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その6 トラブルの予感

 俺達から遠く離れた場所にもう一体。ナイフか何かで腹を割かれて殺されたモンスターの死体が転がっている。

 さっき、俺が倒したモンスターは三体。

 自衛官は全員殺されている。それは俺も見ているから間違いない。

 ならば、あの四体目のモンスターを殺したのは誰なんだ?


 その時、完璧超人・五条が口に指をあてた。


「しっ。足音がする。誰かがこの広場に近付いて来る」


 俺は我に返ると、慌てて耳を澄ました。

 確かに、小さな足音と衣擦れの音が聞こえる。

 その時になって、ようやく俺は自分が武器を持っていない事に気が付いた。

 モンスターを殺した時に使っていたナイフは、どこかに忘れてしまったらしい。


 この場で武器を持っていないのは俺ともう一人。同じ一般クラスの女子生徒、稲代康江。

 特補生クラスの五条と茂木さんは、ダンジョンに入る前に自衛官から支給されていた大型サバイバルナイフを構えている。

 俺は慌てて茂木さんに手を伸ばした。


「茂木さん! そのナイフを俺に渡してくれ! 君らは形態変換(トランスレーション)出来ない! もしも相手がモンスターだったら俺が戦う!」

「中久保くん?」

「どういう事だ中久保。君は一般クラスの生徒だろう。それとも君は、僕達が形態変換(トランスレーション)出来ない理由を知っているのか?」


 俺はモンスターの死体を指差した。


「あれをやったのは俺だ。俺はモンスターを殺した事でレベルを得ている。いいから早く!」


 あのモンスターを殺したのが俺と知って、みんなは驚きの表情を浮かべた。

 正直、誇らしい気持ちで鼻高々だったが、今はのんきに喜んでいるような場合ではない。

 俺が再度手を差し出すと、茂木さんは戸惑った様子で五条に振り返った。


「分かった。茂木さん、中久保に武器を渡して。中久保。後でちゃんと説明してくれよ」

「ああ、勿論だ」


 命がけの死闘だったんだ。少しくらい自慢しても構わないよな?

 その時、足音がピタリと止まった。

 俺達がハッと息を呑む中、若い男の声が響いた。


「・・・人の声がする。誰か、生きているヤツがいるのか?」


 この声。俺は聞き覚えがあった。

 俺が何かを言うより先に、五条が声に答えた。


「そうだ。ひょっとして、そちらも西浜高校の生徒か?」

「西浜高?! だとすれば広場にモンスターはもういないのか?! やったぜ漆川! 助かったぜ!」


 さっきとは別の男の声がした。どうやら相手は最低でも二人組みのようだ。

 そして最初の声が漆川――俺達一般クラスの生徒だという事がハッキリした。

 漆川貴紀。休み時間にも誰ともろくに口を利かない、陰気で地味なヤツだ。

 アイツが無事だった事にも驚きだが、俺にとってはそれよりも、もう一人の声の方が問題だった。

 俺はこの声に聞き覚えがあった。

 いや、この場にいる全員がこの声の主を知っているはずだ。

 誰も口には出さないが、喜んでいない事だけはその表情で分かった。

 俺はトラブルの予感に胃が重くなるのを感じていた。




 広場の奥の通路から、二人の男子生徒が現れた。

 背の低い、地味で陰気そうな生徒――コイツが俺のクラスメイトの漆川。

 そして、目の細い性格の悪そうな顔をした生徒――特補生クラスの金本だった。


 なぜこの二人が一緒に行動していたのか?

 実は漆川は、去年は金本一派に所属していた――というよりはヤツらのパシリだった。

 だが、二年生になってからクラスが分かれた事で、二人の接点は無くなったはずである。

 まさか金本が、突然仲間意識に目覚めて漆川を助けてやった、とは考えられないのだが・・・


 俺が戸惑う中、金本は俺達を――正確には特補生クラスの二人の顔ぶれを見て、嬉しそうに駆け寄った。


「茂木! 無事だったのか! 五条も!」

「ああ。僕と茂木さんはさっきまで気を失っていたんだ。おかげで敵性生物(ホスタルクリーチャー)に狙われずに済んだらしい」

「金本くんも無事だったのね」


 俺と稲代は、取り残されたもう一人の男子生徒を――漆川を出迎えていた。

 稲代は「ふん」と鼻を鳴らすと、眉間にしわを寄せた。


「漆川。あんた良く生きてたわね。今までどこに隠れてた訳?」


 いきなりそんな言い方はどうなんだ?

 俺はそう思ったが、残念ながら稲代とはこういうヤツだ。

 本人には悪気はないのかもしれないが、頭と口が直結していて、感情のままにしゃべるタイプなのである。


 漆川は、感情のこもらない目でジッと床を見ていたが、チラリと稲代を見ると、すぐにまた視線を床に戻した。


「――あんたっていつもそうよね。なんか無視されているみたいでイライラするんだけど」

「・・・それぐらいで止めとこうぜ」


 こんな状況で揉めてもいい事は何も無い。俺は仕方なく、二人の間に割って入った。

 一瞬、稲代の矛先がこっちに向くか? と思ったが、彼女は案外素直に引き下がった。

 どうやらコイツなりに引き時を探っていたようだ。

 だったら最初から文句なんて言わなければいいのに。一言言わなければ死んでしまう病気にでもかかっているのだろうか?


