俺は驚いてしまった。


「そんなに持って行く必要はないんじゃないか? 重いし荷物になるだろう」

「バカ言え! これから俺達だけでモンスターと戦わなきゃいけないんだ。武器はいくらあっても困らねえだろうが」


 そりゃあ、無いよりあった方が困らないとは思うが・・・。まあいい。どの道、持ち歩くのはお前だ。

 ――漆川に持たせるつもりじゃないよな? 数少ない戦闘要員に重い荷物を持たせる程、コイツがバカじゃないと思いたいところだ。


 こうして俺達は、この血生臭い広場を後にする事になった。

 生徒達の死体はこの場に放置せざるを得ない。

 薄情な気もするが、埋めてやろうにもダンジョンの床は掘り返せないし、抱えて行くには犠牲者の数が多すぎる。

 それに、ボロボロの死体を背負って移動するわけにもいかない。

 そもそも、俺達が無事にダンジョンを出られる保証だってどこにも無いのだ。

 言い方は悪いが、今の俺達には死者を弔っている余裕はないのである。


 俺は通路の入り口で振り返ると、合掌して彼らの冥福を祈った。

 せめてこのくらいはしてやらないと、後ろめたさで心が痛んだからである。

 ふと気が付くと茂木さんが俺の方をジッと見ていた。

 こんな状況でも、相変わらず彼女はハッと目を奪われるような美人だった。

 

 だが、その表情は冷たく固まり、俺には今、彼女が何を考えているか、読み取る事は全く出来なかった。

 



 俺達はダンジョンからの脱出を開始した。

 先頭はプレイヤーである俺。

 少しだけ離れて後方に五条。

 その真後ろに茂木さんと稲代が続き、その後ろに金本。

 殿(しんがり)は俺と同じく、プレイヤーの漆川となった。


「俺のクラスがダメージディーラーかせめてタワーなら、前衛が安定するんだろうがな」


 クラスとはプレイヤーの役割を便宜上、大まかに五つに分類したものとなる。

 一般に前衛と呼ばれる、純アタッカー枠の【ダメージディーラー】と【タワー】。

 遊撃枠となる【ジャグラー】。

 後衛となる、特殊タイプの【マリシャス】と【バンテージ】。

 ほとんどのプレイヤーのクラスは前衛のダメージディーラーで、たまにタワーとジャグラーがいる。

 マリシャスとバンテージはかなりのレアクラスと言われている。


 俺は遊撃枠のジャグラーだから、本来は前衛を張れるクラスではない。

 だったら漆川に任せれば、と思うかもしれないが、漆川はレアクラスのマリシャス――つまりは後衛だった。

 これでは俺が前衛を務めるしかない。

 ちなみに五条と金本は共にダメージディーラー。その名の通り、前線で敵にダメージを与え、殲滅する役割で、プレイヤーの花形とも言われるクラスである。

 そして茂木さんはレアクラス中のレアクラスのバンテージ。かなり特殊なクラスで、味方の疲労回復等のサポートを得意とする、地味だが難易度の高い役目である。


 俺はみんなの先頭を歩きながら、落ち着かない気分でいた。

 役割としてはこうであるべきだと理解しているものの、俺は人の前を歩いてみんなを引き連れていくようなタイプではないからだ。

 慣れない立ち位置にお尻の辺りがムズムズする。

 どちらかと言えばこういうのは五条辺りが得意としてそうな感じなんだが・・・。

 その五条は俺の後ろで稲代と話をしていた。


「ねえ五条くん。なんで中久保がダメージディーラーじゃないって分かるの? あれって、本人が言ってるだけだよね」

「いや。レベルを得てプレイヤーになった人間は、自分のイディオムが本能的に分かるんだよ」


 イディオムはタイプとも呼ばれる。

 元々の英語の意味は”熟語”とかそういうのだったはずだ。


 ドラ〇エとか、FF等のロープレを思い出して欲しい。

 そういうゲームでは、ステータス画面を開くと各キャラクターごとに、力や素早さ、魔力なんかの数値が表示されるはずだ。

 プレイヤーとなった俺達にも、それと同じようにステータス的なモノがあるのだ。

 とは言っても、人間のステータスはもっと曖昧でアナログなもので、ゲームのように数値化する事は難しい。

 そこで俺達プレイヤーは、力や体力、素早さなんかの能力を全体的にふんわりとまとめて、自分が何に向いたタイプなのか、大雑把な方向性を掴むのである。


「僕と金本はパワー型だね。一番数の多いイディオムだ。パワー型は必ずダメージディーラーになると思って貰っても構わない。中久保のようなスピード型でダメージディーラーをやっている人もいるけど、その場合は余程向いている技能(トランザクション)を覚えないと難しいかな」

「へえー、そうなんだ」


 ・・・いや。このくらい授業でも習うし、感心するような話じゃないと思うがな。

 五条は話をしながらも、歩数を数えてメモを取っていく。

 ダンジョンのマッピングをしているのだ。


 自衛官の荷物の中には十五階層までの地図があった。

 現在地さえ分かれば、各階層に作られている自衛隊のベースキャンプまでたどり着く事が出来るはずだ。

 だがもし、仮にここが十五階層よりも下だった場合。俺達は――。


 俺はダンジョンの通路の先に目を凝らした。

 ダンジョンは薄暗く、先は全く見通せなかった。

 その時、ふと黄泉比良坂(よもつひらさか)という言葉が頭に浮かんだ。

 黄泉比良坂(よもつひらさか)は、日本の神話にある、この世と死者の住む黄泉の国とを繋ぐ境目である。

 同時に俺の胸に不安が沸き起こった。

 みんなが死んだのは、死者の国の亡者共に招かれたからじゃないだろうか?

 実はダンジョンはこの世と黄泉の国を繋ぐ黄泉比良坂で、俺達は今、脱出しているつもりが逆に死者の国に向かっているのではないだろうか?


 ・・・いや、今は無意味な不安や迷いを抱いている場合じゃない。


 俺は大型ナイフの柄を強く握りしめた。

 無事にダンジョンから脱出するためには――その可能性を1%でも上げるためには、今、やらなければならない事を全力でやる必要がある。あれこれと考えるのはその後だ。

 俺はそれ以上考えるのを止め、得体の知れない不気味な通路を先へ先へと進んで行ったのであった。

次回「異世界転移」

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