「なによ?」

「別に」

「・・・中久保」


 俺は漆川の声に驚いた。一年生の時から同じクラスだが、コイツから名前を呼ばれたのは、多分初めてだと思う。

 というか、俺の名前を覚えていたのか。

 俺がそんな風に思う程、漆川というヤツは、日頃からクラスメイトとの関わりが希薄だった。


 漆川は俺の手の大型ナイフをジッと見ていた。

 その時、俺は初めてコイツが俺と同じナイフを持っている事に気が付いた。

 ナイフは根元まで乾いた血がこびりついて黒く汚れている。

 血の付いたナイフ。そして俺以外の誰かに殺された四体目のモンスター。

 まさかコイツが・・・


「漆川――お前、まさか・・・」

「その顔。中久保もやっぱり手に入れた(・・・・・)んだね」

「・・・ちょっと、アンタ達。何、二人だけで勝手に分かり合ってんのよ? 説明なさいよ」


 漆川は稲代に振り返った。

 背の低い漆川は、女子にしては背の高い稲代を少し見上げる形になる。

 漆川は恍惚の笑みを浮かべていた。

 稲代は、何かに気圧されたように一歩後ろに下がった。


「レベルだよ。僕と中久保はモンスターを殺した事でレベルを得たんだよ」 




 四体目のモンスターを殺したのは漆川だった。

 コイツはモンスターを殺した事で、俺と同様にレベルを得ていたのだ。


「僕はコントロール型だったよ。聞いてくれ。一匹殺しただけでレベルが2に上がったんだ」


 漆川は興奮で耳まで赤くしながら俺達に説明を始めた。

 コイツがこんなに喋る所は初めて見た。

 俺と稲代はテンションの高さにドン引きしていた。


 漆川が倒したモンスターは、他のモンスターとは別の通路から現れたそうだ。

 二番目にやられた自衛官、岸岡さんの指揮下に入っていた特補生達が、そちらに立ち向かったらしい。

 だが、特補生達も自衛官同様、全員レベルの力が解放出来なかったそうだ。


「だから、すぐに殺されちゃったんだけどね」


 漆川はそう言って仲間の死を――同じ学校の生徒達の死を、あっさりと言い放った。

 いや、あるいはコイツはコイツなりに、同級生の死に心を痛めているのかもしれない。

 だが、俺の目にはその態度は、「課金ガチャで爆死した」程度の温度にしか感じられなかった。


 特補生達は勇敢に戦ったものの、力及ばず、全員モンスターに殺された。

 しかし、彼らの攻撃はモンスターを大きな傷を負わせた。


 漆川は血で黒く汚れたサバイバルナイフを軽く振った。


「もう、ホントに無我夢中だったよ。死体の手からこのナイフを奪ってね。必死で戦ってたら、知らない間にモンスターが足元に倒れていた、って感じかな。そして例のアレがやって来たんだ。レベルアップ。驚いたなあ」


 漆川はその時の事を思い出しているのか、興奮で鼻息を荒くした。

 まあ、気持ちは分かる。俺もあの時は無我夢中で、何をどう戦ったのか良く覚えていない。

 コイツの言うように、気づいたらモンスターを倒してレベルアップしていた。そんな感じだった。


 漆川は、驚きのあまり、しばらく呆然と立ち尽くしていたんだそうだ。

 そんな彼を、モンスターから逃げて来た金本が見つけた。

 金本は漆川がモンスターを殺した事は察したが、流石にコイツがレベルを得たとまでは考えなかったようだ。

 しかし「戦力になる」とは思ったらしく、漆川の腕を掴むと強引に引っ張って広場から逃げ出したのだと言う。


「すると金本は、お前がレベルを得た事を知らないのか?」

「その時はね。今は教えたから知っているけど」


 金本は広場から十分に離れると、漆川から事情を聞いた。

 話を聞き終えた金本は、「だったらお前の力でモンスターを倒そうぜ」と言い出したんだそうだ。


 ――この考えに至った経緯も俺には分かる。

 自衛官を失った俺達は、これから自力でダンジョンからの脱出を目指さなければならない。

 倒せるモンスターは倒して、早いうちにレベルを上げておきたい。

 おれもついさっき、全く同じ考えで三体目のモンスターと戦ったから良く分かる。

 ――金本と同じ発想をしたと考えると、なんだか自己嫌悪を覚えるが。


 漆川は、金本に上手く言いくるめられ、戦うと決めたものの、やはりモンスターは恐ろしい。

 おっかなびっくり、こわごわ広場に戻って来る途中で、話声が聞こえた。

 後は知っての通り。

 俺達と合流して今に至る、という訳である。


 漆川は説明を終えると俺に詰め寄った。


「それで、中久保の方はどうだったんだ? レベルは? タイプは何? ひょっとしてスキルはもう覚えている?」

「・・・その話はあっちでするよ」


 俺は茂木さん達、特補生クラスのメンバーを指差した。

 三人は話を終え、俺達の方を見ていた。

 別にもったいぶるつもりもないが、どうせ後で同じ話を彼らにもしなければならない。だったら一度で済ました方が手間がかからなくて面倒がない。


 俺は相変わらず妙にテンションの高い漆川と、なぜかすっかり黙り込んでしまった稲代を連れて、特補生クラスの三人の所に向かったのだった。

次回「脱出開始」

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[一言] 性悪男よりも、普段大人しい人間が極限の状態で力をえちゃったら暴走のリスクは高そうだ
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